◎ Carl Zeiss Jena (カールツァイス・イエナ) Pancolar 50mm/f2 silver《Gutta Percha》(M42)

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今回完璧なオーバーホールが終わって出品するモデルは、旧東ドイツの
Carl Zeiss Jena製標準レンズ・・・・
Pancolar 50mm/f2 silver《Gutta Percha》(M42)』です。


旧東ドイツのCarl Zeiss Jena製標準レンズの中で一番好きなモデルはどれか尋ねられたら、迷わずこのモデル『Pancolar 50mm/f2 silver《Gutta Percha》(M42)』を選びます。8年間探し続けましたが今回初めて状態の良い「イボ付/スター型/突起型」を手に入れられました。

モデル銘の「Gutta Percha」は「グッタペルカ」或いは「ガタパーチャ」と発音し、当時のマレーシア原産のアカテツ科樹木から採取した樹液で精製された硬質ゴム材です。硬化するとほぼ現在のプラスティック材のように硬く固まってしまうのでゴム材と言ってもほとんど弾性がありません。よくネット上で「革巻き」と案内されていますが本革でも合皮でもありませんね (あくまでも革風にエンボス加工でアレンジしただけの硬質ゴム材)(笑)

当方は昔家具屋に勤めていたことがあるのでその辺は詳しいです。実際、Gutta Perchaは亀裂が入ったりポロッと剥がれたり (欠落) しますが、その断面を見れば一目瞭然で繊維質が一切無く合成材であることが分かります (つまり天然の皮革ではない)。

距離環のローレット (滑り止め) としてその「Gutta Percha」を使っているワケですが、以下のモデルバリエーションのとおり「皮革風エンボス加工」の他に今回扱うタイプの「イボ付/スター型/突起型」があります (後に金属製ローレット (滑り止め) の「ゼブラ柄」も追加)。

市場を見ていると「皮革風エンボス加工」タイプは相応に良い状態を維持した個体が流れますが、今回の「イボ付/スター型/突起型」はヒビ割れしていたり下手すると突起部分が欠損していたりします。あくまでもデザインが違うだけと思われがちですが、実はこのモデルの距離環を回すトルクは意外と重くなってしまった個体が多かったりします。すると「皮革風エンボス加工」タイプの場合は距離環を回す時に掴み辛い (滑り易い) 問題が出てくるので、扱い易さから考えれば今回の「イボ付/スター型/突起型」のほうが (デザインの好き嫌いは別として) 楽だと言うことになりますね。

そんなワケで、8年間状態の良い (キレイな) 個体を探し続けていたワケですが、せっかくなら「シルバーモデル」が被写界深度インジケーターの「レッド」がインパクトがあり、ドイツらしさいっぱいなので今回の調達に至った次第です。

なお調達に際し、前回オーバーホール済でヤフオク! 出品したのが2年前でしたが、他のモデルバリエーションも含め市場価格はその時の1.5倍〜2倍まで高騰していました。

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今回扱うのは旧東ドイツのCarl Zeiss Jena製標準レンズで、当時のPENTACON社から発売されていた一眼レフ (フィルム) カメラ「PRAKTICA IV (1959年発売)」用に供給されていた標準レンズ群の中の一つです (左写真)。

「Pancolar 50mm/f2シリーズ」は先代のシルバー鏡胴モデル「Biotar 58mm/f2」が消滅しその後継モデルとして発展した標準レンズですが、本来先に登場していたモデル「Flexon 50mm/f2」が存在します。

【モデルバリエーション】
オレンジ色文字部分は最初に変更になった要素を示しています。

Flexon 50mm/f2:1957年発売

光学系:4群6枚ダブルガウス型 (絞り羽根枚数:6枚)
鏡胴意匠:シルバー (エンボス柄) のみ
被写界深度インジケーター:無し
マウント:praktina/exakta

Pancolar 50mm/f2:1959年発売

光学系:4群6枚ダブルガウス型 (絞り羽根枚数:6枚)
鏡胴意匠:シルバー/黒色鏡胴 (エンボス柄)
被写界深度インジケーター:有り (赤色爪)
マウント:M42/exakta/praktina

Pancolar 50mm/f2:1959年発売

光学系:4群6枚ダブルガウス型 (絞り羽根枚数:6枚)
鏡胴意匠:黒色/シルバー鏡胴 (エンボス柄)
被写界深度インジケーター:有り (黒色爪)
マウント:M42/exakta/praktina

Pancolar 50mm/f2:1959年発売

光学系:4群6枚ダブルガウス型 (絞り羽根枚数:6枚)
鏡胴意匠:シルバー鏡胴/黒色鏡胴 (突起柄)
被写界深度インジケーター:有り (赤色爪)
マウント:M42/exakta/praktina

Pancolar 50mm/f2:1959年発売

光学系:4群6枚ダブルガウス型 (絞り羽根枚数:6枚)
鏡胴意匠:黒鏡/シルバー鏡胴 (突起柄)
被写界深度インジケーター:有り (黒色爪)
マウント:M42/exakta/praktina

Pancolar 50mm/f2:1959年発売

光学系:4群6枚ダブルガウス型 (絞り羽根枚数:6枚)
鏡胴意匠:ゼブラ柄
被写界深度インジケーター:有り (黒色爪)
マウント:M42/exakta/praktina

Pancolar 50mm/f1.8《初期型》:1965年発売

光学系:4群6枚ダブルガウス型
(酸化トリウム含有/絞り羽根枚数:8枚)
鏡胴意匠:ゼブラ柄
被写界深度インジケーター:無し
マウント:M42/exakta


Pancolar 50mm/f1.8《前期型》:1968年発売

光学系:4群6枚ダブルガウス型
(酸化トリウム含有無し/絞り羽根枚数:6枚)
鏡胴意匠:ゼブラ柄 (フィルター枠:ストレート)
コーティング層:モノコーティング

PANCOLAR auto 50mm/f1.8 MC後期型》:1975年発売

光学系:4群6枚ダブルガウス型 (絞り羽根枚数:6枚)
鏡胴意匠:黒色鏡胴
コーティング層:マルチコーティング
制御系:A/Mスイッチ装備

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上の写真はFlickriverで、このモデルの特徴的な実写をピックアップしてみました。
(クリックすると撮影者投稿ページが別ページで表示されます)
※各写真の著作権/肖像権がそれぞれの投稿者に帰属しています。

一段目
左端からシャボン玉ボケが破綻して背景ボケへと変わっていく様をピックアップしています。ダブルガウス型光学系の特徴から真円を維持したシャボン玉ボケの表出が苦手で、口径食や収差の影響を受けて歪なカタチ、或いは溶けていく円形ボケが混在して出てきます。またグルグルボケにも至るので背景をミスると乱雑な写真になりがちですが、それは裏を返せば変化に富んだボケ味の引き出しが多い要素の一つとも考えられます。

二段目
被写体の材質感や素材感を写し込む質感表現能力に優れ、ダイナミックレンジの広さから黒潰れしにくく階調幅も相応に滑らかです。また決してコントラストが高いコッテリ系の写真ばかりではないのですが、赤色の反応が極端に出てくるのも特徴のひとつです。

三段目
ピント面の解像度が後に登場する「後期型」に比べると大雑把なので画全体的にマイルド感漂う写真を残せます。それが却って「空間表現」の素晴らしさに至り、リアル感にも功を奏しています。人肌の表現性も艶めかしい感じで、今風に言う処の「美肌効果」フィルター処理が最初から効いているようなニュアンスで受け取れます(笑)

光学系は典型的な4群6枚のダブルガウス型構成ですが、後に登場するゼブラ柄で一度光学系の再設計が行われ、さらに最後の黒色鏡胴でマルチコーティング化のタイミングで三度光学系を再設計しています。

その意味で、ピント面をカッチリ出すのが好きな方には「ゼブラ柄以降の後期型」のほうが適しているでしょうし、当方のようにマイルド感や空間表現、リアル感など画全体的な要素で捉える人にはこちらの開放f値「f2」モデルのほうが相応しいと考えます。もちろん2本3本手元に用意してシ〜ンで対応するのもまた愉しいでしょうね(笑)

右図は今回バラして清掃時にデジタルノギスで計測しほぼ正確にトレースした構成図です。
(各硝子レンズのサイズ/厚み/凹凸/曲率/間隔など計測)

オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。すべて解体したパーツの全景写真です。

↑ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。この当時のモデルは筐体の設計がシルバー鏡胴からゼブラ柄へと変遷している途中なので、バラすとシルバー鏡胴時代の名残があり「ひたすらに環 (リング/輪っか) の集合体」だったりします(笑)

もちろん全ての環 (リング/輪っか) が異なるネジ径なので使う場所は決まっていますが、慣れていないと何処に何が入るのか分からなくなるかも知れませんね(笑)

当初バラす前の状態は、距離環を回すと重くてトルクムラも酷い印象でしたが、回しているうちに「5m〜∞」間しか動かなくなってしまいました。また調達時の掲載写真では一切分かりませんでしたが光学系内に盛大なカビが生じていました。さらにプレビューレバーを操作した時とマウント面の「絞り連動ピン」押し込み時とで絞り羽根の開閉が違う問題も発見しました。もちろん実写チェックしましたがピント面はこのモデルにしては甘い印象です。

そんなスタートでバラして「DOH」して仕上がった出品個体は「それはそれは素晴らしい仕上がり状態」です。距離環を回すとトルク感は「軽く」なり、被写界深度インジケーターは限りなく小気味良く、もちろん絞り環操作も楽チンです。絞り羽根開閉もプレビューレバー/絞り連動ピンの別に関係なく正しい開閉幅 (開口部の大きさ/カタチ/入射光量) に改善され、極めつけはこれでもかと言うくらいの鋭いピント面です(笑)

8年間待っただけあって、そもそもオーバーホールに取り掛かる意気込みが違ったのでしょうか?(笑)・・お探しの方、これは買いです (ポチッてください)。

↑絞りユニットや光学系前後群を格納する鏡筒です。このモデルはヘリコイド (オス側) が独立しており別に存在します。

↑この鏡筒最深部に「絞りユニット」がセットされるのですが、絞りユニットの構成パーツを鏡筒の前に並べています (全部で5点ある)。

普通のメンテナンスではここまで完全解体しません (ネット上やヤフオク! を見ていてもここまで解体している人は少ない)。当方が問題視している要素が「経年の酸化/腐食/錆び」であり、それはそのまま「経年劣化の原因に繋がる要素」なので拘ってここまで完全解体しています。

つまり当方のオーバーホールの目的が「本来あるべき姿に戻す」ことであり、それは確かに経年数からすれば当然ながら新品同様品に近づくことにはなり得ませんが、それを何処まで追求できるかにトライしています。

↑絞りユニットは絞り羽根が刺さり開閉することで入射光を制御できるワケですが、このモデルはその絞り羽根開閉を「ベアリングのチカラ」で行います。上の写真左側が絞りユニットですが、その中に3個のベアリング (グリーンの矢印) が組み込まれ「開閉環」が回るようになります (最後に締付環でベアリングを固定する)。

この時「開閉環」は絞りユニットの環 (リング/輪っか) の内径よりも極僅かに小さいので、ベアリングが入らないと貫通 (脱落) してしまいます。つまり「開閉環」はベアリングの半径だけで辛うじて引っ掛かり絞りユニット内に保持される設計概念 (中空に浮いている状態) を採っています (この当時のベアリング回転方式の絞りユニットはたいてい同じ概念の設計)。仮に上の写真左の状態のまま絞りユニットを持ち上げると「開閉環」がストンと落ちてしまいます (ベアリングがまだ入っていないから/保持されていないから)。

しかし当方のオーバーホールでは「経年の酸化/腐食/錆びの除去」に拘るワケですから、それは何かと言えば「オールドレンズ内部のチカラの伝達経路を確保する/再生する」ことに他なりません。つまり絞り環を回した時に影響する部位から受けるチカラの全てをチェックしていくことが重要だと考えています。

それ故、絞り環を回す理由は「絞り羽根を制御する (開閉する)」話ですから、必然的にまずは絞りユニットからチカラの状況を改善していくしかありません。だから完全解体しているワケです (ベアリングすら磨いている)(笑)

↑実際に絞りユニットを完成させた状態を撮影しました。こんな感じでベアリング (3個グリーンの矢印) が組み込まれて「開閉環」がほぼ無抵抗でいつまでもクルクルと回り続けます。ブルーの矢印で指し示した箇所に「開閉アーム」と言うパーツが刺さって「開閉環」を回す動作をするので、その時に余計な負荷/負担/抵抗が残っていてはダメなのです (だから完全解体した)。

絞り羽根には表裏に「キー」と言う金属製突起棒が打ち込まれており (オールドレンズの中にはキーではなく穴が空いている場合や羽根の場合もある) その「キー」に役目が備わっています (必ず2種類の役目がある)。製産時点でこの「キー」は垂直状態で打ち込まれています。
(左写真は絞り羽根を表裏ひっくり返して並べています)

位置決めキー
位置決め環」に刺さり絞り羽根の格納位置 (軸として機能する位置) を決めている役目のキー

開閉キー
開閉環」に刺さり絞り環操作に連動して絞り羽根の角度を変化させる役目のキー

位置決め環
絞り羽根の格納位置を確定させる「位置決めキー」が刺さる環 (リング/輪っか)

開閉環
絞り羽根の開閉角度を制御するために絞り環操作と連動して同時に回転する環

絞り環を回すことで「制御環」が連動して回り絞り羽根の開閉角度が決まるので、マウント面の「絞り連動ピン」が押し込まれる絞り羽根の「開閉キー」が瞬時に移動して「位置決めキーを軸にして絞り羽根の角度が変化する (つまり開閉する)」のが絞り羽根開閉の原理です。

左写真はその「開閉アーム」が附随する真鍮製パーツですが、ご覧のとおりアーム部分は非常に薄い板状です (グリーンの矢印)。するとマウント面の「絞り連動ピン」が押し込まれることで「操作アーム」が押されて (ブルーの矢印①) 反対側の「開閉アーム」が首振りします ()。

従って、オールドレンズ内部の各部位から伝達されるチカラが適正ではないとグリーンの矢印の箇所で簡単に曲がってしまいます。何故なら「開閉アーム」は附随するスプリングで常に引っ張られているからです (絞り羽根を常時閉じようとするチカラが及んでいる)。

つまりこのモデルの「絞り羽根開閉異常」は絞り羽根の油染みだけが原因ではなく、これら「チカラの伝達経路の問題」が大きく関わっている為、過去メンテナンス時に塗布された必要以上のグリースが経年で揮発した油成分で酸化/腐食/錆びが生じている懸念が高くなります。

よくこの開閉アーム」の変形を「このモデル特有の持病」で片付けてしまう整備会社が居ますが、そんなのは言い訳 (逃げ口上) で、チカラの伝達経路をキッチリ確保しなかったのが拙いだけの話です。但し、一度変形して弱ってしまった (軟らかくなってしまった) アームは、残念ながら二度と強度を戻すことができないので「製品寿命」へと突き進むしかありません。その意味で絞り羽根の開閉が鈍いからとガチャガチャやってしまったら「開閉アームの変形」に至るワケで恐ろしい所為になりますね。

↑6枚の絞り羽根を組み付けて絞りユニットを鏡筒最深部にセットします。

↑完成した鏡筒を立てて撮影しましたが、ここで先に光学系後群側の格納筒をセットしてしまいます。

↑光学系前後群を組み付けて、各制御系パーツを組み付けます。問題の「開閉アーム」が鏡筒内の絞りユニットに刺さっているのが分かります。

マウント面の「絞り連動ピン」が押し込まれると、その押し込まれた量の分だけ「操作アーム」が押されて (ブルーの矢印①)、反対側の「開閉アーム」が首振り運動し () 絞り羽根が設定絞り値まで閉じます。「絞り環」を操作することで上の写真「制御環」の位置が変わっているので設定絞り値まで絞り羽根が閉じるワケです。

↑こちらは距離環やマウント部が組み付けられる基台です。

↑距離環 (ヘリコイド:メス側) を無限遠位置のアタリを付けた場所までネジ込みます。最後までネジ込んでしまうと無限遠が出ません (合焦しません)。

↑このモデルでは何と、フィルター枠がヘリコイド (オス側) の役目を兼務しているので、ここでフィルター枠 (ヘリコイド:オス側) を無限遠位置のアタリを付けた正しいポジションでネジ込みます。このモデルは全部で11箇所のネジ込み位置があるので、さすがにここをミスると最後に無限遠が出ず (合焦せず) 再びバラしてここまで戻るハメに陥ります。

ここで一つ注意点があり、たいていのオールドレンズはフィルター枠を回せば外れますが、このモデルはヘリコイド (オス側) になっているのでチカラいっぱい回したら最後、アッと言う間に壊れます (しかも致命的なダメージになるのでまず間違いなく製品寿命に陥る)(笑)

フィルター枠を回して解体できるのか、或いは今回のように回したらイケナイのか?

それを判断するには「観察と考察」が必要なのであり、それが当方が言っている「構造検討」そのものです。「構造検討」は単に内部構造を把握するのみならず、適切な組み立て工程の手順を知ることと最も重要な「調整箇所の調整度合いの判定」まで考えているワケで、決して単に内部構造を把握しているだけの話ではありません (そんな簡単な話ではない)。

↑この状態で基台をひっくり返して裏側を撮影しました。基台には1箇所に「直進キー」と言うパーツが固定されています。

直進キー
距離環を回す「回転するチカラ」を鏡筒が前後動する「直進するチカラ」に変換する役目

従って「直進キー」はヘリコイド (オス側) に刺さって、距離環を回した時の回転するチカラを鏡筒の直進動に変えているワケですから、必然的に前述のとおり「フィルター枠を回して解体しようとしたらアウト (直進キーが折れる)」なのがお分かり頂けるでしょうか。

しかもこのモデルには「直進キー」は1本しか入らないので (普通のオールドレンズは両サイドに1本ずつの2本)、距離環を回すトルク感は全てここで決まってしまうことになります。

絞り値キー」は絞り環を回した時にカチカチとクリック感を実現している各絞り値に見合う箇所に刻まれた「」ですね。

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ここでちょっとした「証拠」が出てきたので解説したいと思います・・。

前回このモデルの「皮革風エンボス加工」のタイプをオーバーホール/修理しましたが、その時の個体は「1964年製産品」でした。今回の個体は製造番号から「1962年9月製産品」と推測できます。つまり前回の個体より2年ほど前に製産されていたワケですが「直進キー」用のネジ穴が反対側にも残っています (グリーンの矢印)。

一般的にオールドレンズは両サイドに1本ずつ「直進キー」を配置させて、距離環を回す時のトルクを均質にします。前回の個体はその「直進キー」が今回同様1本だけでしたが、反対側にはネジ穴がありませんでした。

「いや、そもそも直進キーと固定用ネジが欠品しているのではないか」と考えがちですが、よ〜く見ると入っているヘリコイド (オス側:フィルター枠) には「直進キーが入るガイド/溝が存在しない」ことが判ります (ブルーの矢印)。

つまりそもそも「1本しか直進キーを使わない設計」なのに反対側には2本目が刺さっていた時代の名残が残っているワケで、これが「ゼブラ柄へと変遷していく過渡期の証拠」と当方はみています。設計が確定しないまま量産を続けていたワケで、それは裏を返せば「思考錯誤している最中」ともとれます。

オールドレンズは内部構造のみならず、各構成パーツをジックリ見て「観察と考察」を進めることで、隠れていた背景などが垣間見え楽しいですね(笑)

↑このモデルは「被写界深度インジケーター」を装備しているので、絞り環操作すると「左右に分かれた爪 (インジケーター)」が具体的な被写界深度の幅 (領域) を指し示してくれる仕組みです。

まずはそのインジケーター環の片側をセットしますが、このインジケーター部分は「歯車」で動く仕組みです。今回も同様過去メンテナンス時には「白色系グリース」がビッチリ塗られており、既に経年劣化が進み液化して酸化/腐食/錆びの原因になっていました。

つまり過去メンテナンスは「グリースに頼った整備」だったと言えます。

赤色矢印で指し示した箇所に被写界深度インジケーターの「赤色の爪」が寄っています。上の写真では絞り環が開放f値「f2」にセットされているので爪 (左右の爪) は互いに寄り合ってくっついています。絞り環を回すとこの爪が互いに左右に均等に開いていきます。

このモデルの絞り環はクリック感を伴う操作性ですが、そのクリック感を実現しているのはベアリングではなく「金属棒」だったりします (ベアリングだと思い込んでいる人が非常に多い)。

左写真はそのクリック感を与えている「金属棒と板バネ」部分を拡大撮影しました。この「板バネ」の反発力が適正ではないとガチガチした印象のクリック感に至りますし、逆に経年劣化で弱ってしまうとスカスカの印象になりますから、違和感を感じないためには意外と重要な要素なのが、こんな「板バネ」だったりしますね(笑)

たかが絞り環操作時のクリック感ですが、クリック感が弱かったりした時に「絞り値キーが経年摩耗で擦り減ったから」と言う理由でチェックを怠っている整備者が多かったりします(笑)

要は「何処まで細かく調べて自ら納得ずくで仕上げているのか」が問題になるのではないでしょうか? 少なくとも当方のオーバーホールはそういうスタンスです (なので改善できなかった不具合は100%説明できます)。重要なのは「観察と考察」です。

↑完成している鏡筒をセットします。この段階で絞り環とも連携しているので、絞り環を回せば絞り羽根が開閉して、同時に被写界深度インジケーターの爪も左右に (均等に) 広がったり戻ってきたりします。

↑こちらはマウント部内部の写真ですが、絞り連動ピン機構部を取り外して当方による「磨き研磨」を終わらせた状態で撮っています。当初バラした時はこの内部は過去メンテナンス時に塗られた「白色系グリース」が経年劣化で「濃いグレー状」に至り、且つ揮発油成分がヒタヒタと液化していましたから、必然的に一部パーツに酸化/腐食/錆びが生じてしまいました。

↑外していた各構成パーツも「磨き研磨」を施し組み付けます。絞り連動ピンが押し込まれると、その押し込まれた量の分だけカムが移動します (ここがポイントです)。

つまり当初バラす前に絞り羽根開閉が「プレビューレバー操作時/絞り連動ピンの押し込み時」とで違っていた原因は、何とその酸化/腐食/錆びだったワケです(笑) なので仕方なくシコシコと「絞り連動ピンとカム」如きを「磨き研磨」したりしています(笑)

いったい何処が影響して適正なチカラの伝達に至らないのか、それを調べるのはそれほど容易ではありません。

↑完成したマウント部を基台にセットして鏡筒の制御系パーツと連携させます。

マウント部内部から飛び出てきた「カム」が連携するので「絞り連動ピン」が押し込まれる (ブルーの矢印①) と、その押し込まれた量の分だけ「プレビューレバー環」が移動して () 「開閉アーム」を動かします ()

その結果、設定絞り値まで絞り羽根が瞬時に閉じる原理ですね。

この動きはそれぞれが連係し合っているので、例えばプレビューレバーを押し込めば絞り連動ピンが押し込まれたのと同じ動作をしますし、逆に絞り連動ピンが押し込まれるとプレビューレバーも押された時と同じように引っ込みます (ブルーの矢印④)。

するとここで気がつかなければイケナイのですが、絞り環を回すとそれに連動してこれら各部位が連係動作していることになります。ここが当方が問題視している「チカラの伝達経路のチェック」なのです。各部位からのチカラの伝達が適切なのかどうかに気を配らなければイケマセン。すると何かしら問題点を改善させる必要があるのは絞り環だけではなく、被写界深度インジケーター機構部もそうですし、もちろん絞り連動ピンからのマウント部内部も問題になってきますね。

なおグリーンの矢印で指し示している箇所にスプリングが1本ありますが、前述の「開閉アーム」にもスプリングが附随していました。この2本のスプリングで「常に絞り羽根を開こうとするチカラ」と「閉じようとするチカラ」の互いのバランスの中で適切な絞り羽根の開閉動作が行われていますから、この2本のうち1本が経年で弱った時点で「絞り羽根の開閉異常」に陥ります。

↑マウントカバーをセットして、この後は無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅の確認 (解説:無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅確認についてで解説しています) をそれぞれ執り行い、最後にレンズ銘板をセットすれば完成です。

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ここからはオーバーホールが完了した出品商品の写真になります。

↑完璧なオーバーホールが終わりました。100%全て納得できる仕上がりになっています。ヤリ残したこともなく改善できなかった点もなく、つまりはこれ以上無いレベルの仕上がりです。

↑光学系内は「これでもか!」と言うくらいに限りなくクリアで透明度の高い状態を維持した個体です。LED光照射でもコーティング層経年劣化に伴う極薄いクモリすら皆無です。

↑上の写真 (3枚) は、光学系前群のキズの状態を拡大撮影しています。すべて極微細な点キズを撮っていますが微細すぎて全部写りませんでした。

残念ながら第2群の貼り合わせレンズ (2枚の光学硝子レンズを接着剤を使って貼り合わせてひとつにしたレンズ群) 表面には、外周附近にカビが繁殖していたのでカビ除去痕がご覧のように残っています (3枚目写真)。カビ除去痕と言っても菌糸状ではなくその箇所のコーティング層が剥がれている状態なので、光に反射させて見ない限り視認できません (つまりLED光照射で視認できないからクリアと言える)。

↑今回の個体の光学系がラッキ〜だったと感想を抱いたのがこの後群です。このモデルでここまで後群側がクリアなのは、おそらく初めてではないでしょうか。数点ある「極微細な点キズ」が無かったら「光学硝子が入っていない?」と思えてしまうくらいに透明です(笑)

↑上の写真 (3枚) は、光学系後群のキズの状態を拡大撮影しています。すべて極微細な点キズを撮っていますが微細すぎて全部写りませんでした。

【光学系の状態】(順光目視で様々な角度から確認)
・コーティング劣化/カビ除去痕等極微細な点キズ
(経年のCO2溶解に拠るコーティング層点状腐食)
前群内:20点以上、目立つ点キズ:20点以上
後群内:9点、目立つ点キズ:5点
・コーティング層の経年劣化:前後群あり
・カビ除去痕:あり、カビ:なし
・ヘアラインキズ:あり(前後群内)
・バルサム切れ:無し (貼り合わせレンズあり)
・深く目立つ当てキズ/擦りキズ:なし
・光源透過の汚れ/クモリ (カビ除去痕除く):なし
・その他:光学系内は微細な塵や埃が侵入しているように見えますが清掃しても除去できないCO2の溶解に拠る極微細な点キズやカビ除去痕、或いはコーティング層の経年劣化です。
光学系内の透明度が非常に高い個体です
(LED光照射でも極薄いクモリすら皆無です)
・第2群表面外周に相当量のカビ除去痕が残っていますが完全除去できています。
・順光目視ではあまり視認できませんがLED光照射すると前玉表面側に経年相応に点キズが浮かび上がります。
・いずれも全て実写確認で写真への影響ありません。

↑絞りユニットを完全解体して組み直したので、ご覧のとおり絞り羽根が閉じていく際も「正六角形を維持」しています。気持ち良いくらいに閉じていってくれます。

ここからは鏡胴の写真になりますが、経年の使用感が僅かに感じられるものの当方にて筐体外装の「磨きいれ」を施したので大変落ち着いた美しい仕上がりになっています。もちろんクロームメッキ部分も当方による「光沢研磨」を施したので当時のような眩い艶めかしい光彩を放っています。「エイジング処理済」なので筐体外装もすぐに酸化/腐食/錆びなど生じたりしません。

↑【操作系の状態】(所有マウントアダプタにて確認)
・ヘリコイドグリースは「粘性:中程度と軽め」を使い分けて塗布し距離環や絞り環の操作性は非常にシットリした滑らかな操作感でトルクは「普通」人によって「軽め」に感じ「全域に渡って完璧に均一」です。
・距離環を回すとヘリコイドのネジ山が擦れる感触が伝わる箇所があります。
・ピント合わせの際は極軽いチカラで微妙な操作ができるので操作性は非常に高いです。
・絞り環操作も確実で軽い操作性で回せます。

【外観の状態】(整備前後関わらず経年相応の中古)
・距離環や絞り環、鏡胴には経年使用に伴う擦れやキズ、剥がれ、凹みなどありますが、経年のワリにオールドレンズとしては「超美品」の当方判定になっています (一部当方で着色箇所がありますが使用しているうちに剥がれてきます)。

↑上の写真 (2枚) は、被写界深度インジケーターの「赤色の爪」が絞り環を回すことで均等に広がったり閉じる様を撮影しました。当方はこの「ギミック感」が堪らず好きですね(笑)

もちろん絞り環を回す時は軽く小気味良く操作できますしクリック感もガチガチ感なくスカスカ感もなく、連動して気持ち良いくらい被写界深度インジケーターが開閉します。距離環を回すトルクは「シットリ感漂うピント合わせができる」当方独特なトルク感で仕上がっていますし、軽く微動できるのでこのモデルのピントの山が掴みにくい分有難く感じるハズです。

今回敢えてこのシルバータイプを選んだのは、何と言っても「ピッカピカ」にしたかったからで(笑)、当方は写真が下手クソなので上手く写せませんが(笑)、ご落札頂いた方だけが本当に実感できる「光沢感」を取り戻しています。

しかも「イボイボ (距離環ローレットの突起)」がヒビ割れもなく欠損もしていない大変キチョ〜な個体です(笑) その意味で、今回は相当拘って調達しオーバーホール工程も納得するまでイジった次第です。

無限遠位置 (当初バラす前の位置に合致/僅かなオーバーインフ状態)、光軸 (偏心含む) 確認や絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) と絞り環絞り値との整合性を簡易検査具で確認済です。

↑当レンズによる最短撮影距離50cm付近での開放実写です。ピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に「球部分」にしかピントが合っていません (このミニカーはラジコンカーなのでヘッドライトが点灯します)。カメラボディ側オート・ホワイト・バランス設定はOFFです。

この実写はミニスタジオで撮影していますが上方と右側方向からライティングしています。その関係でフードを装着していない為に絞り値の設定によりハレ切りが不完全なまま撮影しています。一応手を翳していますがハレの影響から一部にコントラスト低下が出てしまうことがあります。しかし簡易検査具による光学系の検査を実施しており光軸確認はもちろん偏心まで含め適正/正常です。

なお、このモデルの最短撮影距離は50cmですが、後の時代に登場するゼブラ柄以降は「35cm」に短縮化されます。このモデルも35cmだと当方は一切表記していないので、それが掲示されていないとのクレームを付けるのはおやめ下さいませ。

ご覧のとおりピント面もこのモデルとして納得できる鋭さが蘇りました (当初バラす前に甘かった原因は前玉を過去メンテナンス時に専用工具を使わずに手締めしていたから)。

この残存収差が堪りません・・(笑)

↑絞り環を回して設定絞り値「f2.8」で撮影しています。

↑さらに回してf値「f4」で撮っています。背景のボケ具合がまだ程良くて、然しピント面はクッキリ浮き上がる立体感が堪りません(笑)

↑f値は「f5.6」に変わりました。

↑f値「f8」になっています。

↑f値「f11」です。

↑f値「f16」に変わっています。「回折現象」の影響が出始めているのですが、言われないと気がつかないレベルです。

回折現象
入射光は波動 (波長) なので光が直進する時に障害物 (ここでは絞り羽根) に遮られるとその背後に回り込む現象を指します。例えば、音が塀の向こう側に届くのも回折現象の影響です。
入射光が絞りユニットを通過する際、絞り羽根の背後 (裏面) に回り込んだ光が撮像素子まで届かなくなる為に解像力やコントラストの低下が発生し、ねむい画質に堕ちてしまいます。この現象は、絞りの径を小さくする(絞り値を大きくする)ほど顕著に表れる特性があります。

↑最小絞り値「f22」での撮影です。「f22」でもこれだけ回折現象が少ないのは、どうですか? 当方はなかなかの光学性能ではないかと受け取っていますが、褒め過ぎなのでしょうね(笑)