◎ KMZ (クラスノゴルスク機械工廠) ГЕЛИОС-40-2 (HELIOS-40-2) 85mm/f1.5(M42)

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オーバーホール/修理ご依頼分ですが、当方の記録用として掲載しており
ヤフオク! 出品商品ではありません (当方の判断で無料掲載)。
(オーバーホール/修理ご依頼分の当ブログ掲載は有料です)


今回扱うモデルは、近年巷では『BOKEH MONSTER (ボケモンスター)』と評価されている数多く存在するオールドレンズの一つですが、ハッキリ言って当方の評価は「ボケ味の引き出しの多さでは最上位のレベル」ではないかと認識しています。
それは当方の場合『拘る三つの要素』があるので必然的にそれら「質感表現/立体感/リアル感」の全てを備えつつも、さらに「ボケ味の引き出しが多い」と言う4点目の要素を評価している話になります。

つまり敢えて一言で言えば「使っていてとても愉しくオモシロイ」オールドレンズとも言えます (何が出てくるか分からない面白さ)。

とは言っても、もともとが戦前ドイツのCarl Zeiss Jenaに存在していたレンジファインダーカメラ用中望遠レンズ「Biotar 7.5cm/f1.5 T」がコピー元なので、その描写性能は折紙付きですから、いくら当時のロシアンレンズだとしても完成の域に達した写りを吐き出してくれる事は容易に想像できます (単なるボケボケ描写に終わるワケではない)。

だからお勧めの逸本なのではありますが、残念ながらバカデカイ筐体サイズなのが敷居を高めているのと、一番は構造的な問題ですが距離環を回す時のトルクの重さが堪える (とても楽にピント合わせできる状況にない) のがネックかも知れません。

その意味で、なかなかこのモデルをバッグに入れてルンルン気分で撮影に・・とはいかないのが悩ましい限りです (つまり気合い入れて持ち出す事になる)(笑)

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ロシアンレンズをいろいろまとめて分かり易く (日本語で) 解説してくれるサイトがいまだに無いので、オールドレンズ沼初心者の方にはなかなか不案内な情報ばかりが氾濫していますが、ロシアンレンズを初めてご覧になる方のために基本的な前提をお話しておきます。

当方では「ロシアンレンズ」と呼んでいますが、第二次世界大戦前後の旧ソビエト連邦時代 (ソ連) から現在に至るまでに生産されていたオールドレンズ総称として使っています。

当時のソ連は、戦前ドイツのCarl Zeiss Jenaが製産していたレンジファインダーカメラ用オールドレンズに注目しており、その光学設計を狙っていたようです。ドイツ敗戦時にソ連軍が首都ベルリンを陥落すると、すぐにCarl Zeiss Jenaの設計技師や工場機械設備/資材など多くを接収してしまいました。その後敗戦国ドイツは東西に分断されてソ連と連合国によって占領分割統治されます (旧東西ドイツの誕生) が、その際接収した技師から必要な情報を得た後、一部を除いて旧東ドイツのCarl Zeiss Jenaに帰還させたようです。

従って、戦前ドイツのCarl Zeiss Jena製オールドレンズをコピーしたのが「ロシアンレンズ」だと簡単によく述べられていますが、実際は国際法上何ら文句の付けようがない当然の権利として接収した設計図面も含めた情報を手にした上で、そこから旧東ドイツのCarl Zeiss Jenaとはまた「別の発展を遂げたオールドレンズが今のロシアンレンズ」だとも言えます。

つまり星の数ほど存在するオールドレンズの歴史上、ある一つの開発技術が2つの国に跨がって別の道でその後の発展を遂げたという、一種変わった経路でいまだに製産が続けられているロシア製オールドレンズが「ロシアンレンズ」なのだとも言い換えられます (旧東ドイツのCarl Zeiss Jenaは1989年ベルリンの壁崩壊事件の後、東西ドイツ再統一でCarl Zeissとして吸収され消滅したので、ロシアンレンズだけがそのまま長い系譜の中でいまだに発展をし続けていると言うお話)。

その意味で「ロシアンレンズ」とバカにする人も居ますが(笑)、当方としてはそれなりにちゃんと評価しており、同時に当時のCarl Zeiss Jena製オールドレンズとは「また異なる描写性のクセ」を持つ、いわゆる「ロシアンレンズの味」を備えた一つの個性として完成し発展し続けているのではないかと楽しみで仕方ありません。

戦前ドイツのCarl Zeiss Jenaが、当時主流だったレンジファインダーカメラ用の中望遠レンズとして発売した「Biotar 7.5cm/f1.5 T」が今回扱うモデル『HELIOS-40-2 85mm/f1.5 (M42)』の光学設計の基本 (コピー元) です。

右写真はその当時のCarl Zeiss Jena「Biotar 7.5cm/f1.5 T」です。

当時のソ連でGOI光学研究所にて最初のプロトタイプが極少数製産されましたが、その時の個体は「まんまコピー」だったようです(笑) その後量産型モデル専用の光学設計と構造を開発して1950年に発売されたモデルが、連綿と続く今回のモデル『HELIOS-40-2 85mm/f1.5 (M42)』の系譜です。

【モデルバリエーション】
オレンジ色文字部分は最初に変更になった諸元を示しています。

初期型:KMZ製
生産:1950年〜1965年
鏡胴色:シルバークロームメッキ
三脚座:位置固定式
コーティング:モノコーティング
モデル表記:HELIOS-40

前期型:KMZ製
生産:1965年〜1991年
鏡胴色:シルバークロームメッキ
三脚座:位置可変/着脱式
コーティング:モノコーティング
モデル表記:HELIOS-40

後期型:KMZ製
生産:2012年〜2015年
鏡胴色:ブラック
三脚座:位置可変/着脱式
コーティング:モノコーティング/マルチコーティング
モデル表記:HELIOS-40-2

最新型ZENIT (旧KMZ)製
生産:2015年〜
鏡胴色:ブラック
三脚座:なし
コーティング:マルチコーティング
モデル表記:HELIOS-40-2

・・このような感じですが、実はこのモデルの光学系から派生させた全く別モノの製品が近年登場しています (一部は軍用製品が市場に流れている場合もある)。

Cyclops製:ナイトビジョンカメラ用「H3T-1 85mm/f1.5」
生産:1990年〜
マウント:M42
機構部:無し (絞り/ヘリコイド無し)
光学系:4群6枚変形ダブルガウス型


ZENIT製:MC ZENITAR-1 (※) 85mm/f1.4
生産:2015年〜
マウント (※):K (PK) / C (EF) / N (NF)
光学系:6群7枚拡張ダブルガウス型



当然ながら民生用製品のみならず軍用品も設計されていたので、観測用スコープなどにも転用されていたようです。

なお「HELIOS-40-2」シリーズは、1969年〜1991年まで製産が続き旧ソ連の崩壊 (1991年) と共に製産が完了していますが、2012年 (10月) より再生産が始まりました。またCanonとNikonマウント規格品も2013年5月から追加販売し、現在もネット販売でM42マウントのモデルも含め3万円台で入手が可能です。
(現在の最新生産ロット品は2018年製)

ちなみに、今回のモデルに限らず多くのロシアンレンズは「製造番号先頭2桁」を西暦年数として割り当てています (一部には異なるルールで付番しているモデルが存在する)。従って「No.18xxxxx」なら2018年製の製産個体と言うワケですが、古い時代に製産された個体の中に「No.00xxxxx」があります。これは2000年ではなくソ連時代の特に共産党幹部向け頒布された個体に限定して付番されていた製造番号ですから、紛らわしいですね(笑)

共産党幹部向けとなれば、きっと気合い入れて製産したのだろうと勝手に妄想して(笑)、以前「00xxxxx」に拘って扱った事がありますが、内部構造や構成パーツの切削レベルには何ら相違がありませんでした (意外と世渡りが下手な国民性なのか?)(笑)

また、上記モデルバリエーション中「2012年製産個体」の中には一部に距離環ローレット (滑り止め) の意匠が異なる製品が混在しています (絞り環と同一のジャギーローレットで刻んだ製品/市場になかなか出回らず非常に珍しい)。

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このモデルを「BOKEH MONSTER」と語る時、どうしても避けられないのが「ボケ味の引き出しの多さ」なので、ちょっと数が多いですが拘って実写をピックアップしてみました。







上の写真はFlickriverで、このモデルの特徴的な実写をピックアップしてみました。
(クリックすると撮影者投稿ページが別ページで表示されます)
※各写真の著作権/肖像権がそれぞれの投稿者に帰属しています。

一段目
左端からシャボン玉ボケが破綻して円形ボケへと変化していく様をピックアップしましたが、光学系が4群6枚のダブルガウス型構成ですから真円で微細なエッジを伴うキレイなシャボン玉ボケの表出が苦手です。

そう認識していたのですが、どうしてどうして例え収差の影響を受けて真円ではないとしてもちゃんとエッジを明確に輪郭として保たせているところが凄いです。またエッジが破綻して円形ボケへと滲んでいく様も極端さが少なく自然な印象を受けますから、これはこれでキレイな円形ボケをたッくさん出せると嬉しくなってしまいました(笑)

二段目
さらに円形ボケが破綻して溶けていき、淡い背景ボケへと変化していく様を集めました。左端はフツ〜なボケ味ですがパッと見で二線ボケみたく出ても明確な二重線が憑き纏う煩い印象にはならないので、これも「あり」だと受け取りました。また光の加減を上手く使えばハロを効果としてピント面を難なく強調できるのが美しいです。

三段目
さらに背景ボケが単に滲んでトロトロに溶けていくだけではなく、その途中でピント面だけを鋭く表出させたり、或いは逆にソフトに収めたりと単なるトロトロボケだけで終わらない楽しさを集めてみました。

四段目
この四段目にピックアップした写真を見て、このモデルの評価が変わってしまったと言っても過言ではないほど、当方には大好きな収差ボケです(笑)
左端の背景はまるで燃え上がるかの如く「火焔ボケ」と当方は呼んでいますし、次の2枚目は印象派画家の作品の如く「絵画風」と呼んでいます。また右端2枚の写真がオドロキで、こんな写真を撮ったり、或いはちょっとソフトで加工してフィルター処理するだけで仕上げられるなら、それだけでも当方にとっては感動モノです(笑)

五段目
左端はフツ〜に被写体の材質感や素材感を写し込む「質感表現能力」の高さとしてピックアップしましたが、まずはこの質感をキッチリ表現できる要素が備わっていなければ、単に背景ボケの滲み方だけではなかなかリアルな写真には仕上がりません (質感表現能力の低いオールドレンズだと相当な写真スキルが必要とされてしまう)。

そしてやはり当方が感動したのが次から右端までの3枚です。「空気感/距離感」を写真に感じさせる、まるで現場に居るかのような「リアル感」が堪りません(笑)

六段目
何はともあれ、焦点距離85mmである以上ポートレートレンズとしての能力は重要です。それがこの人肌感覚で写真を残せるのですから感激モノです(笑) プロの写真家が使っているオールドレンズの一つだと案内されている事があるのも、至極納得できてしまいます。

左端は背景のグルグルボケが汚く出ずに美しい限りですし、2枚目はパッと見で背景が露出オーバー気味に見えますが、実は背景は単なる効果の意味しか無く被写体の女性がここまでコントラストを得て残せているのがさすがだと感心しました。右端などはまさに一般的なポートレート撮影なのでしょうが、はたしてロシアンレンズでこれだけの人肌感を写し込めるのが凄いと感心です。

それはロシアンレンズの全般的な特徴として「ピント面の骨太なエッジ表現」が共通項として感じられると当方が評価しているからに他なりません。他方、コピー元となった旧ドイツのCarl Zeiss Jena製オールドレンズは、真逆でピント面のエッジは限りなく繊細感が強調され、且つ鋭くも誇張感 (違和感) 無く画全体がまとまっている (悪く言えば優等生的な) 写り具合です。その意味で全く同一シ〜ンを撮ってもロシアンレンズとCarl Zeiss Jena製とでは違った雰囲気を残せるのが醍醐味とも言えます。

ある意味シロウト受けし易いとでも言いましょうか、ピント面のエッジを太く出せた方が主義主張を含むには写真撮影スキル云々を要求されずに楽かも知れません。

七段目
被写界深度 (左側2枚) とゴースト (右2枚) を集めましたが、ベンチの写真は実はダイナミックレンジの広さを物語っていると感じます。明暗部がなかなか頑張っている描写性能ではないでしょうか (黒潰れしにくく白飛びしにくい)。

光学系は4群6枚の典型的なダブルガウス型構成です。

右図は当初1950年に発売された「初期型」当時の光学系構成図で、ソ連時代のGOI光学研究所に基づく設計諸元書からトレースした構成図です。

一方右図は今回の個体をバラした際にトレースした図ですが、マルチコーティング化が成されているので、例えば第1群 (前玉) は「初期型」が凸メニスカス (裏面中心部が極僅かに凹んでいる) でしたが、凸平レンズに設計変更しています。

つまり可能な限り入射光を第2群以降へと繋げているようで、特に第2群の曲率は「初期型」に比べてもさらに凄いので恐れ入ってしまいます。

今回バラして清掃時にデジタルノギスで計測しほぼ正確にトレースした構成図です。
当方が計測したトレース図なので信憑性が低い為、ネット上で確認できる大多数の構成図のほうが「」です (つまり右図は参考程度の価値もない)。
(各硝子レンズのサイズ/厚み/凹凸/曲率/間隔など計測)

 

左写真は、バラしている途中で撮影したヘリコイド (オスメス) とマウント部の写真です (溶剤で洗浄する前の状態)。

製造番号が「2015年製」の個体なので、もしかしたらオリジナルな純正グリースが確認できるとだいぶ期待してバラしたのですが、残念ながら既に過去メンテナンスされていました。

当初製産時に塗布されていた「黄褐色系グリース」の純正グリース (赤色矢印) をある程度拭き取った後に「白色系グリース」を塗っていますが、相当「軽い」粘性のグリース (グリーンの矢印) を使っています。

これが「黄褐色系グリース」ならば写真のとおり経年でアルミ合金材のネジ山が摩耗して摩耗粉が混ざり「濃いグレー状」に変質していません (写真にちゃんと残っているから明白)。

こちらは鏡筒を抜き出して溶剤で洗浄した後に撮影した写真です。
まだ内部に「絞りユニット」を格納したままの状態です。

絞りユニットの直前に「光学系前群用格納筒」がネジ込まれているので、それを締め付け固定する「イモネジ」が1本存在します (赤色矢印)。

光学系前群の第1群 (前玉) 〜第2群 (貼り合わせレンズ) の2枚を抜き出しても、このイモネジを外さなければ「光学系前群用格納筒」を取り出せませんから「絞りユニットを解体できない (外せない/アクセスできない)」ことになります。

イモネジ
ネジ頭が存在せずネジ部にいきなりマイスの切り込みが入っているネジ種

貼り合わせレンズ
2枚〜複数枚の光学硝子レンズを接着剤を使って貼り合わせて一つにしたレンズ群

ではどうして「絞りユニット」を外したかったのか?

その理由が左写真です。絞りユニット内部の構成パーツの一つである「開閉環」と言う、絞り羽根を開いたり閉じたりさせている環 (リング/輪っか) にビッチリとグリースが塗られているのを発見したからです。

それは当初バラす前のチェック時点で、絞り羽根を開閉させると「油染み」が生じていたので事前に分かっていましたが、普通の整備では絞りユニット内部にグリースを塗りません。

前述の「イモネジ」を外そうにも、実は一切回らず完全固着していました。仕方なく「加熱処置」しましたがそれでもビクともしません。

さすがに3回「加熱処置」を試みても一切微動だにしないので諦めて「電気ドリルでイモネジを切削」しました。
申し訳御座いません・・。

ところがそれだけで話は終わらず、イモネジを切削すれば普通はそのまま回してバラせるのですが、今回の個体は全く動きません。

他にイモネジは締め付けられておらず「残るのは光学系前群用格納筒のネジ山だけ」だと分かるので、ここで仕方なく「専用工具による解体」を試みました。

つまり人力 (人の手) のチカラだけでは一切回らないので、専用工具を使って1cm〜2cmずつ「キ〜キ〜音」を鳴らしながら1時間掛かりで外したのが上の写真です (いきなり長い距離を回そうとするとネジ山がカジリ付いて製品寿命になる)。

ようやく絞りユニットまでアクセスできるようになり「開閉環」が見えます。問題の「キ〜キ〜音」の犯人は、グリーンの矢印部分でこのモデルの設計が厳格すぎて (マチが無くて) ギリギリ接触状態で設計されているからです。

つまり2012年以降の「HELIOS-40-2シリーズ」は、個体によっては光学系前群用の格納筒を外すことができません (今まで複数個体で確認済)。

すると、今回「絞りユニット」を解体した時、鏡筒内壁部分にグリースが一切附着していなかったので、過去メンテナンス者もやはり光学系前群格納筒を外せなかったと考えます (それでイモネジを強く回しすぎて固着させてしまった事が推測できる)。

要は鏡筒の途中にある「開閉環が見えるスリット/切り欠き部分」からグリースを押し込んだのだと考えられます。

実際に「絞りユニット」をバラして取り出した「開閉環」を撮影しました。

ご覧のように側面だけにグリースが塗られていて、鏡筒内壁にグリースを塗ったのではない事が分かります。この事からから過去メンテナンス時に既に解体できていなかったと結論できるワケです。

バラしたパーツを溶剤で洗浄して「キ〜キ〜音」が出ていた箇所をもう一度撮影しました (グリーンの矢印)。

この部分が互いに接触したまま20周近く回って光学系前群用格納筒が最後までキッチリ入りますから、こんだけ抵抗/負荷/摩擦で摩耗しているワケです。

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オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。すべて解体したパーツの全景写真です。

↑ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。

今回扱った個体は製造番号から「2015年製」なのが分かっていますが、ハッキリ言って内部構造 (つまり設計) は1950年代当時のままです(笑) これはおそらくお国柄とでも言うのでしょうか? 少しでも良く改善させようと言う気概が感じられません(笑)

バラして各構成パーツをチェックすると、そこから見えてくるのは「1950年当時より切削技術の向上により設計変更を余儀なくされた箇所のみ仕様変更している」点です。

つまり1950年〜1960年代辺りの切削レベルが低い旋盤機から、今現在は当然ながらコンピューター管理されたANC旋盤機に工場の機械設備が変わっていますから、必然的に当時と同じ設計で切削しようとしても各構成パーツが使えません (つまり組み上がらない)。

そこで仕方なく一部構成パーツの切削レベルを設計変更した程度です。その意味で、前述の「キ〜キ〜音」に関しては、どうやら設計ミス (配慮の無さ) ではないかと踏んでいます (むしろ古い時代の個体のほうが問題が無いから)(笑)

↑絞りユニットや光学系前後群を格納される鏡筒です。このモデルは鏡胴が「前部/後部」の二分割式なので、ヘリコイド (オスメス) は鏡胴「後部」側に配置されています。

写真では分かりにくいですが、イッパシの標準レンズ (50mm/f1.8) あたりがスッポリ入ってしまうほどの大口径です(笑)

絞り羽根には表裏に「キー」と言う金属製突起棒が打ち込まれており (オールドレンズの中にはキーではなく穴が空いている場合や羽根の場合もある) その「キー」に役目が備わっています (必ず2種類の役目がある)。製産時点でこの「キー」は垂直状態で打ち込まれています。

位置決めキー
位置決め環」に刺さり絞り羽根の格納位置 (軸として機能する位置) を決めている役目のキー

開閉キー
開閉環」に刺さり絞り環操作に連動して絞り羽根の角度を変化させる役目のキー

位置決め環
絞り羽根の格納位置を確定させる「位置決めキー」が刺さる環 (リング/輪っか)

開閉環
絞り羽根の開閉角度を制御するために絞り環操作と連動して同時に回転する環

↑10枚の絞り羽根を組み付けて絞りユニットを完成させます。もちろん今回のオーバーホールでは一切グリースなどは塗りません(笑)

そもそも「ロシアンレンズ」が鏡筒内部や光学系前後群の格納筒にまで純正グリースをビッチリ塗りたくっているのは、国土に氷点下40度以下にまで下がる極寒地帯を有するからで、日本で一般的に市場流通しているマイナス20度までしか耐えられない (つまり凍結してしまう) グリースを使ったら最後「光学硝子レンズが破壊される」為であり、もちろんその時は金属凍結で一切距離環/絞り環は凍りついて動きません。

それを防ぐ目的でロシアンレンズ内部には至る箇所に油成分の非常に強い「黄褐色系グリース」がビッチリ塗られているワケです。日本国内で使う分を考えれば鏡筒/絞りユニット内部にグリースを塗る必要性は低いですね (氷点下20度以下まで下がる山岳地などで使う場合は再整備が必要です)(笑)

↑完成した鏡筒を立てて撮影しました。スリット/切り欠きが用意されているのは、絞り環/プリセット絞り環との連係の必要があるからです (絞り環/プリセット絞り環操作時に絞り羽根を開閉させる必要があるから連係箇所が必要)。

ところが、今回のモデルには鏡筒の反対側にもう1箇所スリット/切り欠きが用意されています。しかもさらに長い距離で切削されています (赤色矢印)。

これは別マウント種別のモデルで絞り環/距離環の回転方向が逆だったり、そもそも絞り値の制御幅が違うので「共通パーツ化」させた鏡筒である事が判明します (古いモデルには存在しない)。

↑プリセット絞り機構と絞り環用のベース環などを組み付けます。プリセット絞り環操作自体はクリック感を伴うのですが、それは実はベアリングではなく「板バネ棒状金属製ピン」の組み合わせでクリック感を実現している設計です (グリーンの矢印)。

従って当初バラす前のチェック時点で、クリック感がガチガチした印象だったので「小気味良いクリック感」に改善させています。

↑ここで問題の「キ〜キ〜音」の作業を再びやるハメになります(笑) 光学系前群用の硝子レンズ格納筒をネジ込まなければイケマセン。

実は、光学系前群ですからもちろん「絞りユニット」の直前に第1群 (前玉) 〜第2群 (貼り合わせレンズ) がセットされるのですが、この「格納筒のネジ込み位置次第でピント面の鋭さや甘さが決まる」とも言えます。

逆に言えば、製産時点の位置までこの格納筒をちゃんとネジ込まなければ、決して鋭いピント面には至らないとも明言できます。今回のオーバーホールでは当方による「磨き研磨」を施したので、さすがにネジ込みに際しバラした時と同じ1時間がかり (1cm〜2cmずつの締め付け) ではありませんが、そうは言ってもやはり人力では歯が立たないので「専用工具」を使っての作業になります (実際はその専用工具も人力で使うのですが)(笑)

前述のとおり、当初バラす際に電気ドリルを使ってイモネジを切削してしまいましたから、再びちゃんと締め付け固定するには「代用イモネジ」が必要になります。

確かに「キ〜キ〜音」がするほどのチカラでネジ込むのでフィルター着脱くらいではビクともしませんが、そうは言っても気持的にホッとしません(笑)

使えるイモネジを何とか調達してキッチリ締め付け固定しました (赤色矢印)。

↑プリセット絞り環をセットしてから光学系前群を組み付けます。

↑同様光学系後群もセットします。この後は「絞り環」を組み付ければ鏡胴「前部」が完成ですが、ここでは敢えて「絞り環」はまだセットしません。

↑鏡胴「後部」の組み立て工程ですが、ヘリコイド (オスメス) がメインなので構成パーツは上の写真だけで非常にシンプルです。

↑シンプルなのですが、実はこのモデルで「距離環が重すぎてとてもピント合わせできない」と言う話をよく聞きますが、その原因の一つが上の写真赤色矢印で指し示した「空転ヘリコイド」部分です。

鏡筒を前後動させる目的で用意されているのが「ヘリコイド (オスメス)」ですが、一方距離環を回す為のネジ山も必要になりますョね?(笑)

それがこのモデルは1950年の「初期型」当初より「空転ヘリコイド方式」を採っています。つまり「面 vs 面の接触」でクルクルといつまでも回せる状態の「空転ヘリコイド」と言うワケです。

ハッキリ言って、この箇所に塗るヘリコイドグリースは「純正グリース (黄褐色系グリース)」でない限り、製産当時の滑らかで軽い操作性には戻せません。今手に入る「黄褐色系グリース」を塗るとしても「粘性軽め」を単に塗れば良いワケでもなく、もちろん「白色系グリース」などを塗ってはアルミ合金材の経年摩耗を促すだけなので悪循環に陥ります (将来的なトルクムラの原因に至る)。

つまり「面 vs 面の接触」と言ってもキッチリ接触してしまったら回らないワケですから(笑)、そこは適度なマチが必要であり、まさに「磨き研磨が必須」とも言えますね。

↑「空転ヘリコイド」が完成したら (トルクが納得できたら) 次はヘリコイド (オス側) のネジ込みです。無限遠位置のアタリを付けた正しいポジションでネジ込みます。このモデルは全部で9箇所のネジ込み位置があるので、さすがにここをミスると最後に無限遠が出ず (合焦せず) 再びバラしてここまで戻るハメに陥ります。

さて、ここで次に「重たいトルクで使い辛い」原因に至る要素が赤色矢印で指し示したネジ種と同じ「円柱にネジ部が用意されたシリンダーネジ」を「直進キー」としてマウント部内部で使っています (上の写真で指し示しているシリンダーネジ自体はトルクには影響しません/例として案内しているだけです)。

直進キー
距離環を回す「回転するチカラ」を鏡筒が前後動する「直進するチカラ」に変換する役目

すると、距離環を回した時にこの「直進キー」が上がったり下がったりしている (用意されている溝をスライドしている) ワケですから、その時の抵抗/負荷/摩擦が全て「距離環を回す時の重さに繋がる」次第です。

さらに問題になるのがここでも使っている「イモネジ (グリーンの矢印)」で均等配置で3箇所で締め付けています。

これら要素の「原理原則」を熟知していなければ、なかなかこのモデルのトルク感を軽く仕上げる事ができません。そこで仕方なく「白色系グリース」を使ったり、下手すれば「潤滑油」を注入して「その場限りで軽く仕上げる整備」が横行しているのが現実です(笑)

白色系グリース」を塗布した場合、粘性によっては下手すれば1年でトルクが重く変質してきますし「潤滑油」を注入してしまった場合は、いずれ数年でヘリコイドが完全固着して「製品寿命」に至ってしまいます (白色系グリースと化学反応してまるで接着剤のように極端な粘性を帯びてくるから)。

↑トルクが納得できたら距離感をセットして鏡胴「後部」の完成です。この後は鏡胴「前部」を組み込んでから無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅の確認 (解説:無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅確認についてで解説しています) をそれぞれ執り行えば完成です。

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ここからはオーバーホールが完了したオールドレンズの写真になります。

↑製造番号から「2015年製産品」なので、ご覧のような大変美しい光彩を放つマルチコーティングモデルです。フィルター枠の縁部分に「銀枠飾り環」をあしらっているのも高級感を醸し出しています。

これで筐体サイズがバカでかくなければもっと売れると思うのですが、いくら国民性と言ってもそろそろ小型化に舵を切って欲しいものです(笑)

↑光学系内の透明度は当然ながらまだ新しい個体なのでLED光照射でも極薄いクモリは皆無です。これでもかと言わんばかりにスカッとクリアなのですが、驚いた事に2015年製産個体にも拘わらず光学硝子レンズには「気泡」が大小数点含まれています(笑)

さすが「おロシア」・・とでも納得しますか(笑)

↑もちろん後群側にも極薄いクモリは当然ながらヘアラインキズなども一切ありません。

いつもこの当時のモデル (2012年以降の製産個体) を整備していて思うのですが、どうも光学硝子レンズに蒸着されているマルチコーティング層の成分が厳格ではないのか、清掃していて抵抗/負荷/摩擦を感じます。これが日本製オールドレンズだったりすると、例え1970年代からの個体でもツルツルのスベスベなのですが、やはり国民性の違いなのでしょうか(笑)

お肌は何歳になってもツルツルスベスベがいいですョね・・?

↑当初油染みが発生していた10枚の特大絞り羽根もキレイになり、絞り環/プリセット絞り環ともども確実に駆動しています。

当初バラす前のチェック時点でガチガチした操作感だった「プリセット絞り環」は、軽い操作性でクリックできるよう調整を施しました。現状小気味良くクリック感を感じながら軽く操作できるよう仕上がっています。

ここからは鏡胴の写真になりますが、まだ新しい個体なので当方による筐体外装の「磨きいれ」は実施していません。特にロシアンレンズの場合は外装メッキ塗膜が薄いのでなかなか難しかったりします。

↑問題の距離環を回すトルクですが、過去メンテナンス時に塗布されていた「白色系グリース」のせいだとしても、確かにピント合わせの際にククッと微動してしまう「スリップ現象」が発生していたので、使い易い状況とは言えませんでした。

今回のオーバーホールでは、もちろん純正グリースに適うヘリコイドグリースを当方は入手できていませんから、あくまでも代用グリースなのですが軽いトルク感になるよう調整したつもりです。

そうは言っても鏡胴「前部」の繰り出し/格納の重さがそっくりそのまま掛かるので、決して「軽いです」と一言で言い表せる状態に仕上がっていません。

塗布したヘリコイドグリースは「黄褐色系グリース」を使い「粘性軽め超軽め」を使い分けて塗りましたが「普通」人により「重め」のトルク感です。但し、ピント合わせ時は「軽い操作性で微動できる」トルク感になるよう粘性と塗布量を調整したので、当初より改善できていると思います。

なおプリセット絞り環には「MADE IN RUSSIA」と刻印されていますが、これが旧ソ連時代 (〜1991年) の製産個体になると「MADE IN U.S.S.R.」刻印になります (同時に鏡胴に「CCCP」マークもあったりする)。これはロシア語のキリル文字で示されている「旧ソ連時代の品質保証マーク」であり「CCCP」はキリル文字なので、ラテン語/英語にすると「SSSR (Sojúz Sovétskikh Sotsialistíčeskikh Respúblik)」つまりは「ソビエト社会主義共和国連邦」を意味します。

従って製造番号に頼らずともこのマークの有無だけでも大凡の製産時期 (ソ連時代か否か) を確定できます。

無限遠位置 (当初バラす前の位置に合致/僅かなオーバーインフ状態)、光軸 (偏心含む) 確認や絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) と絞り環絞り値との整合性を簡易検査具で確認済です。

もちろん光学系の光路長調整もキッチリ行ったので (簡易検査具によるチェックなので0.1mm単位や10倍の精度ではありません)、以下実写のとおり大変鋭いピント面を確保できました。電子検査機械を使ったチェックを期待される方は、是非ともプロのカメラ店様や修理専門会社様が手掛けたオールドレンズを手に入れて下さい当方の技術スキルは低いのでご期待には応えられません

前述の「トルク感」について、もしもご納得頂けないようであれば、大変ご面倒ですが「減額申請」にてご申告の上、ご請求額よりご納得頂ける分の金額を減額下さいませ。

申し訳御座いません・・。

なお、当初バラす前のピント面チェックで、少々このモデルにしては (マルチコーティングでもあるので)「甘い印象」だったのですが、原因は光学系後群側の締め付けが指で簡単に回ってしまうほどでした (つまり過去メンテナンス時にカニ目レンチで硬締めしていない)。もちろん今回のオーバーホールでキッチリ締め付けたので以下実写のとおり本来の鋭いピント面に戻っています。

↑当レンズによる最短撮影距離80cm付近での開放実写です。ピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に「球部分」にしかピントが合っていません (このミニカーはラジコンカーなのでヘッドライトが点灯します)。カメラボディ側オート・ホワイト・バランス設定はOFFです。

この実写はミニスタジオで撮影していますが上方と右側方向からライティングしています。その関係でフードを装着していない為に絞り値の設定によりハレ切りが不完全なまま撮影しています。一応手を翳していますがハレの影響から一部にコントラスト低下が出てしまうことがあります (簡易検査具による光学系検査を実施済で偏心まで含め光軸確認は適正/正常)。

↑絞り環を回して設定絞り値「f2」で撮影しています。

↑さらに回してf値「f2.8」で撮りました。

↑f値は「f4」に変わっています。

↑f値「f5.6」です。

↑f値「f8」になりました。

↑f値「f11」での撮影です。

実は、これら実写はオールドレンズの前玉直前に「代用フード」を翳して撮影しています。手の平で翳すだけではハレーションが出てしまい改善できなかったので、少々長さが足りなかったのですが代用品 (長さ50mm) を使って撮影しています。一切その代用品を使わずに撮影すると、同じf値「f11」で左写真のとおり盛大なハレの影響を受けた写真になってしまいますから「フードが必需品」とも言えます。

↑f値は「f16」まで上がりました。「回折現象」の影響が出ていると思います。

 回折現象
入射光は波動 (波長) なので光が直進する時に障害物 (ここでは絞り羽根) に遮られるとその背後に回り込む現象を指します。例えば、音が塀の向こう側に届くのも回折現象の影響です。
入射光が絞りユニットを通過する際、絞り羽根の背後 (裏面) に回り込んだ光が撮像素子まで届かなくなる為に解像度やコントラスト低下が発生し、眠い画質に堕ちてしまいます。この現象は、絞り径を小さくする(絞り値を大きくする)ほど顕著に表れる特性があります。

↑最小絞り値「f22」での撮影です。大変長い期間に渡りお待たせし続けてしまい本当に申し訳御座いませんでした。今回のオーバーホール/修理ご依頼、誠にありがとう御座いました。