◎ Kern AARAU (ケルン・アーラウ) KERN-MACRO-SWITAR 50mm/f1.8 AR(L39)

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今回の掲載はオーバーホール/修理ご依頼分のオールドレンズに関する、ご依頼者様へのご案内ですのでヤフオク! に出品している商品ではありません。写真付の解説のほうが分かり易いこともありますが、今回に関しては当方での扱いが初めてのモデルでしたので、当方の記録としての意味合いもあり無料で掲載しています (オーバーホール/修理の全工程の写真掲載/解説は有料です)。オールドレンズの製造番号部分は画像編集ソフトで加工し消しています。

最近、冷やかしの問い合わせが来るようになりました(笑)・・当方でまだ整備した経験が無いオールドレンズに対するオーバーホール/修理のお問い合わせです。未扱いモデルの場合は「構造検討料金が加算される」ことに違和感を感じられるとのこと。また、未扱いであること自体が心配なようです。さらに、納期が1カ月もかかるのでは・・と言うことでキャンセルされました。当方ではなくプロのカメラ店様や修理専門会社様にご依頼されるほうが確実で納期も早くリーズナブルな料金になると思います。

しかし、これら3つの事柄については事前に告知しており「問い合わせフォーム」のページでもご案内しています。それを確認もせずに問い合わせしてくるワケです・・。

・・と、こんな感じで事前に告知しています。ところが、先日もオーバーホール/修理を承り整備しましたが、事前に修理専門会社様に依頼されたオールドレンズの仕上がり状態に疑念を感じて当方に再度ご依頼頂いた案件がありました。実は当方もそこそこ有名処の修理専門会社様の整備状況を少しは把握してはいるのですが、正直に言ってどこまで解体して整備したのか疑問に感じる内容だったりします。

そのような疑念があるので当方では当ブログにてオーバーホール工程を細かく掲載し解説しています・・ある意味「証拠写真」を掲載しているようなイメージですね。整備をしている人にとっては興味関心があっても、そうではない方々にはよく分からない内容ばかりになりますがオールドレンズの内部がどんな構造になっているのか掲載しているサイトもそう多くはないので多少は役に立つことがあるかも知れません。あまりメリットが無い内容ばかりですが今後も掲載していきたいと考えています。

今回オーバーホール/修理を承ったモデルはスイスのKern AARAU社製『KERN-MACRO-SWITAR 50mm/f1.8 AR (L39)』になります。当方には高嶺の花であるモデルなので今までに整備した経験がありません。このような高価で貴重なモデルのオーバーホール/修理をご依頼頂き、この場を借りてお礼申し上げます。ありがとう御座います!

ご依頼の内容は・・。

  • 絞り環の操作がとても重い
  • 距離環を回すとスリップすることがある

・・と言う内容です。届いた現物を確認すると確かに絞り環は重く距離環もグリース切れに陥っているようです。また自動/手動スイッチ (A/Mスイッチ) を装備していますが「自動」に設定した時に絞り羽根が顔出ししています (完全開放にならない)。これらの現象をひとつずつ改善させていきます。

フィルムカメラのALPA用 (ALPAマウント) の標準レンズですが1958年に発売され生産が終了する1969年までの間にブラックタイプは1,146本が生産されており、今回の個体はその中の1本になります。1968年には後継機の「KERN-MACRO-SWITAR 50mm/f1.9 AR」が登場し1981年まで生産が続けられました。

光学系は5群7枚の構成になりますが第3群に凹メニスカスとの貼り合わせレンズ (2枚の光学硝子レンズを接着剤を使って貼り合わせてひとつにしたレンズ群) を配置しており色消し効果を追求した結果の設計なのでしょうか・・光学系は詳しくないのでよく分かりません。Flickriverでこのモデルの実写を検索してみましたので興味がある方はご覧下さいませ。

オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。すべて解体したパーツの全景写真です。

↑ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。構成パーツの点数はそれほど多くはありませんが構造が複雑です。今回初めて扱うこともありますがバラす際には構成パーツの位置やカタチなど、その理由を都度考察しながら (納得しながら) 解体を進めました・・そうしないと組み立てと調整ができないからです (それゆえ未扱いモデルの場合は構造検討料金をご請求しています)。

例えば、某修理専門会社様では古いヘリコイド・グリースの上から (除去せずに) 新しいグリースを塗ってしまい「補充/充填」などと表現していますが、経年劣化した (しかも成分も異なる) 古いグリースと混ぜて新しいグリースを塗ってしまうことがはたして良いのでしょうか?

↑絞りユニットや光学系前後群を格納する鏡筒です。ぴよ〜んと伸びている長いマイクロ・スプリングは絞りユニットと接続して絞り羽根の開閉を行う際にチカラを与える役目で用意されています。バラす際は絞りユニットを外した途端にクルンと勢いよく絞りユニットが回ってしまいアッと言う間にバラけてしまいました(笑) この長〜いマイクロ・スプリングがどのように収納されていたのか確認する余裕すらありません (何故ならば解体経験が無いのでこんな長いマイクロ・スプリングが入っている事を知らなかったから)(笑)

当然ながら組み立てていく時は今度はこのマイクロ・スプリングが絞りユニットの内部にどのように格納され絞りユニットを動かしていくのか考えながら工程を進めていくことになり相応の時間を要します・・それが「構造検討」になるワケです。特に今回のモデルは自動/手動スイッチ (A/Mスイッチ) を装備していますから、スイッチの設定 (自動/手動切替) に伴い絞りユニットの動き方も異なるワケで、なかなか簡単に理解できる機構ではありません。

↑さらに今回のモデルが複雑だった理由が鏡筒の裏側から飛び出ている、やはりマイクロ・スプリングです。上の写真では分かりやすく見せるために楊子を差し込んでマイクロ・スプリングを伸ばした状態にしています。絞りユニットの両サイドにマイクロ・スプリングが接続されていて「Y字型」に1本にまとめられて金属製の連結アームに繋がっています・・いったいこのマイクロ・スプリングがどのような動き方をするのか「???」ですね(笑)

↑9枚の絞り羽根を組み付けて絞りユニットを完成させます。当初バラした時点では絞り羽根に油染みが生じており一部はサビが発生していました。さらに難しかったのが上の写真をご覧頂くと見えるのですが、絞り羽根の外周部分に「隙間」が生じています。普通、絞り羽根が重なり合って最小絞り値になっている時「隙間」は空いたりしません・・何のために入射光を遮ろうとしているのか「隙間」があると意味が無くなってしまいます。しかし、今回のモデルでは光学系後群の設計でちゃんと絞り羽根の隙間を解消するよう配慮が施されていました・・常に「観察と考察」です。

↑鏡筒を立てて撮影しましたがオレンジ色の「被写界インジケーター」をセットします。絞り環を回すことでインジケーターが連動して動き丸い穴をオレンジ色に染めていきます・・被写界インジケーターですね。上の写真では開放「f1.8」の状態で撮っています (オレンジ色の丸が狭い範囲で表示されています)。この後、「Ι」マーカーが褪色していることに気がつき視認性アップのために白線を着色しました。

↑絞り環を組み付けて各絞り値と被写界インジケーターとの整合性をチェックします。ご依頼内容のひとつであった「絞り環の操作が重い」現象については絞り環の内部に塗られていたグリースの経年劣化に拠る固着が原因でしたので改善させました。現状程良いトルク感で軽い操作性に戻っていますがクリック感自体はシッカリしています。もちろん絞り環のローレット (滑り止め) 部分も業務用中性洗剤とナイロンブラシでブラッシングして経年の手垢や汚れを除去していますからキレイになりました。

↑マウント部に「空転ヘリコイド」をセットします。空転ヘリコイドですから何処までもスルスルと回るほどに滑らかでなければイケマセン。

↑上の写真は鏡筒の裏側から飛び出ている「Y字型マイクロ・スプリング」の連係アームと自動/手動スイッチ (A/Mスイッチ) 部の接合部を撮影しました。こな感じでアームの先端が鏡筒裏側から飛び出るように絞りユニットの組付けの際にセットしなければイケマセン。

↑さらに自動/手動スイッチ (A/Mスイッチ) 部とアームとの接合は「S字型留め具」を使って固定しています。結局、スイッチの設定に従ってこの部分が左右に勢いよくクルックルッと回り、そのチカラで絞り羽根が閉じたり開いたりしている仕組みであることが理解できました・・と言ってもパッと見てすぐに理解したワケではなくあ〜だこ〜だとイジって調べていった次第です。

この部位の調整が非常に難しいのですが、スイッチの設定でクルクルと回るのはともかく、回る範囲がとても小さいのでアームのブレる範囲 (左右に首振りする量) も自ずと少ない範囲になってしまいます。それを補う目的で絞りユニットの両サイドにワザとマイクロ・スプリングを固定していたワケで、それに気がつかなければスイッチとの正しい連係動作が行われるよう調整もできません。このモデルの一番の難関は、こんな単純な機構部の調整でした(笑)

↑ヘリコイドのオスメスを無限遠位置のアタリを付けた正しいポジションでネジ込んだ状態で前述のスイッチ部との連係動作を調整しなければならず、それが完了して初めて「直進キー」をセットできます。どうして、このような大型な「直進キー」を装備しているのか、その理由に気がつけば自動的に前述のアームが左右にブレることもすぐに理解できます。内部の構成パーツは、それぞれが互いに影響し合って駆動しているので必ず「観察と考察」が必要であり、ひとつひとつの構成パーツのカタチや動き方に納得していくことで結果的に組み立て手順も見えてくるワケですね(笑)

この後は光学系前群を組み付けてから無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅の確認をそれぞれ執り行い、最後にフィルター枠とレンズ銘板をセットすれば完成です。

 

DOHヘッダー

 

ここからはオーバーホールが完了したオールドレンズの写真になります。

↑今回初めて扱いましたが完璧なオーバーホールが完了しました。マイクロ・スプリングの使い方が少々複雑だったので考察する時間がだいぶ掛かりましたが無事にオーバーホールが終わりました。

↑光学系内は非常に透明度が高くLED光照射でも極薄いクモリすら「皆無」です。

↑光学系後群も大変キレイです。光学系内はカビの発生も全くありませんでした (一応念のためカビ菌の洗浄を行っています)。

↑当初の状態でスイッチを「自動」に設定すると絞り環を回した時点で絞り羽根が僅かに顔出ししていましたが改善させました。原因はスイッチ部内部の捻りバネが経年劣化で弱まっているからです。カタチをイジって捻りバネの反発力を取り戻す方法もあるのですが残念ながら決まったカタチでしかセットできない場所ですので極僅かに反発力を戻す調整しかできませんでした・・従って「自動」の設定時は絞り環を回した時に開放「f1.8〜f5.6」までの間は絞り羽根が顔出ししないよう改善させましたが「f8〜f22」の間で絞り羽根が顔出ししてきます。弱ってしまったバネの問題であり、これ以上は改善できません・・申し訳御座いません。

ここからは鏡胴の写真になります。経年の使用感がほとんど感じられない大変キレイな個体ですが当方による「磨き」を筐体にいれたので、とても落ち着いた美しい仕上がりになっています。距離環のローレット (滑り止め) 部分も絞り環同様清掃しています。

↑もう1点のご依頼内容である「距離環がスカスカと抜ける感じ」はヘリコイド・グリースの経年劣化に拠るグリース切れが原因でしたので、ご指示に拠り塗布したヘリコイド・グリースは「粘性:中程度+軽め」を使い分け少々「重め」のトルク感に仕上げてあります。特にこのモデルはピントの山が掴みにくいので下手に距離環が微動してしまうよりは「重め」のほうがピント合わせは楽だと思います。距離環はシッカリと回すイメージのトルク感に仕上げてあります。

またマウント部は「L39」の変換リングが入っていますが指標値位置がズレていたので適正位置に (真上に来るよう) 調整しています。マウント部の「」マーカーも色が取れていましたので赤色着色しました。

↑スイッチ部の捻りバネとシャッターボタンのスプリングが経年劣化から弱まっているのでフィルムカメラでご使用になる場合は少々使い辛いかも知れませんが、調整ができません・・申し訳御座いません。

↑当レンズによる最短撮影距離28cm附近での開放実写ですが拡大撮影になってしまうので実際は少し離れた位置で撮っています。ピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に「球部分」にしかピントが合っていません (このミニカーはラジコンカーなのでベッドライトが点灯します)。

↑絞り環を回して絞り値を「f2」にセットして撮影しました。

↑さらに絞り環を回してF値「f2.8」で撮っています。

↑F値は「f4」になりました。

↑F値「f5.6」になります。

↑F値「f8」での撮影です。

↑「f11」になりました。

↑F値「f16」です。

↑最小絞り値「f22」での撮影です。今回のオーバーホール/修理ご依頼、誠にありがとう御座いました。