◎ Carl Zeiss (カールツァイス) 凹 Ultron 50mm/f1.8(M42)

(以下掲載の写真はクリックすると拡大写真をご覧頂けます)
写真を閉じる際は、写真の外 (グレー部分) をクリックすれば閉じます

オーバーホール/修理ご依頼分ですが、当方の記録用として掲載しており
ヤフオク! 出品商品ではありません (当方の判断で無料掲載)。
(オーバーホール/修理ご依頼分の当ブログ掲載は有料です)


当方がオーバーホールを始めて8年経過していますが、このモデルの累計扱い本数は今回が6本目です。巷では俗に「凹ウルトロン」と呼ばれ、そのコトバのようにまさしく光学系第1群 (前玉) が凹んでいます。一般的なオールドレンズの光学系が第1群は凸レンズ (中央が外周に比べ膨らんで突出しているレンズ) ですが、このモデルの場合は中心に向かって凹んでいます (正しくは凹メニスカス)。

光学系が見た目でも特徴的ですが、その描写性にも特徴があり非常に鋭いピント面ながらもアウトフォーカス部の滲み方が極端なので銘玉と昔から評価されています。

  ●                

旧西ドイツのVOIGTLÄNDERとZEISS-IKONが協業して1966年に発売したフィルムカメラ「ICAREX 35S」用標準レンズとして用意されましたが、前身はVOIGTLÄNDERが発売していたレンジファインダー式のフィルムカメラ「Prominent」や「VITESSA」用に発売されていた「Ultron 50mm/f2」になります。

フォーカルプレーンシャッター方式のフィルムカメラはレンジファインダーカメラよりもバックフォーカスが長くなる為、光学系を従来の5群6枚から第1群 (前玉) に凹メニスカスを1枚追加してバックフォーカスを稼いだ6群7枚へ再設計し、同時に開放f値もより明るい「f1.8」に採ってきています。

右図は今回バラして清掃時にデジタルノギスで計測しほぼ正確にトレースした構成図です。
(各硝子レンズのサイズ/厚み/凹凸/曲率/間隔など計測)

ご覧のように第1群 (前玉) が凹んでいる凹メニスカスを採用している為入射光が一旦「拡散」します。しかしその次の第2群以降は従前5群6枚のウルトロン型ですから、屈折率を上げて色収差改善に努めつつバックフォーカスに対応した光学設計だったようです (当方は光学系のことはよく知りません)。



上の写真はFlickriverで、このモデルの特徴的な実写をピックアップしてみました。
(クリックすると撮影者投稿ページが別ページで表示されます)
※各写真の著作権/肖像権がそれぞれの投稿者に帰属しています。

一段目
左端からシャボン玉ボケが破綻して円形ボケへと変わっていく様を集めています。ウルトロン型構成なので明確なエッジで真円のシャボン玉ボケ表出が苦手です。

二段目
さらに背景ボケは収差の影響を強く受けて尾を引くような、二線ボケ紛いに、或いは乱れ状に滲んでいきますがピント面はご覧のように非常に明確に残ります。しかもそのピント面はインパクトがあり強調されているにも拘わらず違和感を感じない、いえそれどころかむしろリアル感さえ漂わす独特なピント面を構成します。それはエッジが非常に繊細に出ていながらも決して輪郭は際立たず、すぐに破綻していくアウトフォーカスとの滲み方のバランスが絶妙でありこのモデルのボケ味としての一つの大きな特徴ではないかと感じます。

三段目
ここがこのモデルのデメリット部分になりますが、ダイナミックレンジが狭いので明暗部が極端に表現されます。暗部の潰れが酷く、且つハイライトの白飛びも度合いが強いのでそのようなシ〜ンを撮ってしまうと撮影スキルがモノを言います。その意味でこのモデルは相応に撮影スキルを有する段階で使ったほうが、被写体の質感表現や立体感/臨場感などリアルな表現性を活かしきれるように感じました。

オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。すべて解体したパーツの全景写真です。

↑ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。内部構造はともかく構成パーツ点数は少なめです。しかしこのモデルの光学系は、光学硝子レンズを締め付け固定する「締め付け環」にほとんどカニ目溝がありません (カニ目溝付は1個だけ)。さらに光学系前群を外さない限り距離環を外せません。

ところが今まで扱った5本全てで固着が酷く「加熱処置」しないと外れず、今回も例によって処置してようやく解体できた次第です。

↑絞りユニットや光学系前後群を組み付ける為の鏡筒 (ヘリコイド:オス側) を含むフィルター枠部分を撮っていますが、絞りユニットに附随する「開閉環」はご覧のようにベアリングによる回転式です (赤色矢印)。当初バラす前にこのモデルの鏡胴を振ると「カラカラ音」が聞こえてくるのですが、その犯人はベアリングだったりします (ベアリングが開閉環の回りにビッシリ詰まっていないからコロコロ回っている音が聞こえてくる)。

クロームメッキが施された豪華なフィルター枠は真鍮製ですが鏡筒まで真鍮製なのでそう簡単に外れません。

↑またこのモデルの絞り羽根も独特な設計で、大小5枚ずつが2枚でセットとなり組み付けられて、それぞれが違う角度で開閉する仕組みです。

↑実際に絞りユニットに大小10枚の絞り羽根を組み付けて完成させるとこんな感じになります。何だか複雑に重なり合っているように見えますが、大小の絞り羽根のセット方法をミスると絞り羽根にキズが付いたりするので要注意です。

↑完成したフィルター枠をひっくり返して後玉側方向を上にして撮影しました。鏡筒外壁部分はヘリコイド (オス側) のネジ山が切られていますがマットな黒色のメッキが施されています (黄金色の真鍮材剥き出しではない)。また鏡筒には「直進キーガイド」が用意されており、ここに「直進キー」が刺さってスライドすることで距離環を回した時に鏡筒が直進動する原理です。

直進キー
距離環を回す「回転するチカラ」を鏡筒が前後動する「直進するチカラ」に変換する役目

↑こちらは距離環やマウント部を組み付ける為の基台です。やはり真鍮製で非常に微細なネジ山が切られています。

↑アルミ合金材のヘリコイド (メス側) を無限遠位置のアタリを付けた場所までネジ込みます。最後までネジ込んでしまうと無限遠が出ません (合焦しません)。

実はこのヘリコイド (メス側) はどんどんネジ込んでいくと基台を貫通して抜け落ちてしまいます。つまりネジ込みが止まる設計になっていません。

↑後から組み込むことができないので、ここで先に距離環を仮止めしておきます。

↑鏡筒 (ヘリコイド:オス側) を、やはり無限遠位置のアタリを付けた正しいポジションでネジ込みます。このモデルは全部で13箇所のネジ込み位置があるので、さすがにここをミスると最後に無限遠が出ず (合焦せず) 再びバラしてここまで戻るハメに陥ります。

ご覧のように距離環の内径よりもフィルター枠の外径のほうが大きいので後から距離環を組み込むことができないワケです。

↑この状態でひっくり返して撮影しました。すると前述のヘリコイド (メス側) の内径が基台 (真鍮製) の内径よりも小さい為に貫通してしまうのがお分かり頂けると思います。

既に鏡筒 (ヘリコイド:オス側) もネジ込んでいますが、するとご覧のとおりグリーンのラインで示したようにヘリコイド (メス側) と基台との縁の段差 (スペース/余白) は極僅かしか残っていません。

これがどうして問題になるのかと言うと、実はこの基台には (前述のとおり) マウント部がネジ止め固定されるので、ヘリコイド (メス側) のネジ込み量と鏡筒 (ヘリコイド:オス側) のネジ込み量 (ネジ込み位置) が適切ではない限りマウント部をセットした時点でヘリコイドが動かなくなります。

その理由がグリーンのラインのスペース/余白部分と言うワケです。

何を言いたいのか?

このモデルは「原理原則」を熟知していてヘリコイド (オスメス) のネジ込み位置を適合させられる人でなければ期待通りの仕上がりに組み上げられません。つまり「高難易度モデル」と言えます。

↑このモデルの絞り環操作は手動の無段階式 (実絞り) ですから、絞り環を回してもクリック感がありません。赤色矢印で指し示して解説しているとおり、絞り環と絞りユニットとの「連係アーム」が介在する為、前述のヘリコイド (オスメス) のネジ込み位置が適切ではない限り、もうこの工程の段階で絞り環が当たってしまい動かなくなります。

↑前述のとおり、光学系の硝子レンズ格納筒や締め付け環にはカニ目溝が用意されていないので、後からでは面倒ですからここで先に光学系後群側をセットしてしまいます (専用工具を使って硬締めする)。

↑変なカタチ (三角形) の弧を描いた真鍮板が刺さりますが、マウント面から飛び出ている「絞り連動ピン」からのチカラを伝える「伝達板」です。この「伝達板」が絞りユニット内部の「開閉環」と連結することで、マウント面の「絞り連動ピン」が押し込まれた時のチカラが伝達される仕組みです。

↑こちらはマウント部内部の写真ですが、既に各構成パーツを取り外して当方による「磨き研磨」を終わらせた状態で撮影しています。

↑取り外していた各構成パーツも個別に「磨き研磨」を施し、経年の酸化/腐食/錆びを除去して組み付けます。

↑完成したマウント部内部の「絞り連動ピン」機構部を拡大撮影して解説しています。マウント面から飛び出ている「絞り連動ピン」が押し込まれると (ブルーの矢印①)、その押し込まれた量の分だけ「カム」が反応します ()。「カム」は絞り連動ピンからのチカラを使って「伝達アーム」を動かします ()。

↑すると、その「伝達アーム」の先端部分に用意されている「旗振り棒」が勢いよく動きます。マウント面から飛び出てている「絞り連動ピン」が押し込まれると (ブルーの矢印①) そのチカラが伝達されて「旗振り棒」が勢いよく倒れます ()。「旗振り棒」と呼んでいるのは当方だけであり、正しくは何と呼ぶのか分かりません(笑) 絞り連動ピンの動作に従ってパタパタと勢いよく動くので、まるで旗を振っているように見えるからそのように呼称しています。

実際はこの「旗振り棒」の先端部に前述の弧を描いた真鍮板「伝達板」がセットされて、マウント面の「絞り連動ピン」を押し込んだチカラが最終的に絞りユニット内の「開閉環」を駆動するチカラとして伝達されていくワケですから、これら「チカラの伝達経路」での「チカラの損失」が問題になり、それはそのまま「絞り羽根の開閉異常」に繋がっていきますね(笑)

↑またマウント部の反対側には前述の「直進キー」も配置されます。

すると、この完成したマウント部を基台にセットする際、以下の4点について位置合わせが必須になります。何故なら位置が合致していない限りマウント部を固定する締め付けネジが入らないからです (ネジ穴の位置が決まっているから/調整範囲は用意されていない)。

直進キーが直進キーガイドに入る。
旗振り棒が伝達板にセットされる。
マウント部の固定位置 (4箇所) が適切である。
絞り環駆動域が適合している。

このについて1つでも適切でないとマウント部は固定ネジで締め付け固定できませんし、仮に固定できても「直進キー」の影響から距離環を回すトルクが重くなったりトルクムラが酷くなったりします。もちろん旗振り棒の動きまで正しくなければ「絞り羽根の開閉異常」が起きるのは必然です。

そもそもヘリコイド (オスメス) のネジ込み位置だけでも難しいのに、ここの工程でいきなりハードルが高くなります。

↑無事に前述の全てが適切にセットされてマウント部を固定し終わった状態です。もちろん絞り環に刻印されている絞り値の位置も適切です。

この後は光学系前群を組み付けてから無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅の確認 (解説:無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅確認についてで解説しています) をそれぞれ執り行い、最後にレンズ銘板をセットすれば完成です。

修理広告     DOHヘッダー

ここからはオーバーホールが完了したオールドレンズの写真になります。

↑内部の構造が分かっていても、解体に際し専用工具や「加熱処置」が必要だったり、組み上げ工程では各部位での微調整も必須になるので「高難易度モデル」の一つです。

↑光学系内の透明度が非常に高い個体ですが、残念ながら第2群と第5群 (貼り合わせレンズ) にはコーティング層の経年劣化に伴う極薄いクモリが外周附近に生じています (写真には影響しないレベル)。

↑光学系後群側も貼り合わせレンズの外周附近に極薄いクモリがありますがバルサム切れ (貼り合わせレンズの接着剤/バルサムが経年劣化で剥離し始めて白濁化し薄いクモリ、或いは反射が生じている状態) ではないのでラッキ〜でした。

↑絞り羽根には相当量の油染みが過去に生じていたようで油分のこびりつきが酷かったです (クロス/ワイパーが真っ黒になった)。

ここからは鏡胴の写真になります。経年の使用感がほとんど感じられない大変キレイな状態を維持した個体ですが、当方にて筐体外装の「磨きいれ」を施したので落ち着いた美しい仕上がりになっています。洗浄時に鏡胴や距離環/絞り環などの刻印が一部褪色した為、当方にて「着色」しています。

↑当初バラした際は、過去のメンテナンスが相当昔だったようで黄褐色系グリースが塗られていましたが、既に経年劣化が進行し粘性を帯びている状態でした。それでも今ドキの「白色系グリース」ではないので摩耗粉などは一切存在せず、そのまま新たに黄褐色系グリースの「粘性軽め」を塗布しています。

当初バラす前の段階で鏡胴に極僅かなガタつきを感じましたが、組み上げても改善できていません。また絞り環にも極僅かなガタつきが残っています。

距離環を回すトルクは「普通」人により「重め」に感じトルク感は「ほぼ全域に渡り均一」です。今回のオーバーホール/修理ご依頼で「Rayqual製マウントアダプタに装着」とのご指示でしたので、それに合わせて無限遠位置などを調整しています。

当方の基準マウントアダプタ「K&F CONCEPT製 (中国製)」ですと僅かなオーバーインフ状態ですが、当方所有Rayqual製マウントアダプタに装着すると、当初バラす前の段階で極僅かにアンダーインフ状態でした (Rayqual製のほうが商品全高が嵩張る為)。

無限遠位置をピタリと合わせましたが、その関係でヘリコイド (オスメス) のネジ込み位置を変更しており、距離環を回した時にネジ山が擦れる感触と抵抗/負荷/摩擦を感じる箇所が1箇所あります (∞の手前辺り)。当初バラす前の位置より先までネジ込んでいるので、そこのネジ山が影響しているのかも知れませんが確認のしようがありません。申し訳御座いません・・。

↑また絞り環側も無段階式 (実絞り) の為トルクを与えたかったので「粘性重め」のグリースを塗りましたが、これ以上重くできません (たいして重くなっていない)。

内部に使われているスプリング (2本) が既に経年劣化進行からだいぶ弱くなっており、このタイミングでオールドレンズ内部の揮発油成分を除去できたのが良かったのではないかと考えます。

無限遠位置 (Rayqual製マウントアダプタに適合/ピタリの状態)、光軸 (偏心含む) 確認や絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) と絞り環絞り値との整合性を簡易検査具で確認済です。

↑当レンズによる最短撮影距離45cmでの開放実写です。ピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に「球部分」にしかピントが合っていません (このミニカーはラジコンカーなのでヘッドライトが点灯します)。カメラボディ側オート・ホワイト・バランス設定はOFFです。

この実写はミニスタジオで撮影していますが上方と右側方向からライティングしています。その関係でフードを装着していない為に絞り値の設定によりハレ切りが不完全なまま撮影しています。一応手を翳していますがハレの影響から一部にコントラスト低下が出てしまうことがあります。しかし簡易検査具による光学系の検査を実施しており光軸確認はもちろん偏心まで含め適正/正常です。

↑絞り環を回して設定絞り値「f2.8」で撮影しています。

↑さらに回してf値「f4」で撮りました。

↑f値は「f5.6」に変わっています。

↑f値「f8」になりました。

↑f値「f11」です。

↑最小絞り値「f16」での撮影です。大変長い期間に渡りお待たせし続けてしまい申し訳御座いませんでした。今回のオーバーホール/修理ご依頼、誠にありがとう御座いました。