◎ aus Jena (カールツァイス・イエナ) Pancolar 50mm/f2 black《Gutta Percha》(M42)
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今回完璧なオーバーホールが終わって出品するモデルは、旧東ドイツの
Carl Zeiss Jena製標準レンズ・・・・
『Pancolar 50mm/f2 black《Gutta Percha》(M42)』です。
今回オーバーホール済でヤフオク! 出品する個体は、製造番号から1963年 (9月) に生産された個体と推測できますが、市場ではなかなかお目にかかれない距離環ローレット (滑り止め) に皮革風「突起状/イボ付/星形」を配った独特な意匠のタイプです (どちらかと言うと皮革風凹凸のエンボス加工タイプのほうが多く出回っている)。
距離環ローレット (滑り止め) のデザインの問題なので好みの問題のように見えますが、実はこのモデルは距離環を回すトルクが重くなってしまった個体が (流通している市場では) 多いので皮革風凹凸のエンボス加工タイプの場合操作していて滑り易く感じ、今回の突起状タイプのほうが保持し易い印象を受けるので (今回敢えて) 扱った次第です。
するとこのローレット (滑り止め) 部分の「突起状/イボ付/星形」が経年劣化で緩んでしまい (伸びてしまい) 一部が割れたり欠損している個体が多いのが実情ですが、今回の個体も伸びきっておりローレット (滑り止め) 部分だけで空転してしまう状況だった為、故意に割って完全接着しました (その際ポロポロと割れてしまい2箇所破断)。
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モデル銘の「Gutta Percha」は「グッタペルカ」或いは「ガタパーチャ」と発音し、当時のマレーシア原産アカテツ科樹木から採取した樹液で精製された硬質ゴム材です。硬化するとほぼ現在のプラスティック材のように硬く固まってしまうのでゴム材と言ってもほとんど弾性がありません。よくネット上で「革巻き」と案内されていますが本革でも合皮でもありませんね (あくまでも皮革風にエンボス加工でアレンジしただけの硬質ゴム材)(笑)
当方は昔家具屋に勤めていたことがあるのでその辺は詳しいです。実際、Gutta Perchaは亀裂が入ったりポロッと剥がれたり (欠落) しますが、その断面を見れば一目瞭然で繊維質が一切無く合成 (人工) 材であることが分かります (つまり天然の皮革ではない)。
ヤフオク! で自称プロの写真家が自ら整備して毎週このモデルを複数個出品していますが、その人のブログで「絞り可動範囲に飾り (装飾) が付いている」と案内しているので、今回敢えてパンコラーの中からこの開放f値「f2.0」モデルを扱った次第です (左写真赤色矢印の爪)。
自称プロの写真家などと謳いながら、間違った認識を与えやすい表現で (公然と) 案内することは、特にオールドレンズ沼の初心者の方々には失礼 (良心的ではない) と感じるので、ここで改めて解説したいと思います。
距離環と絞り環の間に配置されている「爪」正確には「左右に分かれた対称の爪」は「被写界深度インジケーター」と言って、当時のオールドレンズが装着先であったフィルムカメラで撮影する際、設定絞り値によって「ピントが合っている距離の範囲」を示すガイド (目安) 的な機構部です (決して装飾の類ではない!)。
◉ 被写界深度
被写体にピントを合わせた部分の前後 (奥行き/手前方向) でギリギリ合焦しているように見える範囲 (ピントが鋭く感じる範囲) を指し、レンズの焦点距離と被写体との実距離、及び設定絞り値との関係で変化する。設定絞り値が小さい (少ない) ほど被写界深度は浅い (狭い) 範囲になり、大きくなるほど被写界深度は深く (広く) なる。
自らプロの写真家などと言いながら、このような解説を省いてブログで案内していることに強い違和感を感じます (良心的ではない)。パッと見で「被写界深度インジケーター」だと分かる人はともかく、初めてそのような部位が附随するオールドレンズを使う人 (手に入れようとしている人) にとっては不案内な話であり、当時のフィルムカメラに限らず、もちろん今でもフィルムカメラに装着して撮影する際に目安となる大変ありがたい機構です。
当然ながら、今ドキのデジカメ一眼/ミラーレス一眼などにマウントアダプタ経由装着しても同じ条件で使うことができるワケで、この機構部の意味が理解できていないのか (それで写真家だと言うから笑ってしまうが)「何処にも連動しない装飾」とは甚だ呆れてしまいます(笑)
「被写界深度インジケーター」は絞り環を回すとそれに連動して「左右に分かれた爪」が広がったり/閉じたりすることで、距離環に刻印されている距離指標値に対して設定絞り値でピント合焦する範囲 (つまり被写界深度) を明示するガイダンス (目安の) 機構です。
もちろん内部でやっている事は、単に左右に分かれた爪が行ったり来たりと動くだけの話ですが (確かに何処とも連動していないが) ちゃんと黒色のマーキングが鏡胴 (指標値環) に刻まれていて、距離環の刻印距離指標値に対しての範囲を限定しています (だから黒色部分が基準「|」マーカーを境に左右対称型で斜め状に刻印されている)。
例えば開放f値「f2.0」に絞り値を設定している場合ピント合焦する範囲は、距離環に刻印されている距離指標値の「ほぼ前後だけ」だと言えますし、設定絞り値を「f4」にセットした時は爪が自動的に左右に広がるので開放「f2.0」の時の距離指標値に対して「黒色マーキング2つの山分」左右に広がります (つまりその範囲の距離内で設定絞り値f4.0のままピント合焦することの目安)。
それ故「被写界深度を案内してくれる」役目なのであり「決してお飾りではない!」と声を大にして言いたいですね。逆に言えば、この出品者が出品している個体をチェックしてみると、インジケーターの爪の広がり方が「個体別でバラバラ」なので、おそらくちゃんと「絞り値との整合性/つまり被写界深度を確認 (検査) せずに単に組み上げているだけ」だとも言えます (検査しているなら全ての出品個体で同じように爪が左右対称に広がるハズ)。
例えば、この出品者が必ず毎週整備して出品している有名処のCarl Zeiss Jena製広角レンズ「Flektogon 35mm/f2.4」なども、最小絞り値の絞り羽根の閉じ具合 (開口部の大きさ/カタチ/入射光量) が、やはり出品個体別にバラバラの大きさなので「絞り値との整合性」を検査せずに (平気で) そのまま出品しているとも言えます。
そんな事柄も気がつかないまま3万円前後の価格で毎週飛ぶように落札されていきますから、落札者の気持ちを考えると本当に辛くて仕方ありません (おそらく落札者も気がついていないのだと思いますが)。
このように指摘すると、またSNSで当方の悪評が拡散するのですが(笑)、間違っていることを (ちゃんと検査していないことを) 指摘しているにも拘わらず、当方には信用/信頼が無いので批判ばかりが流布します(笑) 今回はちょっと (だいぶ?) カチンと来てしまったので冒頭でイキナシ解説させて頂きました (申し訳御座いません)。公然といい加減な整備をしていたり尤もな逃げ口上を言っているヤフオク! 出品者に対して、当方はどうしても我慢なりません!
確かに当方は技術スキルが低いので、1本のオールドレンズをオーバーホールするのに最低でも8時間かかります。ところが前述の出品者は一日に3本〜5本ペースで組み上げてヤフオク! に出品しているワケで、全く以て当方など足元にも及びません(笑)
【オーバーホール時の各工程所用時間】
① 完全解体:1時間
② 溶剤による洗浄:0.5時間
③ 固着剤剥がし:0.5時間
④ DOH (磨き研磨):2時間
⑤ 洗浄 (2回目):0.5時間
⑥ 組み立て/調整 (正味):3.5時間
⑦ 検査 (再調整含む):1.5時間 (⑥に含まれる)
合計:8時間 (最低)
・・こんな感じなので、⑦の検査/再調整の工程が長引けばとても8時間でも組み上げられないことになるワケで、どんだけ技術スキルが低いのかと言うお話です (検査は簡易検査具による実写測定で無限遠位置確認/絞り値整合性/光軸偏心検査)(笑)
また①の完全解体に1時間も要している理由は、過去メンテナンスを信用していないからです。内部構造に見合う適正な調整が施されているかどうかを逐一チェック (考察) しつつ、各部位の整合性を判定しながら、且つ過去メンテナンス時の組み立て手順が適正だったのかまで推察しながらバラしているからです (そうしないと、どうしてその位置で固定したのかなど過去メンテナンス時の調整レベルを確定できない)。
その為には当方の場合「必ず素手でイジる」のが大前提であり、一部整備者のようにニトリスト (ビニル手袋) などつけてバラしたりしません(笑) どんなに両手が油分でベチャベチャになろうとも、指からダイレクトに伝わってくる感触 (抵抗/負荷/摩擦) などは、経年相応だとしてもそれなりに正直に (正確に) 伝わってしまいます。その感触を知ることで、逆に内部構成パーツの何処に経年の抵抗/負荷/摩擦などが生じる因果関係が存在するのかを追求しているワケで、それは「原理原則」が総てであるとも言えます。
その意味では、ヤフオク! で一部の信用/信頼が高い出品者が言っているように、当方のオーバーホールは「勘に頼った手による曖昧な整備」であることは間違いなく、全く以て反論などできません。それらが当方の技術スキルが低いことの「証」でもあるので、このブログをご覧の皆様も重々ご承知置き下さいませ。
オーバーホールを始めて8年が経過しているのにこのような現状ですから、全く以て情けない限りです(笑) オーバーホール/修理をご依頼頂く皆様には本当に長い期間に渡りお待たせし続けている始末で、申し訳ない想いばかりで日々を過ごしています (スミマセン)(涙)
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今回扱うのは旧東ドイツのCarl Zeiss Jena製標準レンズで、当時のPENTACON社から発売されていた一眼レフ (フィルム) カメラ「PRAKTICA IV (1959年発売)」用に供給されていた標準レンズ群の中の一つです (左写真)。
「Pancolar 50mm/f2シリーズ」は先代のシルバー鏡胴モデル「Biotar 58mm/f2」が消滅しその後継モデルとして発展した標準レンズですが、本来先に登場していたモデル「Flexon 50mm/f2」が存在します。
【モデルバリエーション】
※オレンジ色文字部分は最初に変更になった要素を示しています。
光学系:4群6枚ダブルガウス型 (絞り羽根枚数:6枚)
鏡胴意匠:シルバー (エンボス柄) のみ
被写界深度インジケーター:無し
マウント:praktina/exakta
Pancolar 50mm/f2:1959年発売
光学系:4群6枚ダブルガウス型 (絞り羽根枚数:6枚)
鏡胴意匠:シルバー/黒色鏡胴 (エンボス柄)
被写界深度インジケーター:有り (赤色爪)
マウント:M42/exakta/praktina
Pancolar 50mm/f2:1959年発売
光学系:4群6枚ダブルガウス型 (絞り羽根枚数:6枚)
鏡胴意匠:黒色/シルバー鏡胴 (エンボス柄)
被写界深度インジケーター:有り (黒色爪)
マウント:M42/exakta/praktina
Pancolar 50mm/f2:1959年発売
光学系:4群6枚ダブルガウス型 (絞り羽根枚数:6枚)
鏡胴意匠:シルバー鏡胴/黒色鏡胴 (突起柄)
被写界深度インジケーター:有り (赤色爪)
マウント:M42/exakta/praktina
Pancolar 50mm/f2:1959年発売
光学系:4群6枚ダブルガウス型 (絞り羽根枚数:6枚)
鏡胴意匠:黒鏡/シルバー鏡胴 (突起柄)
被写界深度インジケーター:有り (黒色爪)
マウント:M42/exakta/praktina
光学系:4群6枚ダブルガウス型 (絞り羽根枚数:6枚)
鏡胴意匠:ゼブラ柄
被写界深度インジケーター:有り (黒色爪)
マウント:M42/exakta/praktina
Pancolar 50mm/f1.8《初期型》:1965年発売
光学系:4群6枚ダブルガウス型
(酸化トリウム含有/絞り羽根枚数:8枚)
鏡胴意匠:ゼブラ柄
被写界深度インジケーター:無し
マウント:M42/exakta
Pancolar 50mm/f1.8《前期型》:1968年発売
光学系:4群6枚ダブルガウス型
(酸化トリウム含有無し/絞り羽根枚数:6枚)
鏡胴意匠:ゼブラ柄 (フィルター枠:ストレート)
コーティング層:モノコーティング
PANCOLAR auto 50mm/f1.8 MC《後期型》:1975年発売
光学系:4群6枚ダブルガウス型 (絞り羽根枚数:6枚)
鏡胴意匠:黒色鏡胴
コーティング層:マルチコーティング
制御系:A/Mスイッチ装備
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上の写真はFlickriverで、このモデルの特徴的な実写をピックアップしてみました。
(クリックすると撮影者投稿ページが別ページで表示されます)
※各写真の著作権/肖像権がそれぞれの投稿者に帰属しています。
◉ 一段目
左端からシャボン玉ボケが破綻して円形ボケへと変わっていく様をピックアップしています。光学系が4群6枚の典型的なダブルガウス型構成なので、シャボン玉ボケと言っても真円のキレイなエッジを伴うボケ方ではなく、口径食や残存収差の影響を盛大に受けながら変形して歪なカタチになってしまった円形ボケの類です (きれいな真円のシャボン玉ボケ表出は大変苦手)。しかし、一番右端の写真のように被写体の材質感や素材感を写し込んだ質感表現能力の高さがモノを言い、背景の円形ボケと相まりインパクトのある1枚を残します。
◉ 二段目
口径食や残存収差の影響を受けると、このように乱雑で汚い背景ボケへと変質します。グルグルボケの要素も現れるのでシ〜ンによっては被写体の背景に気を遣う必要が出てきます。もちろんこの収差ボケを「背景効果」として (それこそ今ドキのインスタ映え的に) 使うのも一手ですね。何でもかんでも収差ボケはダメなのだと決めつけてしまうのは、オールドレンズの場合可哀想だと思います (収差ボケもオールドレンズの一つの味)。
◉ 三段目
一段目から毎回可愛いお嬢さん方に登場してもらっていますが(笑)、このモデル (同じPancolarシリーズの中でも特にこのモデル) だけに現れる画の印象として「人物に対する美肌効果」的なニュアンスが特筆できます。それこそまるで今ドキのデジカメ一眼/ミラーレス一眼のカメラボディに実装されているシステム「フィルター処理」の如く、ある意味「大雑把に何でもかんでも人肌を美しくまとめてしまう」みたいな印象の写り方をします。
◉ 四段目
上記「人物に対する美肌効果」的なニュアンスを決定づけている要素が、まさしく左端の写真でダイナミックレンジの狭さ (特に暗部に対して滅法弱い) と言う光学系の性質が大きく影響していると考えます。さらに2枚目写真のように「原色にはダイナミックに反応する」要素の関わりも大きく、結果的に暗部がインパクトとなってより明部を強調してくる写り方のように感じます。つまり明部に対しては逆にダイナミックレンジが広がっている分「人物に対する美肌効果」的な印象に画がまとまってくるのかも知れません。その意味で、このモデルは「ライトト〜ン」の表現性が相当な強みになりそうで、それは今ドキのインスタ映えにはうってつけの話にも成り得ます (当方はあまりライトト〜ンに偏りすぎるのは好きではありませんが)。
光学系は典型的な4群6枚ダブルガウス型構成です。後に登場するゼブラ柄で一度光学系の再設計が行われ、さらに最後の黒色鏡胴でマルチコーティング化のタイミングで三度光学系を再設計しています。
その意味で、ピント面をカッチリ出すのが好きな方には「ゼブラ柄以降の後期型」のほうが適しているでしょうし、当方のようにマイルド感や空間表現、リアル感など画全体的な要素で捉える人にはこちらの開放f値「f2」モデルのほうが相応しいと考えます。もちろん2本3本手元に用意してシ〜ンで対応するのもまた愉しいでしょうね(笑)
右図は今回バラして清掃時にデジタルノギスで計測しほぼ正確にトレースした構成図です。
当方が計測したトレース図なので信憑性はが低い為、ネット上で確認できる大多数の構成図のほうが「正」です (つまり参考程度の価値もない)。
(各硝子レンズのサイズ/厚み/凹凸/曲率/間隔など計測)
オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。すべて解体したパーツの全景写真です。
↑ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。今回は冒頭でさんざん文句垂れてしまったので (長くなってしまったので) オーバーホール工程の解説を省きます。
以前オーバーホールした同型モデルのシルバー「Pancolar 50mm/f2 silver《Gutta Percha》(M42)」と内部構造から構成パーツまで全て100%同一なので、興味がある方はご参照下さいませ (単に鏡胴色が異なるだけ)。
ここからはオーバーホールが完了した出品商品の写真になります。
↑今回の個体は製造番号から1963年 (9月) 製産個体と推測していますが、レンズ銘板を見ると「aus Jena (オウス・イエナ)」と刻印されており「Carl Zeiss Jena」ではありません。このことから「欧米圏への輸出用」だったことが覗えます。
ドイツ語で「aus (オウス)」は「〜製」のような意味合いなので「Carl Zeiss」銘をレンズ銘板に刻印できなかった環境下で出荷された個体、つまりはアメリカ、或いは西欧圏向けの輸出品だったことが推測できます。戦前ドイツのCarl Zeiss Jenaは戦後東西ドイツに二分され、旧東ドイツ側が「Carl Zeiss Jena」旧西ドイツ側が「Zeiss-Opton」の2つの会社としてその後も発展を遂げます。戦後すぐの1945年〜1953年までは互いに緊密に協力し合っていたようですが、実際は「Carl Zeiss」銘やそもそもモデル銘「Biotar/Tessar/Sonnarなど」が互いの販路内でかち合っていたようです。
そこで旧西ドイツの「Zeiss-Opton」側は独自の方針を先に打ち出し「Carl Zeiss」銘を使い始めました (Jenaを省いた)。また西欧圏に於ける旧東ドイツ側Carl Zeiss Jena製オールドレンズは「Carl Zeiss」銘の使用禁止、モデル銘の頭文字表記、さらにコーティング層の表示も「T」表記を禁止し「◇」を刻印するよう制約を課しました (左写真はその当時の西欧圏向け輸出品Biotar 58mm/f2)。
当時のパワーバランスとしてどうして旧西ドイツ側「Zeiss-Opton」のほうが強かったのかまだ調べ尽くせていませんが、旧東ドイツ側Carl Zeiss Jenaに対して制約を課していた事は、事実のようです。
制約を課され続けてしまった旧東ドイツ側Carl Zeiss Jenaは耐えきれずに、ついに1953年に商標権裁判を提訴してしまいます。東西ドイツ分断期に於いて最も長い18年にも及ぶ裁判は1971年に結審し、1973年旧東ドイツ側Carl Zeiss Jenaの敗訴が確定しました。
ここがポイントなのですが、商標権裁判が確定したのは1973年です (結審でさえも1971年)。ところがネット上の解説やオークション出品を見ていると「商標権裁判に負けたのでCarl Zeiss Jenaと表記できなかった」と案内していることが非常に多いです。
これ、違いますョね・・?
例えば、まさに今回の個体が当てはまりますが、製造番号からみた製産時期は1963年 (9月) です。既にレンズ銘板表記は「aus Jena」に変わっています。一方前出の写真Biotarは「C.Z. Jena」刻印で、しかもモデル銘が省かれています (頭文字のBiotarのBさえ省かれている)。もちろんコーティング層の表記は「T」ではなく「◇」です。
実は前出のBiotarは「ダブルレンズ銘板」の個体だったのです。本来製産された時点のレンズ銘板が下にネジ込まれており「Carl Zeiss Jena Biotar 58mm/f2 T」だったのです (刻印文字の相当分が削られていた)。この個体の製造番号から製産時期を調べると1955年だったことが判明しています (S/N:394xxxx)。
そのレンズ銘板の上からさらにもう1枚「C.Z.Jena 1:2 F-58mm ◇」刻印のレンズ銘板がネジ込まれていたワケです。これが意味するところは、まさしく西欧圏への輸出個体だったことが適合し、当初普通に製産されレンズ銘板が附加された個体に輸出専用シリアル値を刻印したレンズ銘板が上からネジ込まれたことが伺えます (製産時点シリアル値と輸出用シリアル値は決して同一にはならない)。
するといろいろ調査したところ次のような仮説が考えられます・・。
① C.Z.Jena銘使用、モデル銘:省くか頭文字表記、◇刻印の使用
調べたところC.Z.の簡略表記はCarl Zeiss Jena側の独断と推測できる
② Jena/aus JENA/aus JENA DDR銘使用、モデル銘:使用可、T刻印使用可
但し西欧圏向け製品はCarl Zeiss銘を含む表記 (C.Z.簡略表記含む) を禁止
③ Carl Zeiss Jena使用可、モデル銘:使用可、T刻印使用可
但し西欧圏向けはGDR (German Democratic Republic) 刻印を鏡胴に明記
上記①〜③が時系列的に時代を跨いで変遷していったのか、或いは輸出先指向国別に同時期のタイミングで混在していたのか、その検証はまだできていません。例えば②のメーカー表記は「JENA」だけだったり「aus JENA」或いは「aus JENA DDR」などが同時期のタイミングで混在しています。また①の「C.Z.Jena」表記の個体数が極端に少ないことも分かっており、たいていの個体でダブルレンズ銘板方式なのが写真を見ただけで分かります (フィルター枠のネジ山数が極端に少ない/浅いから)。
これら①〜③の制限を順に見ていくと、モデル銘の表記や「T」の使用など徐々に制約が緩和されていることが伺えます。これは後の1973年時点で旧東ドイツ側Carl Zeiss Jenaが敗訴した段階でより明確化されますが、互いにCarl Zeiss銘やモデル銘を含む商標権などがかち合わないよう、輸出指向国/地域別に細かいルールを取り決めています (敗訴に伴う和解の成立から分かる)。その具体的な施策が実は裁判が結審する前から既にスタートしていたことが、これら緩和策から伺えます (つまり旧東ドイツ側Carl Zeiss Jenaは否応なしに引き続き制約を課されながらも製品の輸出が必要だった)。
しかしいずれにしても、製造番号だけは確かな「証」なので、製産時期を調べれば自ずと商標権裁判が結審する1971年以前の話であることが明白です。つまり商標権裁判に負けたから「Carl Zeiss Jena」と表記できなかったのではなく、既に裁判が結審する以前の段階で (おそらく提訴前から) 旧東ドイツ側Carl Zeiss Jenaは様々な制限を課されていたのではないかと推測できます。
ちなみに「DDR (Deutsche Demokratische Republik)」はドイ語表記であり旧東ドイツを表し、自国内の流通や東欧圏への輸出品に刻印され「GDR (German Democratic Republic)」は旧東ドイツを表すラテン語/英語表記なので、当時の国際輸出法に則ったアメリカを含む西欧圏向け (もちろん日本も含まれる) 輸出品への刻印が義務づけられていました。
これは当時の旧西ドイツ側Zeiss-Optonによる制約ではなく、そもそも旧東西ドイツが国際法上は互いに国家とみなされていなかったが為であり、国際法上あくまでも一つの国 (旧ドイツ) の戦後分断占領統治に過ぎず、輸出国とその指向国の明確化の為に義務づけられた国際輸出法に於ける附則にすぎません。
たかがレンズ銘板の話ですが、製造番号と当時の時代背景などを関連づけて考えていくと・・ロマンが広がりますね(笑)
↑光学系内の透明度が非常に高い個体です。LED光照射でもコーティング層経年劣化に伴う極薄いクモリすら皆無です。
よく光学系内の微細なキズばかりピックアップして問題視されますが、確かに光学系内を覗き込んだ時に微細だとしても具体的なキズが視認できると「心の健康上良くない」のは理解できます。
しかし実際はそれら微細なキズはほとんどに於いて写真には影響が出ません。むしろ光学系内にある (特に貼り合わせレンズにある) コーティング層経年劣化に伴う「薄いクモリ」のほうが写真に具体的な影響が出てきます (ハロやコントラスト低下/解像度不足など)。何故なら貼り合わせレンズは入射光を拡散 (前群)/集光 (後群) している部位なので、具体的なクモリは描写に致命的な要素として現れます。
すると前述の自ら整備してヤフオク! 出品しているプロの写真家などは、光学系内の微細なキズばかりピックアップして (写真まで掲載して) いますが、肝心なクモリの有無 (或いは程度/レベル) については一切出品ページに明示がありません。
もちろん当方も光学系内の極微細な点キズまで含め状況を明示していますが、同時に光学系内のクモリの状況もLED光照射に於いてチェックし、且つそれをちゃんと出品ページにも記載しています。
落札者はもとより皆さんも、光学系内を覗き込んでもいったい何処に具体的なキズやクモリがあるのかまでなかなか確定できないと思います。ところが当方のように光学硝子を外して1枚ずつ清掃している立場なら、光学系内の何処の群に具体的なキズやクモリが生じていたのかを明確に案内できるワケで (清掃している以上当たり前)、その中で写真に影響を来すクモリは自ずと説明できるハズです。
それをヤフオク! 出品ページに一切明示しないのは、はたして落札者サイドに立った考え方なのか否か問い正したくなりますね(笑)
重要なのは「見てくれよりも結果がどうなのか」ではないでしょうか? 結果とはもちろん写真です。その写真に影響を来すような事柄はキズのみならず可能な限り事前告知してあげるのが落札者に対する良心ではないかと考えます (従って当方はクモリのほうを重視している)。
当方が出品するオールドレンズの筐体外装に「磨きいれ」を施してキレイにしているのは、単に「一番最初手に取った時キレイなほうが良いから」程度の話であり、あくまでも「DOH」の一環として処置しているに過ぎません (筐体外装を磨くのが目的ではない)。その意味で「超美品だろうが何だろうが商品価値に価しない」と仰っている一部信用/信頼が高いヤフオク! 出品者の指摘は、確かに正しいかも知れません(笑)
しかし中にはキレイな筐体を手にして喜んで頂ける方も、ほんの少しだけいらっしゃるみたいなので、当方はその方々の為だけにこれからもできる限り処置し続けたいと考えています (価値が無いのは分かってるので反論はしません)。
↑上の写真 (3枚) は、光学系前群のキズの状態を拡大撮影しています。すべて極微細な点キズを撮っていますが微細すぎて全部写りませんでした。
特に前玉表面側に経年相応の拭きキズやヘアラインキズ、或いは極微細な点キズが集中しています。
↑光学系後群もLED光照射でも極薄いクモリすら皆無です。極微細な点キズは相応にありますが、むしろ後群側のほうが前群よりもキレイな状態を維持していますから、ラッキ〜でした。
↑上の写真 (3枚) は、光学系後群のキズの状態を拡大撮影しています。すべて極微細な点キズを撮っていますが微細すぎて全部写りませんでした。
【光学系の状態】(順光目視で様々な角度から確認)
・コーティング劣化/カビ除去痕等極微細な点キズ:
(経年のCO2溶解に拠るコーティング層点状腐食)
前群内:20点以上、目立つ点キズ:20点以上
後群内:20点以上、目立つ点キズ:18点
・コーティング層の経年劣化:前後群あり
・カビ除去痕:あり、カビ:なし
・ヘアラインキズ:あり(前後群内)
・バルサム切れ:無し (貼り合わせレンズあり)
・深く目立つ当てキズ/擦りキズ:なし
・光源透過の汚れ/クモリ (カビ除去痕除く):なし
・その他:光学系内は微細な塵や埃が侵入しているように見えますが清掃しても除去できないCO2の溶解に拠る極微細な点キズやカビ除去痕、或いはコーティング層の経年劣化です。
・光学系内には「極微細な気泡」が複数ありますがこの当時は正常品として出荷されていましたので写真にも影響ありません(一部塵/埃に見えます)。
(極微細な点キズは気泡もカウントしています)
・光学系内の透明度が非常に高い個体です。
(LED光照射でも極薄いクモリすら皆無です)
・前玉表面に経年相応の極微細な拭きキズが無数にあり、外周附近の一部にコーティング剥がれもあります。
・いずれも全て実写確認で写真への影響ありません。
↑6枚の絞り羽根もキレイになり絞り環共々確実に駆動しています。絞り羽根が閉じる際は「ほぼ正六角形を維持」しています。
ここからは鏡胴の写真になりますが、経年の使用感が僅かに感じられるものの当方にて筐体外装の「磨きいれ」を施したので大変落ち着いた美しい仕上がりになっています。「エイジング処理済」なのですぐに酸化/腐食/錆びが生ずることもありません。
↑【操作系の状態】(所有マウントアダプタにて確認)
・ヘリコイドグリースは「粘性:中程度と軽め」を使い分けて塗布し距離環や絞り環の操作性は非常にシットリした滑らかな操作感でトルクは「普通」人によって「軽め」に感じ「全域に渡って完璧に均一」です。
・距離環を回すとヘリコイドのネジ山が擦れる感触が伝わる箇所があります。
・ピント合わせの際は極軽いチカラで微妙な操作ができるので操作性は非常に高いです。
・絞り環操作も確実で軽い操作性で回せます。
【外観の状態】(整備前後関わらず経年相応の中古)
・距離環や絞り環、鏡胴には経年使用に伴う擦れやキズ、剥がれ、凹みなどありますが、経年のワリにオールドレンズとしては「超美品」の当方判定になっています (一部当方で着色箇所がありますが使用しているうちに剥がれてきます)。
・距離環ローレット(滑り止め)の突起部分に2箇所割れがありますが完全接着しています。
(事前告知しているのでクレーム対象としません)
↑この当時1950年代から1960年代にかけて、シルバー鏡胴からゼブラ柄へと変遷する中の極短い期間に限定して製産されていた「Gutta Percha」巻きで、その中からさらに市場の出現率が低い「突起状/イボ付/星形」タイプをチョイスしました。
絞り環操作は当初バラす前の時点でガチガチした印象のクリック感だったので、少々軽めの仕上がりに調整しています。被写界深度インジケーターの左右展開も大変滑らかで黒色刻印の斜め状ガイドともキッチリ適合し、もちろん絞り環絞り値との整合性も確認済です。
また距離環を回すトルク感も、このモデルにしては「軽め」の印象に仕上がっており特にピントの山が掴みにくい分、操作し易く感じると思います (市場に流通している未整備の個体はたいていの場合重めのトルク、或いはトルクムラがあります)。
当然ながら「プレビューレバー」押し込み時の絞り羽根開閉動作もキッチリ確実であり、プレビューレバー機構部は大変スムーズに (滑らかに) 機能しています。それはフィルムカメラに装着される場合、特に重要な話になってくるでしょうから、今回の個体はフィルムカメラでお使い頂こうが、今ドキのデジカメ一眼/ミラーレス一眼にマウントアダプタ経由装着されようが全く以て正常/適切な駆動と描写をお約束できるものです。
特に距離環を回すトルク感は「軽め」の仕上がりになったので、このモデルの「直進キー」が片側に1本しか存在しない構造からすれば大変珍しい話であり (距離環を回す時に掛けたチカラが一極集中するから)、整備している当方にとってはむしろこの問題のほうが重要だったりします(笑)
なお、ヤフオク! などの出品者の「逃げ口上」をみていても、よく「当時の旧東ドイツ製オールドレンズなので切削精度が低い分、トルクムラやスムーズでないのは許容範囲」などと開き直って謳っていることがありますが(笑)、それは全くのウソであり、少なくともCarl Zeiss Jena製オールドレンズのほうの切削レベルは、当時のロシアンレンズよりも精度が高いです。むしろPENTACON製オールドレンズのほうが切削レベルが低いので、経年劣化でヘリコイドのネジ山摩耗が進行した場合に確かにトルクムラや滑らかさが低減する懸念は残ります。もっと言えばロシアンレンズで切削精度が高くなってくるのは1970年代中盤辺りからなのですが (NC旋盤機を裏輸入で入手し始めてから)、あくまでも「切削技術≠設計レベル」なのであり、ダメな設計で作られたオールドレンズはいつまで経っても操作性が悪いままだったりします。
その意味で、オールドレンズの内部構造を知ることは、そのオールドレンズの描写性にさらに操作性や機能面なども加味して判断する材料にもなり得ると言うのが当方の方針です。だとすれば、決して自慢話だけで終わらせずに(笑)、自ら解体して整備できない不特定多数の方々の為にも「整備者は可能な限り公明正大に案内するべき」であり、それを以て自らの使命と成すべきと考えますね(笑)
無限遠位置 (当初バラす前の位置に合致/僅かなオーバーインフ状態)、光軸 (偏心含む) 確認や絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) と絞り環絞り値との整合性を簡易検査具で確認済です。
もちろん光学系の光路長調整もキッチリ行ったので (簡易検査具によるチェックなので0.1mm単位や10倍の精度ではありません)、以下実写のとおり大変鋭いピント面を確保できました。電子検査機械を使ったチェックを期待される方は、是非ともプロのカメラ店様や修理専門会社様が手掛けたオールドレンズを手に入れて下さい。当方の技術スキルは低いのでご期待には応えられません。
↑上の写真 (2枚) は、開放f値「f2」と最小絞り値「f22」とで、被写界深度インジケーターの「爪」が広がった状態を比較しています。
今回の出品個体には純正の樹脂製被せ式前キャップが附属しています。
↑距離環ローレット (滑り止め) のGutta Percha巻き部分に、2箇所ご覧のような割れがありますが、完全接着してあるのでポロポロと剥がれてくることはありません (但しもちろん落下やぶつけたりすればさらに割れます)。
左写真はマウント部を横方向から撮影していますが、ご覧のように絞り連動ピンや後玉 (格納筒) が僅かに突出しています。一部のフィルムカメラやデジカメ一眼/ミラーレス一眼などでミラー干渉など、カメラボディ側マウント部内部との問題にはご留意下さいませ。
↑当レンズによる最短撮影距離50cm付近での開放実写です。ピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に「球部分」にしかピントが合っていません (このミニカーはラジコンカーなのでヘッドライトが点灯します)。カメラボディ側オート・ホワイト・バランス設定はOFFです。
この実写はミニスタジオで撮影していますが上方と右側方向からライティングしています。その関係でフードを装着していない為に絞り値の設定によりハレ切りが不完全なまま撮影しています。一応手を翳していますがハレの影響から一部にコントラスト低下が出てしまうことがあります (簡易検査具による光学系検査を実施済で偏心まで含め光軸確認は適正/正常)。
↑f値「f16」になっています。そろそろ「回折現象」が出始めてコントラスト低下の影響が出ています。
◉ 回折現象
入射光は波動 (波長) なので光が直進する時に障害物 (ここでは絞り羽根) に遮られるとその背後に回り込む現象を指します。例えば、音が塀の向こう側に届くのも回折現象の影響です。
入射光が絞りユニットを通過する際、絞り羽根の背後 (裏面) に回り込んだ光が撮像素子まで届かなくなる為に解像力やコントラストの低下が発生し、ねむい画質に堕ちてしまいます。この現象は、絞りの径を小さくする(絞り値を大きくする)ほど顕著に表れる特性があります。