◎ 謎のオールドレンズ Leica – Sonnar 5.8cm/f1.5(L39)

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今回の掲載はオーバーホール/修理ご依頼分のオールドレンズに関する、ご依頼者様や一般の方々へのご案内ですのでヤフオク! に出品している商品ではありません。
写真付の解説のほうが分かり易いこともありますが、今回に関しては当方での扱いが初めてのモデルでしたので、当方の記録としての意味合いもあり無料で掲載しています。
(オーバーホール/修理の全行程の写真掲載/解説は有料です)
オールドレンズの製造番号部分は画像編集ソフトで加工し消しています。


製産メーカーや製産時期はおろか、製造国さえも分からないその筋の通には「幻の謎レンズ」として語り継がれている標準レンズ『Leica-Sonnar 5.8cm/f1.5 (L39)』です。

まず最初に、1年に1本出回るかどうかと言う希少価値の高い高価なオールドレンズなのに、 当方のような者にオーバーホール/修理をご依頼頂いた事に対して、感謝申し上げます。
ありがとう御座います!

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実は当方は全くこのモデルの存在を知らず(笑)、今回ご依頼者様から教えて頂いたワケですが焦点距離58mmのSonnarが居たとはオドロキました・・。

レンズ銘板モデル銘のとおり「Sonnar (ゾナー)」を名乗っているからには光学系に「3群7枚ゾナー型」が実装されているワケですが、何故にその前に「Leica」が附随しているのか???

今ロシアで流行りの「創作レンズ」たるフェイクレンズの類かとすぐに考えたのですが、同じ開放f値のモデルとして真っ先に思い浮かぶ「JUPITER-3 5cm/f1.5 (L39)」に比べると遙かにガタイがバカでかくて光学系そのものが違うように見えます。

創作レンズ」は、広義的には一から設計して起こしたマニュアル・フォーカスレンズを意味しますが、そのようなレンズは相応の機械設備が必要になりコストから考えても非現実的ですから、一般的に日本で有名なコトバとして「プリコラージュレンズ (複数のパーツを組み合わせて一つのレンズを造り上げる)」或いは「フェイクレンズ (オリジナルに別パーツを合体させて偽物として造り上げる)」などが当方の認識です。

特にロシアンレンズではモノコーティングの「HELIOS-44シリーズ」にも拘わらずレンズ銘板を自ら起こして「Carl Zeiss Jena Biotar 58mm/f2 T」などと銘打って市場に出回っていたりしますし、中には筐体外装全てに一旦パテ埋めして経年のキズを消去した上で新たなメッキを施した別モノに造り替えたりするのが流行っています (マルチコーティングのT*まで居るから笑っちゃいます)。

【今現在市場で流れているロシアのフェイクレンズ達】

   

ところが今回のモデルは上記のようなフェイクレンズ達の仲間にはあたらず、明らかに近しいモデルの「JUPITER-3」とは光学系の設計が違います (光学系の外径自体が大きい)。

確かに焦点距離58mm (JUPITER-3は50mm) ですから光学系のサイズ自体が異なっても納得できますが、問題なのは焦点距離58mmで開放f値「f1.5」のモデルが初期の頃のCarl Zeiss Jena製「Sonnar」には存在しないことです (もちろんLeicaにもありません)。

だとすると・・この光学系はいったい何処から来たのでしょうか???

ちなみに、今回のモデルには幾つかのバリエーションがあります (下写真は一例)。

   

今回のモデルとレンズ銘板部分が異なりますし実は構造も一部違います。他にもCarl Zeiss銘モデルがあったりしますが、いずれも製造番号先頭3桁が「140xxxx」なのが臭います(笑)
今回のモデルをバラした当方が見れば、上のモデルは今回モデルの進化形なのが随所に見て とれますし、設計/製造者は同一と断言できます。ちなみに今回モデルも上の写真モデルも共に光学系後群 (第3群) の硝子レンズ格納筒には6個のカニ目溝が刻んであり、格納筒自体をマウント側方向から機械を使って相当なトルクでネジ込んでいったことが判ります (つまり人の手でカニ目レンチを使って外せる/回せる構造ではありません)。

一般的にオールドレンズを製産していた光学メーカーは、仮に当時のソ連だとしても 切削で硝子レンズ格納筒を用意していたので、格納筒自体をネジ込む設計は今回が初めてです。何故なら、後群側格納筒をネジ込んでいくことで無限遠位置や光路長の適正化を図っていたことが窺えますが、そもそも光学メーカーであれば設計段階でそれらの位置は図面化できるハズであり唯一微調整のみを「シム環」などで執り行っていましたから、今回のモデルの特異性が強く表れている方式です。

   
   

上の写真はFlickriverで、このモデルの実写を検索した中から特徴的なものをピックアップしてみました。
上段左端から「背景ボケ①・背景ボケ②・円形ボケ①・円形ボケ②」で、下段左端に移って「二線ボケ・収差・人肌・発色性」です。
(クリックすると撮影者投稿ページが別ページで表示されます)

そもそも市場に出回る確率が極端に少ないので (一度入手すると手放さないから)、実写自体が大変少ないですが、一見すると相応にちゃんとした描写性を発揮した光学系を実装しています (と言うか本格的な性能)。

先ず、ネット上の解説でこのモデルの光学系をコーティングが一切施されていない「non-coating」と案内していることが非常に多いですが、今回バラして光学系を実際に清掃したところ「シングルコーティング」であることをこの目で確認しました。

仮に光学硝子表層面がnon-coatingならばカビ除去痕として「剥がれた膜の痕跡」が残ったりしませんが、今回の個体を清掃するとカビ除去痕が残り、且つ「具体的な被膜層のハガレ」として視認できます。確かに一見するとコーティングが無い無色透明のように見えがちですが、ちゃんと光に反射させて様々な角度で観察すると「シングルコーティング」であることが確認できます (もちろん透過して裏面側の反射を確認すれば一目瞭然)。

すると一つのヒントとして製産時期は戦前ギリギリのタイミング辺りから疑わしくなりますが (モノコーティングが開発されzeissのTが登場していた時代)、内部構成パーツの全てをアルミ合金材で用意していることから戦前は除外されます (戦前は真鍮製が多い)。さらに戦中の製産だとするとアルミ合金材の精製レベルと切削技術レベルが適合しません (戦中のアルミ合金材は雑だった)。結果、製産時期は戦後の可能性が高くなりますからネット上で真しやかに語られている「Carl Zeiss Jenaが焦点距離5cmにする前のプロトタイプ」と言う説は全く当てはまりません。

そして鏡胴に目を向けるとアルミ合金材の精製自体が当時のロシアンレンズのアルミ合金材の成分/配合とは異なっており、より精製レベルが高い材料であったことが確認できます (そも そも当時のアルミ合金材で作られていたロシアンレンズに多く発生している腐食/酸化が生じていない)。これはアルミ合金材の成分/配合が厳格だったことを物語っています。

さらに極めつけは「鏡胴に生産国表示が無い」点です。戦後の製産だったと仮定すると当時は既に輸出時の通関で「生産国表示」が義務づけられており、旧東ドイツ製オールドレンズなどは「GDR (German Democratic Republic)」或いはロシアンレンズは「Made in USSR」などが明記されていましたから、今回の個体は「輸出されていない個体」或いは一歩引いて「裏輸出品」と言う可能性も捨てきれません。

そこで再び内部構成パーツのアルミ合金材切削レベルに目を向けると、当時のソ連時代で同程度のアルミ合金材精製技術と切削技術を確立できたのは1960年代後半辺りの旋盤機が更新されてからなので (旧ソ連時代に公開されている産業機械輸入の統計値データより) 今回のモデルがロシアンレンズだと仮定するとその当時以降の生産品と推定できます。

しかしそこで最後のネックとして前述の「輸出されたのかどうか」と言う問題に立ち返るワケですが、現在の某国のように十数年前までは外貨を稼ぐことに躍起になっていたのと同じ状況だったのが当時のソ連のハズなので、一部富裕層だけをターゲットにして国内に限定して生産するよりは裏輸出してでも東欧圏に流したほうが稼ぎは多くなっていたハズです (冷戦時代)。

つまりいわゆるプロトタイプとして任意の工場で製産されたロシアンレンズだと仮定すると、その後の量産型が存在しないことは費用対効果で捉えても当時のソ連の状況からすれば理に適いません (同じ時期に既にJUPITER-3を量産化していたから)。何故に敢えて「58mm/f2」或いは「50mm/f1.5」と違えたプロトタイプを用意する必要性があったのか説明ができません。もっと言えば、当時のソ連でGOI光学研究所の光学設計諸元書にこのモデルの諸元値が見当たらない事実です。

従ってこれらの事柄から当方が導き出した推察は、生産国は旧ソ連以外の国であると結論しました。今回バラして実際に光学系や構成パーツのひとつひとつを確認した事実から見えてきたのは、1960年代以降の旧ソ連以外の国で相応の規模を有する金属加工会社と光学系設計製造会社とが結託して一から起こした純然たる「創作レンズ」だと考えています (光学メーカーの製品ではない)。

それら経営者同士の趣味が一致したのか道楽なのか(笑)、内部構成パーツのアルミ合金材精製技術とその切削技術は相応な工作機械を有する規模の金属加工会社の手によるものと見え、且つ光学系の完成度から自ずと光学設計製造会社が携わっていたことが見てとれます。ところがこのような結論を導き出した決定的な根拠は実は今回のモデルが「当時のオールドレンズと しての体裁を全く成していない素人設計」を採用している点です (少なくとも光学メーカーが携わった設計とは天と地の差)。何某か模倣するモデルを参考にしつつも自社生産設備の状況に見合う独自設計で起こしたのが今回のモデルではないかと推察しています。しかし、そこにはオールドレンズとしての根本的な「原理原則」が欠けており (数多くバラして研究していないから)、それがそのまま独自設計に反映してしまったと考えます。

当方は今まで7年間オーバーホールを続けて2,000本以上 (450銘柄以上) 扱ってきましたが、このモデルが量産化のためのプロトタイプとは100%言えない構造だと結論しました。

それはそれで最初に声をかけたのは光学設計会社の社長だったのか、或いは金属加工会社の ほうだったのか・・ロマンは広がりますね(笑)

光学系は当然ながら3群7枚のゾナー型ですが、今回の個体が実装しているゾナー型構成を採用しているモデルがロシアンレンズはもとより (旧ソ連GOI光学研究所の設計諸元書に無し) 他国の同類種にも居ません (つまり 全く新しい設計種)。

右構成図は今回バラして清掃した際にスケッチしたイメージ図なので曲率や寸法など正確ではありませんが、第1群 (前玉) と第2群の曲率が一般的なゾナー型よりも高く、屈折率を改善させる努力をしたことが窺えます (もちろん各群にはモノコーティングが施されています)。さらに第3群のカタチも今までに無い形状をしています。

↑上の写真は今回の個体から取り外した12枚の絞り羽根のうち4枚を並べて撮影しています。
ハッキリ言って「紫色に光り輝く金属素材」を使った絞り羽根を今までに見たことがありませんし何故にカーボン仕上げもフッ素加工仕上げもしていない無垢の絞り羽根なのかが説明できません。

さらに異質に見えたのは「キー」の大きさ (外径) がチグハグなことです・・。

絞り羽根には「位置決めキー」と「開閉キー」の2つが必ず存在します。

● 位置決めキー
絞り羽根が刺さる場所を特定し軸になる役目のキー (多くは金属製突起棒)
● 開閉キー
開閉環に刺さって絞り環操作に伴い設定絞り値まで絞り羽根を開閉させる役目のキー

開閉キーにしろ位置決めキー側にしろ、キー自体の外径サイズが極僅かに異なるなど、光学 メーカー製品としては考えられません (こんなのは今回初めて)。必然的に絞りユニット内で キーが刺さっている状態の時、抵抗/負荷/摩擦が発生するので一部絞り羽根は開閉時に「への字型 (或いは逆への字型)」に膨れあがる現象が発生してしまいます (実際組み上がった状態で開放側で一旦引っ掛かりを生じます)。

さらに赤色矢印のとおり絞り羽根のカッティングまでバラバラです。通常この当時のオールドレンズに実装している絞り羽根は、生産時に「枝豆の房」状態にブラブラとブラ下がったまま切断されます。それを下側の赤色矢印の箇所でニッパーなどの専用工具を使ってカットして 1枚ずつに切り離すのですが、今回個体に実装している絞り羽根は「カタチ自体がバラバラ」でした。こんなことは今までに1本たりともありません。

つまり、この絞り羽根から「工場で量産化前提で試作されたプロトタイプではない」と結論できます。明らかにカタチを似せて (おそらく型があったハズ) 1枚ずつを切り出しており、それは弧を描いた円形状にカッティングした後にカタチを整えていたと推測できます。また面取りも一部だけなので絞り羽根同士の干渉が極僅かですが発生しています。

オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。すべて解体したパーツの全景写真です。

↑ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。内部構造や構成パーツ点数は簡素なレベルなのですが、そもそも構造自体がこの当時の一般的なオールドレンズの体を成していないので、ここまで完全解体するには相当な時間が必要でした。その理由は「原理原則」に則った構造をしていないから怖かったのです (ここを回そうとチカラを入れると何処に影響が出るのかの予測が付かないなど)。

↑絞りユニットや光学系前後群を格納する鏡筒です。このモデルではヘリコイド (オス側) が独立しており別に存在します。アルミ合金材の削り出しですが、切削レベルは非常に高く面取り加工までキッチリ施されているので先ず間違いなく当時のロシアンレンズとは雲泥の差です。
但し、1970年代以降のロシアンレンズになると日本から輸出された旋盤機が多用され始めるので切削精度が上がっています (旧ソ連産業機械輸入統計値より)。

↑このモデルも鏡胴が「前部」と「後部」に二分割する方式を採っていますが、鏡胴「前部」を外す際に回すチカラは全てが上の写真のパーツ「シリンダーネジ」の軸部分に架かります。

つまり僅か⌀1.35mm径の箇所に回すチカラが全て一極集中しますから下手すれば一発で折れます (真鍮製なので)。もちろん折れたら最後元には戻りませんからイキナシ「製品寿命」に 至ります。このシリンダーネジは絞りユニットと絞り環とを連結しているので厄介です。

冒頭でご案内した別のバリエーションモデル (レンズ銘板が黒色のタイプ) がまさにこの問題を改善させた設計で、絞り環と鏡筒とを独立させているので鏡胴「前部」を外す際にこのシリンダーネジに全てのチカラが架からないよう配慮しています (今回のモデルは鏡胴をバラす際に必ず架かってしまう)。

↑12枚の絞り羽根を組み付けて絞りユニットを完成させます。開閉環が前玉側に露出するので写真に見えていますが解説 (赤色矢印) のとおり「開閉キー」の大きさと位置がバラバラです (最小絞り値まで回した状態を撮っています)。ちょっと出ていたり引っ込んだり・・ですね。

↑完成した鏡筒を立てて撮影しました。解説のとおり (赤色矢印) ひたすらにネジ山だけで切削されているのでパッと見当時のロシアンレンズのように見えてしまいますが、決定的な相違があります。「鏡筒固定用ネジ山」が何と距離環側に用意されているネジ山に入ってしまう設計です。

つまりこのモデルは「回転式繰り出し/収納」のモデルなのです。距離環を回すと絞り環まで 一緒に回っていく設計を採っていますが、この当時のロシアンレンズでは既に鏡筒位置を固定にした「直進式繰り出し/収納 (直進式なので絞り環絞り値が必ず基準マーカーと合致した位置にキープしたまま繰り出し/収納する)」方式で設計していたので、何故に敢えて回転式を採ってきたのかの説明ができません。

↑光学系の設計も独特で、第1群 (前玉) は一体成形ですが蓋のようにネジ込んでいく設計を採っています。一方第2群側も一体成形ですが相当な成形技術を持った仕上がりなので、ここで 光学硝子設計生産会社が携わっていたと判断しました (少なくとも金属加工会社でできるレベルではない)。

この設計方式で問題なのは、第3群が落とし込み固定方式で極僅かなマチが生じ易い設計である点と、第2群がカニ目溝による締め付け固定に対して第1群がご覧のようなネジ込み式です。もちろん当時のロシアンレンズでも光学硝子レンズ格納筒の中に硝子レンズ自体を落とし込む方法を採っていましたが、最後には必ず前後群を「固定環による締め付け固定」でキッチリ光路長の精度を確保していました。このモデルでは第1群 (前玉) 側にカニ目溝が存在しないので光路長ズレが発生する懸念が残ります (実際バラす前の実写確認で意外と甘いピント面だとの印象を受けた)。

↑ここもこのモデルの独特な設計です。絞り環がレンズ銘板を兼ねており鏡筒下側からネジ込んでいく方式です。結果、どう言うワケか前玉の周囲に「隙間」が空いたままで完成する設計を採っています。これは光学メーカーでは絶対ヤリません。経年使用で砂やチリの侵入を防げないですし、そもそも前玉の緩みを防ぐ処置が一切存在しません。なおどう言うワケかフィルター枠サイズが⌀49.5mmくらいなので⌀49mm径のフィルターを装着しようとするとネジ込めません (カパカパ)。当時どうするつもりだったのでしょうか?(笑)

もしもフィルターを装着したい場合は⌀49mmも⌀52mmも当然入らないので、仕方ないです から⌀49mmのフィルターネジ山に水道栓の補修などで使うシーリングテープを1〜2周巻いてネジ込めばキッチリ入ると思いますが、あまり強く締めつけてしまうと前述の「シリンダー ネジ」が折れるので要注意です (絞り環がレンズ銘板でありフィルター枠も兼ねているので)。

一応これで鏡胴「前部」が完成したので次は鏡胴「後部」の組み立て工程に入ります。

↑マウント部 (L39) ですが指標値環を兼ねています。これは一般的なオールドレンズと同じ設計思想ですね。

↑しかし独特な設計なのがこのヘリコイド (オス側) です。ヘリコイド (オス側) の下部には「制限壁」と言うヘリコイドが駆動する領域を限定させるための「壁」が備わっています。それは様々なオールドレンズでも多く存在する設計なのですが、問題なのは「距離環用ネジ山」を上部側に切削している点です。

つまりこのモデルでは「無限遠位置調整機能」を装備していません。ヘリコイドネジ山が幾つもあるのに無限遠位置の調整ができないのです。

↑さらに変なのが「使っていない穴」が両サイドに1箇所ずつあり、且つネジ山が切られていません。

このことから見えてきたのは、このモデルは当初ヘリコイドの駆動域を上写真の穴に金属棒を打ち込み、その金属棒がカチンと当たることで無限遠位置と最短撮影距離の位置を停止位置としていたことが判明します。ところが、そのカチンと突き当たる先のパーツは鏡胴「前部」に存在しなければイケマセンがありません(笑)

それもそのハズで、前述のとおり鏡筒自体がこのヘリコイド (オス側) ではなく距離環の内側にネジ込み固定なので意味を成しません (途中で設計ミスに気がつき変更したことが判る)。

↑ヘリコイド (オス側) を無限遠位置のアタリを付けた場所までネジ込みます。このモデルでは全部で11箇所のネジ込み位置があるので、さすがにここをミスると最後に無限遠が出ず (合焦せず) 再びバラしてここまで戻るハメに陥ります。

しかし、前述のとおりヘリコイド (オス側) に「制限壁」が備わっているので、ネジ込み箇所は1つしか存在しません。何故に11箇所ものネジ込み位置を用意したのか不明です (無限遠位置調整できないから)。

つまり、通常この当時のオールドレンズは距離環用のネジ山とヘリコイド (オスメス) とは独立しており別に存在するのですが、このモデルでは距離環用のネジ山がヘリコイド (オス側) の 上部に切削されて用意されているので独立していません。結果、距離環の回転に伴いそのままヘリコイドが繰り出し/収納しますから無限遠位置の調整機能を装備できません

さらに、鏡筒側がヘリコイド (オス側) にネジ込み固定されるならば回転式にならなかったのですが、距離環側に固定されてしまう設計にしたので回転式に至りました

この当時のオールドレンズでは前述のとおり既に直進式の繰り出し/収納で設計するのがほとんどでしたから、この当時のオールドレンズの体裁を成していないと言わざるを得ません。

これは明らかに素人設計であり、もう少しオールドレンズの「原理原則」を研究していれば自ずと鏡筒の固定ネジのみ径を小さくしてヘリコイド (オス側) に固定させる発想に至ったと考えます。従ってこの点が当時の光学メーカーが一切携わっていない設計との当方の結論を導き
出した根拠になります

↑距離環をネジ込んで固定します。固定箇所も決まっているので距離環の固定位置を調整できませんし、調整できたとしてもヘリコイド側に無限遠位置調整機能が備わっていないので意味がありません。

つまりこのモデルは1種類のヘリコイド位置しか当初から必要が無い設計を採っています。

この後は完成した鏡胴「前部」を組み付けて無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅の確認 (解説:無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅確認についてで解説しています) をそれぞれ執り行えば完成です。

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ここからはオーバーホールが完了したオールドレンズの写真になります。

↑ご覧のとおり絞り環を兼ねているレンズ銘板部分と前玉の間には相当な「隙間」が存在しており、このようなオールドレンズは今回初めて目にしました。

↑光学系内の透明度が非常に高い個体です。カビが発生しているお話がご依頼時にありませんでしたが一部に微細なカビが発生していたので除去しています (カビ除去痕が残っています)。

第2群の表面に非常にしつこく固着している「油膜層」がありフツ〜の清掃では除去できませんでした。多少強めに清掃したので2本ほど非常に薄く細いヘアラインキズ状のコーティングハガレが付いてしまいました (1.5cm長)。申し訳御座いません。

↑光学系後群の透明度も高い状態をキープしています。第2群も第3群も使われているバルサムの成分が良かったのか劣化がほとんど進行していません。但し、バラしたところ過去メンテナンス時に塗布されていた「白色系グリース」のせいで経年の揮発油成分が廻ってしまい、コーティング層の経年劣化をだいぶ促しています。

↑12枚の絞り羽根もキレイになりましたが、絞り環側には以下のような問題が残っています。

(1) 距離環と共に回る回転式繰り出し/収納なので絞り環を回した時に距離環側が微動するのを
防げない設計。
(2) その改善のためには可能な限り絞り羽根の抵抗/負荷/摩擦を減らしたいが互いに干渉し
合っているのでどうにもならない。
(3) キーのサイズが微妙に異なるのが影響し絞り羽根が膨れあがるので開放側で引っ掛かる。
(4) それでも強く回して絞り環操作するしか手がなく、いずれはキーが脱落する懸念が残る。
(5) 現状キーの打ち込み向きもバラバラなので改善しようがない。
(6) 絞り環側のネジ山の抵抗/負荷/摩擦を可能な限り減じたが (1)〜(5)の理由で絞り環操作時
に必ず距離環が動いてしまう。

回転式繰り出し/収納タイプの場合は、可能な限り絞り環側のトルクを軽く仕上げるのですが今回のモデルは構造的に軽くできる設計を成していないため、改善処置が全くありません (バラすまで判明しなかったこと)。申し訳御座いません・・。

ここからは鏡胴の写真になりますが、刻印指標値のほとんどが褪色していたため着色して視認性アップしました。

↑塗布したヘリコイドグリースは「黄褐色系グリース:粘性軽め+中程度」を使い分けて塗っています。距離環を回す際のトルク感は「普通」程度で大変滑らかに仕上がっておりピント 合わせ時の微動も楽に操作できます。

前述の「絞り環操作時に距離環が回る構造」なので、できれば先に絞り値をセットしてから ピント合わせしたほうが撮影はし易いかと思います。

なお距離環側が極僅かに変形していた (1箇所打痕があるので過去に落下したか?) トルクムラが生じていました。当方にて距離環側を「磨き研磨」し改善させています (現状全域に渡って完璧に均一なトルク感です)。

絞り環側の構造からご依頼内容の「絞り環操作時に距離環が動かなくしてほしい」と言うのは現実的にムリな話なので、逆に距離環側のトルク感を操作性考慮して優先的に仕上げました。

↑このモデルでもバリエーションの中に存在する「黒色レンズ銘板」タイプのほうであれば 絞り環操作が独立しているのかも知れません (バラしてないので不明なままです)。

絞り環操作時は開放f値「f1.5〜f2.8」間で一度引っ掛かるので強めに操作するしか手がありません (もちろんキー脱落の懸念があるままです)。絞り羽根を再度自作して入れ替えるしか改善の方法はありません (キーの打ち直しは位置ズレが僅か0.05mm程度の話なので現実的に不可能)。つまり絞り羽根制作時のキー打ち込みミスです。

無限遠位置 (当初バラす前の位置に合致/僅かなオーバーインフ状態)、光軸 (偏心含む) の確認や絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) と絞り環の絞り値整合性を簡易検査具で確認済です。

内部構造/設計から光学メーカーによる生産ではない可能性が限りなく高いことが判明しましたが、同時にアルミ合金材精製技術/切削技術の高さから旧ソ連以外の国での製産であることさらに光学系を一から設計している (モノコーティング) 等プラスになった点もありました。

絞り環の設計だけが残念ですねぇ〜。

それでもオーバーホールが終わった実写を見ると、開放〜f値「f2.8」辺りまでは回折現象の 影響もなく鋭いピント面と共にナチュラルな発色性と相まり独特でリアルな表現性を写し込んでくれるので充分魅力がいっぱい詰まったモデルだと思いました。
特にピント面のエッジが繊細な要素は当時のロシアンレンズとは趣が異なり、収差が多めな ことも影響したアウトフォーカス部のボケ方にはこのモデル特有の個性を感じます。

何とかして⌀49mm径のフードを取り付けてハレ切りして頂ければもっと引き締まった描写になると思います。

定かではありませんが・・ふたりの経営者の情熱が成した「究極の創作レンズ」だったのかも知れません (限りなくロマンは広がっていきます)(笑)

「おい、お前ならこの光学レンズでアルミ鏡胴を設計できるか?」
「作ったのか? どれ見せてみな。あぁ、何とかなるだろう・・」
「よし、じゃあひとつやってみるか?!」
「OK。ならば取り敢えず前祝いだ!」
「うん。今夜は飲もう!」

・・こんなやり取りがあったのか否か分かりませんが、何処かの国での一夜のシ〜ンが想い 浮かびますね。オールドレンズは本当に奥深くて愉しいです・・。

↑当レンズによる最短撮影距離90cm附近での開放実写です。ピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に「球部分」にしかピントが合っていません (このミニカーはラジコンカーなのでヘッドライトが点灯します)。カメラボディ側オート・ホワイト・バランス設定していません。

↑絞り環を回して設定絞り値「f2」で撮影しています。

↑さらに回してf値「f2.8」で撮りました。

↑f値「f4」になっています。

↑f値「f5.6」になりました。

↑f値「f8」です。

↑最小絞り値「f11」での撮影です。今回のオーバーホール/修理ご依頼、誠にありがとう御座いました。