◎ ZENIT (KMZ:クラスノゴルスク機械工廠) MC ZENITAR−M2s 50mm/f2(M42)
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この掲載はオーバーホール/修理ご依頼分についてご依頼者様や一般の方々へのご案内です (ヤフオク! 出品商品ではありません)。
写真付解説のほうが分かり易いため今回は無料で掲載しています (オーバーホール/修理全行程の写真掲載/解説は有料)。
オールドレンズの製造番号部分は画像編集ソフトで加工し消しています。
今回オーバーホール/修理ご依頼を承った個体は「正常」ではあるものの、届いた現物をチェックすると以下の問題点がありました。
【当初バラす前のチェック内容】
① 距離環を回すと擦れている感触がある (右写真)。
② ピント合わせする際に操作し辛い印象 (スリップ現象)。
③ 絞り羽根が閉じていく時に開口部のカタチが一定ではない。
【バラした後に確認できた内容】
④ 過去メンテナンス時に白色系グリース塗布。
問題点①の擦れる感触は「白色系グリース」特有の細かな擦れ感だけではなく、右写真のとおり鏡筒自体が距離環と擦っている箇所がある (赤色矢印) 為に生じている感触です。右写真は真正面から撮影していますが、鏡筒と距離環との間のスキマが空いている箇所 (グリーンの矢印) があるのでその部分が均等になれば解消できるかも知れません。
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1991年末に旧ソ連 (ソビエト連邦) が崩壊した後の1992年から開発がスタートし、1995年にKMZ (クラスノゴルスク機械工廠) から発売された標準レンズで当時のフィルムカメラ「ZENIT-122」用セットレンズとしても使われていたようです (モデルバリエーションは次の3種類が存在)。
① MC ZENITAR-M2 (M42マウント)
② MC ZENITAR-K (PKマウント)
③ MC ZENITAR-M2s (M42マウント)
上の写真はFlickriverで、このモデルの特徴的な実写をピックアップしてみました。
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※各写真の著作権/肖像権がそれぞれの投稿者に帰属しています。
◉ 一段目
左端からシャボン玉ボケが破綻して円形ボケを経た後に角ボケへと変わっていく様を集めています。
◉ 二段目
収差の残存が高い背景ボケやピント面、被写界深度とゴーストをピックアップしました。
上の写真は今回ご依頼を承った内容なのですが『Magic BOKEH (魔法ボケ)』をピックアップしました。
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光学系は典型的な4群6枚のダブルガウス型構成です。ZENITのホームページ掲載の構成図は簡素化した図になっていますが、右図は今回バラして清掃時にデジタルノギスで計測してほぼ正確にトレースしています (各硝子レンズのサイズ/厚み/凹凸/曲率/間隔など計測してトレースしました)。
第1群 (前玉) が凸メニスカスで2つのガウス型ダブレットを挟んで第4群 (後玉) は両凸レンズです。今回のオーバーホール/修理では、この第3群のダブレットを反転させることで上記『Magic BOKEH』にトライすると言う課題です。
オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。すべて解体したパーツの全景写真です。
↑ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。海外オークションebayでも5,000円前後でいくらでも出回っているオールドレンズです。内部構造は至って簡素化されており、構成パーツ点数も少なめで調整箇所がほとんどありません (絞りユニットとマウント部内部のみ)。
↑このモデルの内部構成パーツはほとんどがエンジニアリング・プラスティック製で、金属製だったのはむしろ締め付け環のほうが多いくらいです (唯一マウント部だけは金属製)。光学硝子レンズの外径サイズに比して極端に大型な鏡筒です。
↑こちらは絞りユニットを組み上げた状態で撮影しましたが、絞りユニット内の「開閉環」だけが金属製で他は全てエンジニアリング・プラスティック製と言う徹底ぶりです(笑) 従ってご覧のとおり絞り羽根が閉じていく際に、キレイな正六角形を維持したまま閉じていきません。
その理由は一つしかありません。用意されている穴や溝などに微細なマチが考慮されているからですが、それは金属製の絞り羽根を相手にしたエンジニアリング・プラスティック製たる由縁であり宿命とも言えます (そもそもプラスティック成形の技術自体が大雑把)。
↑完成した絞りユニットを鏡筒最深部にセットします。単にネジでカシめて填っているだけです。
↑完成した鏡筒を立てて撮影しました。小さな光学系に対して非常に大柄な鏡筒なのが分かります。
↑距離環やマウント部を組み付ける為の基台です。両サイドに縦方向のスリット (溝) が用意されており「直進キーガイド」になっています (直進キーを上下にスライドさせる目的)。
↑完成した鏡筒を差し込んで「直進キー」をセットします。「直進キー」は金属製のシリンダーネジですが、ゴム製キャップが被さっており、ブルーの矢印のようにガイドの溝を行ったり来たりスライドします。
◉ 直進キー
距離環を回す「回転するチカラ」を鏡筒が前後動する「直進するチカラ」に変換する役目
↑こちらはヘリコイド (メス側) なのですが、もちろんエンジニアリング・プラスティック製です。オドロキなのは赤色矢印で指し示しているネジ山の役目を持つ「溝」であり、本当のネジ山ではありません。前述の「直進キー」そのモノをこの「溝」部分でダイレクトに上下動させると言う設計です (従って溝は2本しか備わっていない)。ネジ山が存在しないヘリコイド方式と言うのもオモシロイ発想です。
と言うか、さすが「おロシア」だなぁ〜と妙に感心してしまいます(笑)
と言うのも、これが日本製オールドレンズならエンジニアリング・プラスティック製のガイドに対して「直進キー」に被せるのはゴムではなく「ポリエチレン製キャップ」を使うからです。「直進キー」の役目からして、不必要な抵抗/負荷/摩擦を可能な限り相殺させる考えに至るハズなのですが、さすがにダイレクトにそのまま「直進キー」を使って鏡筒を上下動させる発想には繋がらないのが、日本人設計者のスタンスなのではないでしょうか。
ご覧のとおりエンジニアリング・プラスティック製のヘリコイドですから、その厚みからして柔であり、その分を勘案したからこそ「ゴムを被せる」ことに至ったのではないかと考えています。ネジ山が存在しない「溝」だけだとしても、たったの2本の溝だけと言うヘリコイドも珍しいですね (今までに扱ったオールドレンズで最も少ないネジ山数は3本)(笑)
↑ヘリコイド (メス側) を無限遠位置のアタリを付けた正しい場所までネジ込みます。2本しか「溝」が存在しないのでネジ込み位置は関係なく、「溝」の何処で無限遠位置としてセットするかの問題しか残っていません。
↑指標値環をイモネジ (ネジ頭が無くネジ部にいきなりマイナスの切り込みを入れたネジ種) 3本で締め付け固定します。締め付けにイモネジを使っていますが、微調整の為ではなく単純に固定箇所を確定させる為だけにイモネジを使っています (エンジニアリング・プラスティック製で軟らかいから)。
↑鋼球ボール+スプリングを組み込んでから絞り環をセットします。当初バラす前のチェック時点ではガチガチした印象の操作性だったので多少軽く小気味良くクリック感操作できるよう調整しました。
↑このモデルで唯一の銀属製部位であるマウント部をセットします。このマウント部を締め付け固定しているネジ種も皿ネジのタッピンネジなのでアバウトな固定方法です(笑)
↑赤色矢印で指し示していますが、距離環を締め付け固定する為の「下穴」が両サイドに1箇所ずつ用意されていますから、距離環の固定位置も微調整できません。純粋にヘリコイドの停止位置だけで無限遠位置を確定すると言う非常に簡素化した設計です。
↑距離環をイモネジ2本で締め付け固定してセットします。この後は光学系前後群を組み付けて無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅の確認 (解説:無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅確認についてで解説しています) をそれぞれ執り行い、最後にレンズ銘板をセットすれば完成です。
ここからはオーバーホールが完了したオールドレンズの写真になります。
↑さすが「おロシア」と代表したくなるようなエンジニアリング・プラスティック製の大ぶりな標準レンズ『MC ZENITAR-M2s 50mm/f2 (M42)』です。マルチコーティングなので美しいグリーン色の光彩を放ちます。
↑光学系内は非常に透明度が高く、もちろんLED光照射でもコーティング層経年劣化に伴う極薄いクモリすら皆無です。
↑絞り羽根が閉じていく際は、タイミングによって細長い「六角形」になったりご覧のようなカタチになったりと不安定な閉じ方です(笑) これを改善させることは一切不可能です (材を考慮したそのような前提の設計だから)。
と言うことは、設計時点で絞り値 (入射光量) には幅があることになり、まさにアバウトな諸元なのではないでしょうか(笑) もちろん絞り値によっては撮影シ〜ンで細長いボケ方が表出する懸念は残ったままですが、ロシア人は気にしないのではないでしょぅか(笑)
↑距離環を回すトルクが、当初バラす前のチェック時点ではとてもピント合わせし易いトルク感とは感じられませんでした。特にこのモデルのピントの山がアッと言う間 (一瞬) なので、余計にピント位置を確定させる時に「スリップ現象 (ククッと微動してしまう)」が生じて面倒で仕方ありません。
そこで黄褐色系グリースの「粘性:中程度」を塗布しましたが少々軽めの印象でした。一旦バラして再び「粘性:重め」に入れ替えると、今度は「スリップ現象」が増幅されてしまい、やはりピント合わせが辛くなります。仕方なく「粘性:中程度」に戻しましたので、少々軽すぎの印象のトルク感に仕上がっています。
当初バラす前の使い辛さからは開放されたと思うので、それでヨシとするしかないと思います。申し訳御座いませんが「溝」が2本しかなく、相手が「ゴムキャップ」となると専用の純正グリースでないと適正なトルク感に戻せないと思います。スミマセン。
なお、距離環が鏡筒と擦っていた箇所はほんの僅かにスキマを空けられたので、現状 (オーバーホール後は) 擦れる感触が無くなりました。
↑量産型の設計が1995年完成ですから、まだまだ新しいオールドレンズですが、やろうと思えば (ここまで徹底してコスト削減した) このようなモデルも作られてしまうワケで、日本人もある意味考え方を学ぶ必要があるのではないかとミョ〜に感心した次第です (決して皮肉ではなく)(笑) その意味でモノ造りを考えさせられるオールドレンズの一つではないかと思いますね。
MADE IN CHINAのマニュアルフォーカスレンズ (中国の会社が発売) が最近多く出回っていますが、既存のオールドレンズ光学系を参考にして開発してきたハズなのに、何も個性を感じられない描写性に見えて特に優れているように感じません。ならば日本の光学メーカーもコスト対比でMADE IN JAPANモデルを投入するのも、カメラボディ側がミラーレス一眼のフルサイズで大飛躍する元年となればメリットもあるのではないかと考えます。日本の某光学メーカーたるコ◉◉のようにバカ高い金額設定にせずとも、昨今のエンジニアリング・プラスティック製カメラボディの品質レベルで充分対応できるのではないでしょうか (もちろん総金属製のほうが良いでしょうが)。
今回のモデルはまさにチープ感しか残らないモデルですが、その吐き出す描写にはシッカリと個性が感じられ、それはそれでロシアンレンズなりにちゃんと仕事をしているのだと思うと、国産メーカーもそろそろ再参入してみては如何ですかと考えたりします(笑)
それこそPetriなんかも双眼鏡を作りつつも、マニュアルなレンズで再参入してきたら即買ってしまいますね!(笑)
無限遠位置 (当初バラす前の位置に合致/僅かなオーバーインフ状態)、光軸 (偏心含む) 確認や絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) と絞り環絞り値との整合性を簡易検査具で確認済です。
↑まずは正規の状態で組み上げてから簡易検査具で光軸確認 (偏心含む) しなければ各部位の組み込みが適切なのかどうか判断できません。
最短撮影距離35cm付近での開放実写ですが、実際は60cmくらい下がって全景を撮っています。ピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に「球部分」にしかピントが合っていません (このミニカーはラジコンカーなのでヘッドライトが点灯します)。カメラボディ側オート・ホワイト・バランス設定はOFFです。
この実写はミニスタジオで撮影していますが上方と右側方向からライティングしています。その関係でフードを装着していない為に絞り値の設定によりハレ切りが不完全なまま撮影しています。一応手を翳していますがハレの影響から一部にコントラスト低下が出てしまうことがあります。しかし簡易検査具による光学系の検査を実施しており光軸確認はもちろん偏心まで含め適正/正常です。
ここまでで問題無く仕上がったので、これからが今回の課題である『Magic BOKEH』への改修です。光学系第3群の貼り合わせレンズを反転させて格納し直します。
ご依頼者様からご教授頂き第3群の反転という処置で『Magic BOKEH』の一つが実現するのだと分かりました。この場を借りてお礼申し上げます。ありがとう御座います!
ご依頼時に教えて頂いたYouTubeのムービーでは、光学系第3群を取り出す時にレンズを叩いて衝撃で第3群を取り出していましたが(笑)、さすがにアレをやってしまうと「光学硝子レンズのコバ端欠け」に陥りかねません (非常に恐ろしい所為です)(笑)
どうしてそんな衝撃を加えて取り出していたのかと言うと、そもそも硝子レンズ格納筒自体までがエンジニアリング・プラスティック製なので、そこに硝子材が入るとなるとキッチリと光路長を確保させる為に少々キツイ寸法で設計しているからだと推測できます。
実際各群の光学硝子レンズを格納する際はだいぶキツイ印象でしたから、そんな手法で光路長確保しているのだと、ある意味「おロシアぁ〜」と感慨深くなりましたが(笑)、衝撃を加えずに光学硝子レンズを取り出さなければ怖いです。
↑第3群を反転させた状態でセットして同一撮影距離位置 (キッチリ60cm) で開放実写した写真です。同じくピント位置はミニカーの手前側ヘッドライトの本当に「球部分」です。ピントの山が確実に分かるので撮影時にはさして苦労せずにピント合わせできますが、撮った写真を見ると何処にピントが合っているのか分からない程に収差の影響が出ています。
それはそうですね、本来「収束」させるべき入射光が第3群の反転で「拡散」してしまい、且つ適正な光路長を逸脱した状況に至っているので、ご覧のとおり焦点距離までズレてしまいました。正規の状態で実写した時と同じ位置のまま三脚撮影しているのですが、画角が変化してしまったのがお分かり頂けると思います (被写体との距離実測60cm)。つまり距離環の印刷距離指標値は既に当てにならなくなっています。
↑絞り環を回して設定絞り値「f2.8」で撮りました。画の四隅は放射状に収差が出ています。
↑さらに回してf値「f4」で撮っています。ミニカーの背景がグルグルと渦を巻いていますね(笑)
↑f値は「f5.6」になりました。収差の影響を受けながらもピント面が明確になってきました。
↑f値「f8」になります。ピント位置は前述のとおりミニカーの手前側ヘッドライトの球ですから、画周辺部の放射状の流れとは裏腹にミニカーは以後の円形状のグルグルが残っている様が明確に出ています。
↑最小絞り値「f16」です。今回のオーバーホール/修理のご依頼、誠にありがとう御座いました。