◎ Arsenal (アーセナル) МС КАЛЕЙНАР (KALEYNAR)−5H 100mm/f2.8(NF)

(以下掲載の写真はクリックすると拡大写真をご覧頂けます)
写真を閉じる際は、写真の外 (グレー部分) をクリックすれば閉じます

今回の掲載はオーバーホール/修理ご依頼分のオールドレンズに関する、ご依頼者様へのご案内ですのでヤフオク! に出品している商品ではありません。写真付の解説のほうが分かり易いこともありますが、今回に関しては当方の記録データが無かったので (以前のハードディスククラッシュで消失) 無料で掲載しています (オーバーホール/修理の全工程の写真掲載/解説は有料です)。オールドレンズの製造番号部分は画像編集ソフトで加工し消しています。

今回オーバーホール/修理を承ったモデルは、旧ソ連時代にウクライナの首都Kiev (キエフ) にある光学電子機器を生産している国営Arsenal工場 (軍需工場) から発売された中望遠レンズ『MC KALEYNAR-5H 100mm/f2.8 (NF)』です。Arsenalはロシア語のキリル文字で表すと「Арсенар」になり、そのままラテン語表記では「Arsenal」ですから発音すれば「アーセナル」になりますが、ロシア語では「アルセナール」と聞こえます (rを発音している)。

1977年から生産が始まったNikon Fマウントを模した (完全互換ではない) フィルムカメラ「Kiev-17」(〜1985年) の交換レンズ群として用意されたモデルのようです。従って、モデル銘「КАЛЕЙНАР-5Н」の末尾に附随してる「H」はキリル文字なので、ラテン語にすると「N」でありマウント種別を現していることになります。
また、モデル銘「КАЛЕЙНАР」はラテン語表記で「KALEYNAR」ですが、英語発音では読みにくいみたいです(iとyの違い)。しかし、ロシア語での発音を聞くと「カリナール」と言っているように聞こえますね (ЛЕЙ/LEYはロシア語ではリでしょうか)。ちなみに、モデル銘の「5」はGOI光学研究所の光学設計仕様書に於ける中望遠域光学設計の通し番号です。

ご依頼者様が気を効かせて、今回の個体を入手された際に附属していたと思しき説明書をワザワザメール送信してくれました。ありがとう御座います! 当方にとっては何よりも貴重なデータになります (何故ならば入手しない限りオリジナルの説明書は手に入らない)。

オーバーホール工程の中で光学系を清掃していて「???」となってしまいました。お送り頂いた説明書は1984年の印刷でしたが、そこに記載されていた光学系構成図と実際にバラした時の光学系のカタチが異なるのです。そこで、念のためネット上で取説を漁り最新版と思しきマニュアルを見てみました。

このカラー刷りのマニュアルは1988年の印刷ですが、そこに記載されていた光学系構成図も1984年印刷のモノと全く同一でした。もちろん、ネット上で解説されているサイトに使われている光学系構成図も、この説明書の図を参考にしていると考えられますから、やはり同じです。

今回バラしてオーバーホールした際に、光学系の清掃時にスケッチしたのが右の構成図です。上のマニュアルに記載されている構成図との違いは「第2群裏面曲率」と「第4群のカタチ」です。
バラした光学系を見ると、第2群裏面の曲率が浅くなっており、さらに後玉である第4群は両凸レンズではなく「凸平レンズ」だったのです
どうしてマニュアル記載の構成図と異なるのか不明ですが、もしかしたらGOI光学研究所に於ける一番最初のプロトタイプで採用していた構成図が、そのままマニュアルに使われているのかも知れません。

なお、このモデルの実写をFlickriverで検索したので、興味がある方はご覧下さいませ。ビミョ〜にあともう一息と言うところでリングボケやシャボン玉ボケにはなり切らないのですが、発色性は日本のTAMRONレンズのような色調を感じます。

  ●                 

今回のオーバーホール/修理ご依頼内容は、光学系内の清掃がメインでしたが、届いた現物を確認したところ、以下のような問題点が出てきました。

(1) 光学系内に全面に渡るクモリがありコントラスト低下を招いている。
(2) 距離環を回す際のトルク感が「重め」に感じる。
(3) ピント合わせ時にスリップ現象 (ククッと微動) がある。
(4) 距離環を回す際にガタつきを感じる。
(5) 距離環とマウント部との間にも僅かなガタつきを感じる。
(6) 絞り環を回すとクリック感があるが非常にガチガチした印象で硬め。

・・こんな感じでした。以下オーバーホール工程では、これらの原因を探りつつ改善していくことになります。

 

オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。すべて解体したパーツの全景写真です。

↑ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。内部構成パーツの点数は意外にも少なめです。

↑絞りユニットや光学系前後群を格納する鏡筒です。このモデルではヘリコイド (オス側) が独立しており別に存在します。拡張エルノスター型光学系ですから、必然的に鏡筒が長くなり奥が深くなっています。

↑絞りユニットの絞り羽根の角度を変えている「制御環」が入っている状態で撮影しています。当初バラした際には、絞り羽根には油染みが無いように見えていましたが、清掃したところ相応に附着していました。

↑他のロシアンレンズに倣い、このモデルの絞りユニットにも「53個のベアリング」が備わっていました。絞り羽根を開いたり閉じたりする「絞り羽根開閉幅制御環」を回しているのは、ご覧のとおりベアリングです。「絞り羽根開閉アーム」を動かすことで絞り羽根が開閉する仕組みです。

このモデルは「絞り羽根開閉アーム」が専用工具を使わないと外せない設計でしたので、念のためベアリングを見てみましたが、特にサビも生じておらず「制御環」の回転も滑らかですから、このまま洗浄しただけで組み込んでいきます。

↑6枚の絞り羽根を組み付けて完成した絞りユニットを鏡筒にセットした状態です。

↑こんな感じで鏡筒の裏側に「絞り羽根開閉アーム」が1本だけ飛び出てきます。

↑後から光学系を組み込むと、下手をすれば前述の「絞り羽根開閉アーム」を変形させかねないので、ここで先に光学系前後群をセットしてしまいます。

当方では、必ず初めて扱うモデルの場合には「構造検討」と言う料金をご請求させて頂きますが、「構造検討」は単に内部の構造を把握するだけではなく、むしろ「組み立て手順」を考察することのほうが大変重要です。それは、組み立て手順をミスると調整箇所の調整度合いも変化してしまい、適正な状態に組み上げられない懸念が多くなるからです。
今回のモデルで言えば、光学系前後群を最後に鏡筒にセットできるような設計になっているのですが、鏡筒から飛び出ている「絞り羽根開閉アーム」は非常に長く細い金属棒です。最後に光学系を締め付けた時に、必要以上のチカラが加わることで「絞り羽根開閉アーム」を曲げてしまう (変形させてしまう) 危険が出てきます。
ところが、前述のとおり、専用工具が無い限り外せないのが「絞り羽根開閉アーム」ですから万一変形させてしまったら二度と直せないことになります (つまり絞り羽根開閉異常に至る)。

そのような事柄まで配慮して (予測して) 適正な組み立て手順を考察するのが、当方の「構造検討」になります。その意味では、オールドレンズは単純にバラして、その逆手順で組み戻せば仕上がると考えたら、エライ目に遭います (バラした以上再調整が必須であることを忘れている)。さらに一歩進んで固着剤が付いている箇所を外さずに組み戻したとしても、それはあくまでも生産時の調整に於ける「固着させた箇所」の話ですから、バラした以上は同じ調整で済むとは限らないことを認識しなければイケマセン。

話が反れましたが、上の写真は光学系第2群の裏面を撮影しています。第2群は貼り合わせレンズ (2枚の光学硝子レンズを接着剤を使って貼り合わせてひとつにしたレンズ群) ですが、赤色矢印の箇所はほぼ平坦に近い勾配で切削されており、説明書の構成図とは異なります (曲率自体が緩い)。

↑こちらの写真は光学系第4群 (つまり後玉) を横方向から撮影しています。向かって右側が後玉方向で、左側が前玉方向になります。ご覧のとおり、後玉側は「平坦」ですが、反対の面は膨れている「凸レンズ」になっています (つまり表裏で凸平レンズ)。これがそもそも説明書の構成図とは異なっていました。

↑光学系内の全面に渡るクモリは、第2群と第3群に発生しており、すべて経年に拠る揮発油成分でしたので、キレイに清掃が完了しています (つまりクリアになりました:冒頭問題点の (1) が改善)。この第2群と第3群の間に位置しているのが「絞りユニット」ですから、必然的に絞り羽根も清掃したほうが良いことになりますね(笑) そのまま放置すれば、またクモリが生じかねません・・。

↑距離環やマウント部を組み付けるための基台です。

↑真鍮製のヘリコイド (メス側) を、無限遠位置のアタリを付けた場所までネジ込みます。最後までネジ込んでしまうと無限遠が出ません (合焦しません)。

↑ヘリコイド (オス側) を、やはり無限遠位置のアタリを付けた正しいポジションでネジ込みます。このモデルは全部で19箇所のネジ込み位置があるので、さすがにここをミスると最後に無限遠が出ず (合焦せず) 再びバラしてここまで戻るハメに陥ります。

なお、今回の個体は過去メンテナンス時に、古いグリース (黄褐色系グリース) を除去しないまま、その上から「潤滑油」を注入されていました。そのため距離環を回す際のトルクが「重め」に至っており、且つ「潤滑油」のせいでスリップ現象 (ククッと微動する) が発生していました。今回のオーバーホールでは黄褐色系グリース「粘性:軽め」を塗布し改善させています (冒頭問題点 (2)〜(3) を改善)。

↑上の写真は、「直進キー」と言う距離環を回す「回転するチカラ」を鏡筒が前後動する「直進するチカラ」に変換する役目のパーツが刺さっている箇所を撮影していますが、「直進キー」がスライドしていくガイド部分 (溝) と「直進キー」との間に「極僅かな隙間」が存在するので、冒頭問題点 (4) 〜 (5) のガタつきが発生している原因です。

これはスライド側の溝が経年で擦り減ってしまったのではなく、逆に「直進キー」側の縁がやはり経年で摩耗したワケでもありません。それは「直進キー」を実際に見て/触って摩耗していないことを確認したので間違いありません。つまり、生産時から「直進キー」自体が僅かに細く切削されているようです。従って、残念ながら距離環を回す際のガタつきは解消できません。

そうは言っても、ピント合わせ時には気になる (人は気になる) ガタつきなので、奥手を使って調整を施し、当初の現象の半分程度までガタつきを低減させました。オーバーホール後でも、距離環を回す際には極僅かなガタつきが残っていますので、もしもご納得頂けなければご請求額より必要額分減額下さいませ。申し訳御座いません。

↑絞り連動レバーの環にも「ベアリング (86個)」が使われていましたが、同様滑らかに駆動しており、且つベアリングにもサビが確認できなかったのでバラさずそのまま組み上げています。

↑後から組み付けることができない構造なので、ここで先に距離環を仮止めしてしまいます。

↑基準「Ι」マーカーが刻印されている指標値環をセットしてしまいます。

↑「ベアリング+スプリング」を内部に組み込んでから絞り環をセットします。実は、今回のモデルで最大の難関が、こんな「絞り環の組み込み工程」だったりします(笑) このモデルでは、どう言う理由なのか不明ですが、絞り環を回す際にクリック感を伴う操作性を実現するために「ベアリング+スプリング」が2箇所に用意されていました (上の写真赤色矢印)。一般的には「ベアリング+スプリング」は1セットあれば、絞り環操作でクリック感が実現できるのですが、今回のモデルで問題なのは、その「ベアリング+スプリング」が入っている2箇所の位置です。

例え2セットだとしても、中心点を通過する直径線上に「ベアリング+スプリング」が位置していれば、まだ絞り環を組み込む際には難儀しませんが、上の写真のように外れた位置に2箇所「ベアリング+スプリング」が用意されていると、絞り環をセットする時、同時にベアリング2個を押し込まない限り絞り環が入りません・・しかし、手は絞り環を保持するので片方塞がっており、残りの手で押し込めるベアリングは「1個だけ」です(笑) 片側のベアリングを押し込んで絞り環を入れようとしても、途中で残りのベアリングが弾かれてしまい絞り環との隙間に入ってしまいます (つまり絞り環が斜めになり何度繰り返してもセットできない)。

オールドレンズをメンテナンスしていると、たま〜にこう言うことに出くわします(笑) 手が3つ欲しくなるワケですが、実はコツがあり難なく絞り環をセットできます(笑) 実際に、ご自分でバラしていらっしゃる方でも、今回のような問題は処置できなくなり、仕方なく当方にメンテナンスをご依頼される方も年に数人いらっしゃいます。すべては「観察と考察」が鍵であり解決策 (コツ) を見出せるか否かの明暗が分かれます(笑)

↑このモデルもマウント部は単なる「カバー」のような役目でしかありません。しかも、マウント部がシッカリとハマるワケではないので (基本的にマウント部が被せ式のロシアンレンズはマウント部はキッチリ填らず固定ネジだけで止まっている)、固定ネジが曲がったり折れたりしたら製品寿命と言う設計です。

これが日本製オールドレンズならば、マウント部が被さる箇所はキッチリ填るように設計されており、固定ネジが逆に単なる締め付け固定の役目でしかありませんが、ロシアンレンズでは固定ネジ自体がマウント部の位置決めを兼ねている設計です。つまり、万が一、マウントが硬くて外せない (或いは逆に填らない) などの場合、チカラ任せにエイッとやると、マウント部のガタつきに至る可能性も捨てきれないのがロシアンレンズです(笑)

このようなマウント部の固定ネジ自体にマウント部の固定位置を確定させている設計のモデルは、ロシアンレンズだけに限らず、旧東ドイツ製オールドレンズにもありますし (例えばPENTACON製オールドレンズの一部)、もっと言えば旧西ドイツ製オールドレンズにも存在しますから、当時の日本製オールドレンズが如何に設計に長けていたのかも、こんな箇所の組み立て工程で感じ取れると言うワケです(笑)

↑ようやく、光学系をセットし終わっている鏡筒を差し込むことができます。ここで鏡筒裏側に飛び出ている「絞り羽根開閉アーム」とマウント部の絞り連動レバーとを咬み合わせるワケですね。この後は無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅の確認 (それぞれ解説:無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅確認についてで解説しています) をそれぞれ執り行い、最後にフィルター枠とレンズ銘板をセットすれば完成です。

修理広告

DOHヘッダー

ここからはオーバーホールが完了したオールドレンズの写真になります。

↑完璧なオーバーホールが終わりました。冒頭の問題点 (1) 〜 (6) のうち、残念ながら (4) 〜 (5) については完全に解消できませんでしたが、半減程度までガタつきを低減させているので、ピント合わせ時に違和感を感じることは無くなっていると思います。

↑第2群と第3群にあった全面に渡るクモリもキレイになり、光学系内の透明度が高い状態に戻りました。

↑光学系後群もキレイな状態を維持していますが、光学系内 (前群/後群) には、経年の極微細な点キズやコーティング層の微細なハガレなどが散見していますので、それらはそのまま残っています (写真には一切影響しません)。

↑6枚の絞り羽根もキレイになり、絞り環は当初のガチガチ感が無くなり、小気味良いクリック感で操作できるよう改善できました。

ここからは鏡胴の写真になりますが、経年の使用感があまり感じられないとてもキレイな状態を維持した個体です。筐体外装は当方による「磨きいれ」を施したので大変落ち着いた美しい仕上がりになっています。

↑当初バラす前のチェックで、距離環を回す際のトルクが「重い」と感じましたが、「現状同程度」とのご指示でしたのでそのように仕上げています。但し、ピント合わせ時にスリップ現象 (ククッと微動する) が発生していたので、塗布したヘリコイド・グリースは黄褐色系グリースを使い「粘性:軽め」を塗布しました。結果、相応に重めのトルク感に仕上がっていますが、ピント合わせ時のスリップ現象は解消しています。

↑当方での扱いが今回は3本目にあたりますが、記録をチェックすると過去の2本でも同じようにガタつきが発生していたので、やはり設計時の問題なのかも知れません。その他完璧なオーバーホールが終わっているので、末長くご愛用頂ければと思います。

↑当レンズによる最短撮影距離80cm附近での開放実写です。ピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に「球部分」にしかピントが合っていません (このミニカーはラジコンカーなのでヘッドライトが点灯します)。当方所有マウントアダプタでは絞り環操作が上手く連動しなかったので、開放時の実写のみ掲載します。今回のオーバーホール/修理ご依頼、誠にありがとう御座いました。