◎ Steinheil München (シュタインハイル・ミュンヘン) Orthostigmat 35mm/f4.5 VL(L39)

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※解説とオーバーホール工程で使っている写真は現在ヤフオク! 出品中商品の写真ではありません

オーバーホール/修理ご依頼分ですが、当方の記録用として掲載しており
ヤフオク! 出品商品ではありません (当方の判断で無料掲載しています)。
(オーバーホール/修理ご依頼分の当ブログ掲載は有料です)


昨年10月中にオーバーホール/修理のご依頼を承ってから既に4カ月が経過してしまい、本当に長い期間に渡ってお待たせし続けてしまい申し訳御座いませんでした。

今回初めての扱いになる旧西ドイツはSteinheil München製準広角レンズ『Orthostigmat 35mm/f4.5 VL (L39)』です。

特に昨年末から体調が優れず年が明けてもその傾向は治まらず、ヤフオク! にオーバーホール済で出品するオールドレンズなら自分の所有物なので万一壊してしまっても悔いしか残りませんが、オーバーホール/修理ご依頼分のオールドレンズとなるとやはり他人様の所有物なので、 本当に体調の良い時でないと不思議と勘が鈍ってミスにも繋がり兼ねずとうとう4カ月も経ってしまいました。

本当に申し訳御座いません・・お詫び申し上げます。

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旧西ドイツのSteinheil München社が戦後すぐの1948年に発売した レンジファインダーカメラ「CASCA I型」は、レンズ交換可能ですが距離環をギアで駆動するタイプなので、カメラボディ前面右端に大きめのツマミが用意されています。

従って装着可能なオプション交換レンズ群も全てのモデルでギア駆動方式を採った専用設計ですが、なまじ歯車が介在している分経年による重いトルクなど使いにくい要素があったりします。

さらに翌年1949年に発売されたレンズ交換式レンジファインダーカメラ「CASCA II型」ではライカ判ネジ込み式マウント規格を採用した為距離計連動機構を備えています。

せっかく発売したものの僅かな期間しか製産せず出荷数も限られていた為に現在市場で流通する事が非常に希なレンジファインダーカメラの一つです

このレンジファインダーカメラ「CASCA II型」向けのオプション交換レンズ群の一つとして 用意されたモデルが今回扱う準広角レンズ『Orthostigmat 35mm/f4.5 VL (L39)』です。

今回扱う個体は鏡胴にある刻印が「Made in Germany」のみですが一部に左写真のように「US Zone」を伴う刻印の個体があったりします。まさにドイツ敗戦後に連合国軍によって分割統治されていた当時の (Steinheilの所在地が) アメリカ軍の分割統治区域に属していた為に刻印を義務づけられていた個体にみられます。

もっと言うなら、生産後の出荷時点で国内流通向けに出荷されていた個体にのみ「US Zone」が刻印され、旧西ドイツを出て欧米圏に輸出される固体の場合には「Made in Germany」のみの刻印だった事が伺えます (当時の国際貿易輸出法による規定)。

これは敗戦後旧東西ドイツは確かに国旗が存在し国家としての体裁を整えていましたが、厳密には国際法上は単に一つの国ドイツを占領軍によって占領分割統治している状態であり、旧西ドイツも旧東ドイツも互いに「国家」とは認められていませんでした。その為1989年の「ベルリンの壁崩壊事件」の後に翌年東西ドイツ再統一に踏みきった段階で初めて国家としての認証を執り旧東ドイツを「旧西ドイツ側に (州として) 編入する」カタチを採った為にいまだにその弊害が騒がれています (国家基本法上は統一になっていない状態が続いているから)。

今回扱う準広角レンズ『Orthostigmat 35mm/f4.5 VL (L39)』は、まずモデル銘について その読み方は「オルトスティグマート」がドイツ語の呼称になり、ラテン語/英語では「オルソスティグマート」に変わってしまいます。特に実装している光学系構成の名称を採ったモデル銘なので「オルトスティグマート」と当方では呼称しています。

どうしてそのようにこだわるのかと言えば、実装光学系の変遷が特徴的だからでもあります。

光学硝子レンズはクラウン硝子の凸レンズとフリント硝子の凹レンズと言う屈折率の異なる2枚の光学硝子を貼り合わせることで「色消し効果」が生じて色収差の補正が実現できます。

光学硝子レンズ内を透過する入射光は「=波長/波動」なので、その波長の相違から結像する位置にズレが生じ「色ズレ」が発生します。

すると入射光 (自然光) は「黄色」の波長を「色の三原色」として総天然色を表現できると当時は考えられ、その中の「」の2波長の色収差補正を執った「Achromat (アクロマート)」レンズと言い、さらに後には「黄色」の3波長に対して色収差補正を行った「Apochromat (アポクロマート)」レンズが登場します。

ちなみに今現在はデジタルなので「」の3つの波長を採って「RGB」或いは「黄色で輝度制御するRGBY」が「色の三原色 (四原色)」ですが、特に当時はまだデジタル処理が存在しなかったので現在と「色の三原色の捉え方が違う」点に注意を払う必要があります。

対称型ダブレットや非対称型ダブレットも既に1841年にそれぞれ別個に開発されていた為にこれらの活用と研究の深化からさらに1866年にはSteinheilが色収差補正の他、球面収差や歪曲収差にコマ収差を補正する狙いで「Apranat (アプラナート)」を開発してきます。

いよいよ1893年にはSteinheilから「Orthostigmat (オルトスティグマート)」が登場します。

この初期の「Orthostigmat」が2群6枚の光学構成になります (特に戦前の大判サイズなどで使用か?)。

戦後1949年になるとSteinheilはすぐに開発を進め「Orthostigmat」に新たな構成を開発してきます。

4群6枚の構成で開発してきますが今回の扱うモデルに実装されているタイプがこの構成なのですが、実際にバラしてみると少々異なっている要素がありました。

今回扱った準広角レンズ『Orthostigmat 35mm/f4.5 VL (L39)』の構成図が右図になり、完全解体して光学系の清掃時に当方の手でデジタルノギスで逐一計測してトレースした構成図です。

またこのようにネット上の某有名処に掲載されている構成図と異なる図を載せて解説すると嘘つき呼ばわりされるので(笑)、証拠写真を 撮っておきました。

↑光学系の第1群 (前玉側) から第4群 (後玉側) までを順に並べました。

↑例として第1群 (前玉側) の貼り合わせレンズを撮影しましたが、赤色矢印のとおり接着された2枚目の硝子レンズのコバ端は「幅広で平坦」でした。ネット上に掲載されている構成図のように「尖った縁」には作られていませんでした。また同じようにグリーンの矢印の箇所を 見ると分かりますが、突出量が短く総じて第1群と第4群は共に貼り合わせレンズながらも「薄くて平坦」な印象だったのです。

貼り合わせレンズ
2枚〜複数枚の光学硝子レンズを接着剤を使って貼り合わせて一つにしたレンズ群を指す

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上の写真はFlickriverで、このモデルの特徴的な実写をピックアップしてみました。
(クリックすると撮影者投稿ページが別ページで表示されます)
※各写真の著作権/肖像権がそれぞれの投稿者に帰属しています/上記掲載写真はその引用で あり転載ではありません。

一段目
左側の2枚の写真でダイナミックレンジをチェックしています。特に明暗部の明部については「白飛び」せずにギリギリまで階調を表現しているところがこれだけ小っちゃな光学系なのにさすがだと感心しました。ちなみに前玉の外径サイズは「僅か⌀10.71mm」しかありませんし後玉も「⌀10.52mm」です。一方暗部の「黒潰れ」は滅法弱く(笑)、アッと言う間に潰れています。雪の写真を見ても雪質の違いで濃淡がちゃんと表現できているのに対して影部分は総じて真っ黒です(笑) 右側2枚の実写は発色性のチェックとしてピックアップしました。コントラストが高めに出るとそこいら中のサイトで解説されているのですが(笑)、発色性の深度の違いで基本的にコントラストは例えばお祭り写真の建物の板壁部分や右端写真の植物の緑も特にコッテコテのコントラストには至っていないと感じるのですがどうなのでしょうか。

二段目
左側2枚の写真を見てもやはりコントラストはそれほど違和感を抱く程までにコッテリ系ではないと当方は受け取っています (どちらかと言うとナチュラル系よりもコントラストは確かに高め)。また特徴的だと感じたのは右側2枚の写真で現場の雰囲気感や空気感、或いは距離感までも写し撮られているかの如く錯覚してしまう「とてもリアルな写真表現」に印象深く感じました。

三段目
左側2枚はディストーションをチェックしていますが準広角域の焦点距離:35mmですが、小っちゃな光学系なのにこれだけ歪曲をシッカリ補正できていればたいしたモノだとやはり感心しきりです(笑) また白黒写真になるとさらに「緻密ではないのに緻密に見える」写真の質がオドロキでした(笑)

オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。すべて解体したパーツの全景写真です。

↑ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。内部の構成パーツ点数が少なめですが、そもそも当初バラす際に何処からどうやってバラせば良いのかなかなか考えつかなかったくらいです(笑)

特に光学系やその他など固着が相当酷く、例えばヘリコイド (オスメス) も古い「黄褐色系グリース」が角質化して固まって取れないくらいでした (溶剤で一切溶けずドライバーで削り落としたくらい)。従って一部の解体に際し「加熱処置」を執っています。

↑このモデルは鏡胴が「前部/後部」の二分割式なので鏡筒はヘリコイド (オス側) から独立しています。

絞り羽根には表裏に「キー」と言う金属製突起棒が打ち込まれており (オールドレンズの中にはキーではなく穴が空いている場合や羽根の場合もある) その「キー」に役目が備わっています (必ず2種類の役目がある)。製産時点でこの「キー」は垂直状態で打ち込まれています。

位置決めキー
位置決め環」に刺さり絞り羽根の格納位置 (軸として機能する位置) を決めている役目のキー

開閉キー
開閉環」に刺さり絞り環操作に連動して絞り羽根の角度を変化させる役目のキー

位置決め環
絞り羽根の格納位置を確定させる「位置決めキー」が刺さる環 (リング/輪っか)

開閉環
絞り羽根の開閉角度を制御するために絞り環操作と連動して同時に回転する環

↑9枚の絞り羽根を組み付けて絞りユニットを最深部にセットします。このモデルの絞り羽根は「カーボン加工」だったので (古いオールドレンズだから) 既に真っ赤っかに赤サビが生じていた為ある程度落として組み付けています。

↑完成した鏡筒を立てて撮影しました。写真上側が前玉側方向になますが、側壁に丸い形の窪みが数点用意されており「絞り値キー」と言って鋼球ボールがカチカチとハマってクリック感を伴う絞り環操作になるよう設計されています。f値は「f4.5〜f16」なので全部で5つの絞り値がありますが、鏡筒の反対側に残りの3つの穴が用意されています。

↑レンズ銘板を兼ねる絞り環を鋼球ボールをハメ込んだ状態で組み付けました。鋼球ボールは両サイドに1個ずつ入るので「ハガネ」でがっちり押さえ込まれ (赤色矢印)、且つ「板バネ」なので相応に強めのクリック感です (設計上の仕様なので軽めにできない)。

これで鏡胴「前部」の主だった構成パーツは組み上がったので鏡胴「後部」の工程に進みます。

↑マウント部でもありますがヘリコイド (オスメス) 他が格納される基台です。

↑マウント規格が「L39」なのでライカ判のネジ込み式である以上「距離計連動ヘリコイド」が存在します。

↑この当時のSteinheil製オールドレンズとなれば、ワリと他のモデルでも「空転ヘリコイド」が多いのですが、今回のモデルは空転では無くちゃんとしたネジ山のタイプでした。従って「距離計連動ヘリコイド」と連係させつつヘリコイド (オスメス) を組み付けてトルクを微調整する必要があるダブルヘリコイド方式です (上の写真は既に全部組み込み済みの状態)。

↑距離環をセットしてこの後は完成している鏡胴「前部」に光学系前後群を組み付けてから鏡胴「後部」にセットして無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅の確認 (解説:無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅確認についてで解説しています) をそれぞれ執り行えば完成です。

ちなみに距離環は当初バラす前の時点でも相応にキレイでしたが、細かい部分をジックリ観察すると経年の汚れが入っていたので完全解体して (ツマミも外して) すべて洗浄したので経年の手垢などローレット (滑り止め) に残っていません(笑)

特にこのモデルの距離環はツマミのカタチと位置から「ミッキーマウス」の異名を持つ可愛らしい意匠です(笑) もちろんちゃんと耳部分に当たるツマミも取り外して個別に「磨き研磨」も施してあります。

DOHヘッダー

ここからはオーバーホールが完了したオールドレンズの写真になります。

↑完璧なオーバーホールが終わりました。レンズ銘板に含まれる「VL」はコーティング層のモノコーティングを指しますが、ドイツ語の「Verhinderung von Lichtreflexion (光反射防止)」の頭文字を採って「VL」刻印になっています。

↑光学系内の透明度が非常に高い状態を維持した貴重な個体ですが、残念ながら第1群貼り合わせレンズにバルサム切れが発生しており「非常に薄いクモリが円形状にほぼ中心部にある」状態です。バルサム切れは一旦光学硝子レンズを剥がしてから再接着しない限り白濁のクモリを除去できません。

従って当方では処置できませんが、一応言われてじっくり観察すれば「確かにバルサム切れのようにも見えるとっても薄いクモリ」と言う程度なので、このまま撮影にお使い頂いても困るシ〜ンはそれほど無いと思います。

↑一方後群側に生じていたクモリはキレイサッパリ除去できたので、それでこの個体の実写が (このページ最後に掲載) キレイに撮れている次第です。

↑9枚のカーボン仕上げの絞り羽根も赤サビを除去したので絞り環共々確実に駆動しています。前述のとおりクリック感はシッカリしていて硬めなので、設計上の仕様であり微調整などできません。

ここからは鏡胴の写真になりますが、経年の使用感が僅かに感じられるものの当方にて筐体外装の「磨きいれ」を施したので大変落ち着いた美しい仕上がりになっています。「エイジング処理済」なのですぐに酸化/腐食/錆びが生じたりしません。

↑ご指示に従い距離環を回すトルク感は「重め」に調整して仕上げています。無限遠位置や距離計連動ヘリコイドの繰り出しなども全て当初の状態と同じ設定にしてあります。当方にはライカカメラが無いので距離計連動などの確認はできておりません。

塗布したヘリコイドグリースは「黄褐色系グリース」を使い「重め」のトルク感で全域に渡って均一なトルクで仕上げています。ピント合わせ時には極軽いチカラだけで微動できるので違和感には至らないと思います。

なお、このモデルは距離環以外の構成パーツが外装も含め全て真鍮 (黄銅) 製なので、メッキ塗膜が薄い関係から本格的に「磨きいれ」していません (ハゲて地の金色が出てくるから)。

↑光学系の第1群貼り合わせレンズのバルサム切れが惜しい限りですが、ラッキ〜な事に影響がほとんど分からないレベルなので良かったです!

無限遠位置 (当初バラす前の位置に合致/僅かなオーバーインフ状態)、光軸 (偏心含む) 確認や絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) と絞り環絞り値との整合性を簡易検査具で確認済です。

もちろん光学系の光路長調整もキッチリ行ったので (簡易検査具によるチェックなので0.1mm単位や10倍の精度ではありません)、以下実写のとおり大変鋭いピント面を確保できました。電子検査機械を使ったチェックを期待される方は、是非ともプロのカメラ店様や修理専門会社様が手掛けたオールドレンズを手に入れて下さい当方の技術スキルは低いのでご期待には応えられません

↑当レンズによる最短撮影距離1m付近での開放実写です。ピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に「球部分」にしかピントが合っていません (このミニカーはラジコンカーなのでヘッドライトが点灯します)。カメラボディ側オート・ホワイト・バランス設定はOFFです。

各絞り値での「被写界深度の変化」をご確認頂く為に、ワザと故意にピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に電球部分に合わせています。決して「前ピン」で撮っているワケではありません。またフード未装着なので多少フレア気味だったりします。

↑絞り環を回して設定絞り値「f5.6」で撮影しています。

↑さらに回してf値「f8」で撮りました。

↑f値は「f11」に上がっています。僅かに「回折現象」の影響が現れ始めています。

 回折現象
入射光は波動 (波長) なので光が直進する時に障害物 (ここでは絞り羽根) に遮られるとその背後に回り込む現象を指します。例えば、音が塀の向こう側に届くのも回折現象の影響です。
入射光が絞りユニットを通過する際、絞り羽根の背後 (裏面) に回り込んだ光が撮像素子まで届かなくなる為に解像度やコントラスト低下が発生し、眠い画質に堕ちてしまいます。この現象は、絞り径を小さくする(絞り値を大きくする)ほど顕著に表れる特性があります。

被写界深度
被写体にピントを合わせた部分の前後 (奥行き/手前方向) でギリギリ合焦しているように見える範囲 (ピントが鋭く感じる範囲) を指し、レンズの焦点距離と被写体との実距離、及び設定絞り値との関係で変化する。設定絞り値が小さい (少ない) ほど被写界深度は浅い (狭い) 範囲になり、大きくなるほど被写界深度は深く (広く) なる。

↑最小絞り値「f16」での撮影です。大変長い期間に渡りお待たせし続けてしまい本当に申し訳御座いませんでした。今回のオーバーホール時ご依頼、誠にありがとう御座いました。