◎ YASHICA (ヤシカ) YASHICA LENS ML 50mm/f1.7《後期型》(C/Y)
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今回の掲載はオーバーホール/修理ご依頼分に関する、ご依頼者様や一般の方々へのご案内ですのでヤフオク! に出品している商品ではありません。
写真付の解説のほうが分かり易いこともありますが当方の記録データが無かったので (以前のHDクラッシュで消失) 無料で掲載しています (オーバーホール/修理の全行程の写真掲載/解説は有料です)。製造番号部分は画像編集ソフトで加工し消しています。
特に敬遠しているワケではないのですが、市場に出回る頻度が意外と少なく、且つオーバーホール済でヤフオク! に出品してもその作業の対価分を回収できない (つまり赤字) 問題から普段探索していないモデルです。同じヤシカ製でもCarl Zeissのブランド銘が付くモデルは高値で市場取り引きが続きますが、一方製造元のヤシカブランド銘のモデルは地の底を這いずり回っているような価格で推移しています (自動的に当方での扱いも少なくなります)。
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1977年にヤシカが発売したヤシカコンタックス・マウント (C/Y) のフィルムカメラ「YASHICA FR」用のセットレンズとして登場した、標準レンズ『YASHICA LENS ML 50mm/f1.7 (C/Y)』です。
同じヤシカ製のCarl Zeissブランド「Planar 50mm/f1.7 (C/Y)」のほうがもて囃されていますが、その描写性を比較してみるとピント面に関してはほぼ互角に見えます。ところがアウトフォーカス部の滲み方に差が現れるので、確かにPlanarのほうが滲み方に極端な偏りが少ない、どちらかと階調幅が採れている印象のボケ方をします。
然し明暗部や色調のダイナミックレンジなどはほぼ互角なので同じシ〜ンを三脚撮りして等倍鑑賞しない限り見分けが付かないほど近似した描写性を持つモデルだと評価しています。
その極僅かな描写性の相違は光学系の構成を見ると理解できるように思います。右図はこのモデル「YASHICA LENS ML 50mm/f1.7」の構成図ですが5群7枚のウルトロン型です。
一方右図はCarl Zeissの「Planar 50mm/f1.7」ですが6群7枚の後群側を1枚拡張したウルトロン型構成です。
これだけ光学系の設計が違うと相当に描写性に差が生じるのではないかと考えますが、MLのほうが屈折率を稼いで極端に入射光を料理しているのに対し、Planarのほうは徐々に集約させているのがボケ味の相違として現れているようにも見えます。
然し、感心するのはピント面の表現性に関してMLがPlanarに非常に近似した性能にまで上げてきていることです。確かにMLのほうは当時のヤシカにとって (経営難の真っ最中) 利益を損なわないレベルで投入したかったことが垣間見えるのですが、そうは言っても意地があったのかギリギリのところで拘りを以て設計した光学系だったのかも知れません。
その意味で、Planarも確かに手に入れたくなるモデルですがMLは、それはそれで逆手に取って背景ボケの相違を活かした作品作りに活用するのも手ではないかと感じました。と言うのもMLのほうが最短撮影距離50cmなので寄れるのが有難いからです。
上の写真はFlickriverで、このモデルの実写を検索した中から特徴的なものをピックアップしてみました。
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◉ 一段目
ピント面のエッジは基本的に細く出てきますがアウトフォーカス部がすぐに破綻していくのでキレイなシャボン玉ボケの表出は苦手です。Planarに比べてエッジが強調されたまま滲んでいく傾向があるので背景の写り方にクセが残ります。
◉ 二段目
Planarと同様レベルまで背景をトロトロにボカすことも可能なので、背景のボケ方の特徴をむしろメリットとして活用してしまう撮影が一つ考えられます。
◉ 三段目
ブル〜の表現性が素晴らしいのはさすがです。被写界深度も開放f値「f1.7」と欲張っていない分扱い易さに繋がると考えられます (f1.4対比の話)。
【モデルバリエーション】
※オレンジ色文字部分は最初に変更になった諸元を示しています。
銀枠飾り環:あり
銀枠飾り環:無し
↑上の写真は当初バラし始めたときに取り出して撮影したヘリコイド (オス側) です。珍しく製産時の黄褐色系グリースのままだったので過去に一度もメンテナンスされていないように考えます (他の部位も含めての総合的な判断)。上の方のネジ山が赤色っぽくなっているのは「固着剤 (嫌気性)」が全周に渡り塗布されているからですが、販売メーカーはヤシカだとしても製造メーカーは富岡光学なので、当時の富岡光学製オールドレンズ同様に同じ色合いの固着剤 (しかも嫌気性) が使われています。
オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。すべて解体したパーツの全景写真です。
↑ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。内部構造や構成パーツも含め他の富岡光学製オールドレンズと同じ設計思想が窺えますが、このモデル「MLシリーズ」をバラして面食らうのは絞りユニットの制御方法の違いです。
↑絞りユニットや光学系前後群を格納する鏡筒です。このモデルはヘリコイド (オス側) が独立しているので別に存在します。この当時の他の富岡光学製オールドレンズと同じ設計思想ですが、この鏡筒をヘリコイド (オス側) の中にストンと落とし込んで単に締め付け環で締め付け固定する方法を採っていますが、それには理由があり「鏡筒の位置調整で絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) を微調整する」考え方だからです。
この当時の他社光学メーカーで多く採用されていたのは絞りユニット自体の位置調整で絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) を微調整していますが、富岡光学では頑なに鏡筒を丸ごと動かすことで微調整する考え方を踏襲し続けていたようです。従って「富岡光学製」の判断材料の一つになっていますがバラさない限り外見からは一切判定できませんね。
↑6枚の絞り羽根を組み付けて絞りユニットを完成させます。ここまで組み上げてしまえば他社光学メーカーのオールドレンズとまるで同じな印象ですが、実は「MLシリーズ」では絞りユニットの設計が異なっており一般的なオールドレンズとはガラッと違うので「原理原則」が理解できていないと簡単には組み立てできないかも知れません。
↑完成した鏡筒をひっくり返して撮影しました。裏側にはご覧のようにほぼ全ての制御系パーツが密集しています。
一般的な絞り羽根には表裏に「キー」と言う金属製突起棒が打ち込まれており (オールドレンズの中にはキーではなく穴が空いている場合や羽根の場合もある) その「キー」に役目が備わっています (必ず2種類の役目がある)。このモデルではキーは片面に2本集中して打ち込まれています。
◉ 位置決めキー
「位置決め環」に刺さり絞り羽根の格納位置 (軸として機能する位置) を決めている役目のキー
◉ 開閉キー
「開閉環」に刺さり絞り環操作に連動して絞り羽根の角度を変化させる役目のキー
絞り環を回すとことで絞りユニット内部の「開閉環」が連動して回り、刺さっている「開閉キー」が移動するので「位置決めキーを軸にして絞り羽根の角度が変化する (つまり開閉する)」のが絞り羽根開閉の原理です。
また絞り羽根の開閉制御を司る「チカラの伝達」手法として「アーム」が用意されており、
「開閉アーム/制御アーム」の2種類により具体的な絞り羽根開閉動作を実現しています。
◉ 開閉アーム
マウント面絞り連動ピン (レバー) が押し込まれると連動して動き勢いよく絞り羽根を開閉する
◉ 制御アーム
絞り環と連係して設定絞り値 (絞り羽根の開閉角度) を絞りユニットに伝達する役目のアーム
※このモデルでは「連係アーム」としている。
一般的にほとんどのオールドレンズは「f値」を基に設計されている為「位置決め環」側は固定であることが多いですが、中には「t値」の場合もあり「位置決め環/開閉環」の両方が移動してしまう設計もあります (特殊用途向けとしてh値もある)。
◉ f値
「焦点距離/有効口径」式で表される光学硝子レンズの明るさを示す理論上の指標数値。
◉ t値
光学硝子レンズの透過率を基に現実的な明るさを示した理論上の指標数値。
◉ h値
レンコン状にフィルター (グリッド環) を透過させることで具体的な明るさを制御するf値。
今回のモデル「ML 50mm/f1.7」では何とこの「t値」を採用しているオールドレンズと同じように「位置決め環」側まで一緒に回ってしまう設計を採っているので、開閉環と一緒に2つとも動いてしまいます。従って開閉アームがどのような動きをすると絞り羽根が閉じて/開くのか「原理原則」を理解している人でないと、このモデルの絞りユニットを正しく制御できるよう組み上げられません (実際今までに数本バラした後に組み立てられずに修理のご依頼を受けています)。
この中で上の写真「カム」がなだらかなカーブ部分に突き当たることで絞り羽根の開閉角度が決定しますが、一般的なオールドレンズではこの「なだらかなカーブ」の麓が「最小絞り値側」にあたり登り切った頂上が「開放側」なのですが、このモデルでは逆です。つまり上の写真では麓部分に「カム」が突き当たっているので「開放時」として撮影しています。
さらにこのモデルで厄介なのは、そもそもC/Yマウントの規格として絞り羽根の開閉原理を逆に設計しているが為にこのような変わった制御方法を採っていることが絞り羽根開閉の動き方 (制御方法) を逆にしています。
↑同じく鏡筒の別の側を撮影していますが「位置決め環」にも「棒ばね」が刺さっていて動くように設計されていることが判ります。一方「開閉アーム」が備わっている「開閉環」側は当然ながら絞り羽根の角度を変更している役目なので絞り環操作に伴い動きますから、結果2つとも動いていることになるワケですね。ちなみに「連係アーム」は絞り環との連絡環に接続して絞り環操作と連係します。
なお、このモデルが富岡光学製である「証」が上の写真「開閉幅調整キー」の存在であり、前述のとおりこの鏡筒自体の位置調整で絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) を微調整しています (他社光学メーカーでこの方式で開閉幅の微調整をしている会社は海外も含めてありません)。
つまり富岡光学製オールドレンズは、光学系をセットして最後まで組み上げてから絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) を検査して、その微調整をする場合は再びバラして鏡筒を (取り出して) 動かす必要があり、サービスレベルで考えるとあまり褒められる考え方ではありません。
↑このモデルではヘリコイド部 (ヘリコイド:オスメス) と距離環やマウント部が組み付けられる基台とが分離している設計を採っています。上の写真はヘリコイド部のベース側です。
↑真鍮製のヘリコイド (メス側) を無限遠位置のアタリを付けた場所までネジ込みます。最後までネジ込んでしまうと無限遠が出ません (合焦しません)。
↑ヘリコイド (オス側) をやはり無限遠位置のアタリを付けた正しいポジションでネジ込みます。このモデルでは全部で7箇所のネジ込み位置があるので、さすがにここをミスると最後に無限遠が出ず (合焦せず) 再びバラしてここまで戻るハメに陥ります。
↑この状態でひっくり返して撮影しました。「直進キー」が両サイドに刺さることで距離環を回す「回転するチカラ」を鏡筒が前後動する「直進するチカラ」に変換されます。
↑ようやく基台が出てきました。絞り環と連係する「連係環」をセットします。
↑基台をヘリコイドのベースに組み付けます。絞り環との接続アームがこのように出てきます。
↑撮影するのを忘れてしまいましたが、富岡光学製である「証」がもう一つあります。
絞り環側に「鋼球ボール+スプリング」がセットされますが、カチカチとクリック感を実現する為には鋼球ボールが填り込む「溝」が必要です。その「溝」は絞り値に見合う箇所に用意されますが、富岡光学製オールドレンズでは「指標値環」側に用意しているので指標値環の固定位置がズレるとクリック位置と絞り指標値とがズレたまま駆動することになってしまいます。
つまり「指標値環の位置調整」が必須になる考え方を採っているのが富岡光学製の「証」です。他社光学メーカーでは基台側に鋼球ボールを埋め込むか、或いは「絞り値キー (溝)」を用意するのが海外も含めて一般的なので富岡光学製オールドレンズの独特な設計です。
例えば富岡光学製の「M42マウント」オールドレンズではマウントカバー側に「絞り値キー (溝)」を用意しているので、ほとんどのモデルでマウントカバーがイモネジ (ネジ頭が無くネジ部にいきなりマイナスの切り込みを入れたネジ種) 3本で締め付け固定になります。理由は前述のとおりクリック感と絞り環の刻印指標値とがピタリと一致しないとダメなので、その微調整をする目的でイモネジ固定しています (A/Mスイッチ付モデルでも同じ)。
従って、富岡光学製であるか否かの明確な「証」はバラせば一目瞭然であり設計思想が判明すれば自ずと富岡光学製であると判定できてしまいます。
なお、上の写真では鏡筒をヘリコイド (オス側) の中にストンと落とし込んでから「締め付け環」で締め付け固定しているのを撮っています。
↑ほとんどの制御系パーツが鏡筒裏側に一極集中しているのでマウント部内部には絞り羽根の開閉機能だけしか存在しません。
↑外していたパーツも当方による「磨き研磨」を施し経年の酸化/腐食を除去してセットします。
↑距離環を仮止めしてから光学系前後群をセットして無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅の確認 (解説:無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅確認についてで解説しています) をそれぞれ執り行い、最後にフィルター枠とレンズ銘板をセットすれば完成です。
ここからはオーバーホールが完了したオールドレンズの写真になります。
↑マルチコーティングなので美しい光彩を放っています。「後期型」モデルなので距離環や絞り環などに「銀枠飾り環」がありません。こちらのモデルのほうが品格を感じると言うか、このモデルでの「銀枠飾り環」意匠は少々好き嫌いが分かれるかも知れません (銀枠が多すぎ)(笑)
↑光学系内の透明度が非常に高いのですがCO2溶解に拠る点キズが数点残っているのと、残念ながら後玉表面側にカビ除去痕が相当残っています。
↑上の写真 (3枚) は、光学系前群のキズの状態を拡大撮影しています。すべて極微細な点キズを撮っていますが微細すぎて全部写りませんでした。
↑後群側は肝心な貼り合わせレンズ (2枚の光学硝子レンズを接着剤を使って貼り合わせてひとつにしたレンズ群) の透明度が高いのですが後玉の表面にご覧のようなカビ除去痕が相当残っています。
↑上の写真 (3枚) は、光学系後群のキズの状態を拡大撮影しています。すべて極微細な点キズを撮っていますが微細すぎて全部写りませんでした。
当方のデータでは「前期型」も合わせると今までに8本オーバーホールしていますが、その中で後群側にカビ除去痕が生じていなかったのは2本だけです。
ここからは鏡胴の写真になりますが経年の使用感をほとんど感じさせない個体です。当方による筐体外装の「磨きいれ」を施したので大変落ち着いた美しい仕上がりになっています (もちろんエイジング処理済)。
↑塗布したヘリコイドグリースは黄褐色系グリースの「粘性:中程度」を塗りました。このモデルのピントの山がアッと言う間なのでワザと僅かに重めになるトルク感に仕上げてあります (とは言ってもピント合わせは極軽いチカラで微動できます)。トルク感は「普通」人により「重め」に感じ「全域に渡り完璧に均一」でシットリした操作性を実現しています。
↑もともと生産数自体が少ないのであまり頻繁に市場に流れませんが、たいして評価が高くないのかオーバーホールしても作業代分回収できないのでヤフオク! に出品することは少ないです。後玉のカビ除去痕が残念ですが薄いので写真には一切影響しません。
無限遠位置 (当初バラす前の位置に合致/僅かなオーバーインフ状態)、光軸 (偏心含む) 確認や絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) と絞り環絞り値との整合性を簡易検査具で確認済です。
↑当レンズによる最短撮影距離50cm付近での開放実写です。ピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に「球部分」にしかピントが合っていません (このミニカーはラジコンカーなのでヘッドライトが点灯します)。カメラボディ側オート・ホワイト・バランス設定はOFFです。
なお、この実写はミニスタジオで撮影していますが上方と右側方向からライティングしています。その関係でフードを装着していない為に絞り値の設定によりハレ切りが不完全なまま撮影しています。一応手を翳していますがハレの影響から一部にコントラスト低下が出てしまうことがあります。しかし簡易検査具による光学系の検査を実施しており光軸確認はもちろん偏心まで含め適正/正常です。
↑絞り環を回して設定絞り値「f2」で撮影しました。絞り環刻印指標値は「・」です。