◎ Heinz Kilfitt München Kilar 135mm/f3.8(Leica VISOFLEX M39)
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今回の掲載はオーバーホール/修理ご依頼分のオールドレンズに関する、ご依頼者様へのご案内ですのでヤフオク! に出品している商品ではありません。写真付の解説のほうが分かり易いこともありますが、今回に関しては当方での扱いが初めてのモデルでしたので、当方の記録としての意味合いもあり無料で掲載しています (オーバーホール/修理の全工程の写真掲載/解説は有料です)。オールドレンズの製造番号部分は画像編集ソフトで加工し消しています。
今回オーバーホール/修理を承ったモデル『Heinz Kilfitt München Kilar 135mm/f3.8 ○○○ (Leica VISOFLEX M39)』は今までに当方での扱いが無く今回が初めてのオーバーホールになります。
開発設計者は「Heinz Kilfitt (ハインツ・キルフィット:1898-1973)」で戦前のドイツ、バイエルン州 München (ミュンヘン) の Höntrop (ハントロープ) と言う町で1898年に時計店を営む両親の子として生まれます。時計職人の父親に倣い自身も時計の修理や設計などを手掛けていましたが、同時に光学製品への興味と関心からカメラの発案設計も手掛けていました。
Kilfittは27歳の頃に発案したゼンマイ仕掛けによる自動巻き上げ式カメラ (箱形の筐体にCarl Zeiss Jena製Biotar 2.5cm/f1.4レンズを実装したフィルムカメラ) のプロトタイプに関する案件をOtto Berning (オットー・ベルニング) 氏に売却します。このカメラは後の1933年にはより小型になりカメラらしい筐体となって世界で初めての自動連続撮影が可能なフィルムカメラ「robot I」型 (ゼンマイ式自動巻き上げ機構を搭載した 24x24mm フォーマット) としてオットー・ベルニング社から発売されています。ネット上の解説では、このフィルムカメラ「robot I型」の設計者がHeinz Kilfittであると解説されていますが、正しくはKilfittの案件を基にオットー・ベルニング社が小型化してカメラらしいフォルムにまとめ上げて開発設計したので少々異なります。この案件売却の資金を基にKilfittは長い間温めていた光学レンズの試作製造を実現するためにミュンヘン市の町工場を1941年に買い取り試作生産を始めています。
大戦後の1947年には隣国のリヒテンシュタイン公国首都ファドゥーツ (Vaduz) にて、念願の光学製品メーカー「Kamerabau-Anstalt-Vaduz (KAV)」を創業し様々な光学製品の開発・製造販売を始めました・・会社名は日本語に直訳すると「ファドゥーツ写真機研究所」になります。Kilfitt の会社は後に「Heinz Kilfitt」「Kilfitt」と社名を変更し1960年には念願の生まれ故郷である旧西ドイツのMünchenに会社を移し「Heinz Kilfitt München」と社名を変更しました。その後1968年にはアメリカのニューヨーク州ロングアイランドで会社を営むFrank G. Back博士に会社を売却し引退してしまいます。Kilfitt引退後に社名は「Zoomar」(商品名もMakro-KilarからZoomatarに変わっています) に変わり終息しています・・その意味ではKilfittが在籍中の会社名には自身の名前が使われていたワケですね。
ちなみに会社売却先のFrank G. Back博士は有名な現代物理学の父とも呼ばれるノーベル物理学賞受賞のアインシュタイン博士の友人でもあり、2人はこぞってKilfittが造り出す光学機器に高い関心を抱いていたようです (特に光学顕微鏡など)。
今回のモデル『Heinz Kilfitt München Kilar 135mm/f3.8 ○○○ (Leica VISOFLEX M39)』はレンズ銘板に「Heinz Kilfit München」の刻印があるので、まさしく生まれ故郷のミュンヘンに戻ってきた1950年〜1961年に生産された個体と推測できます (後に社名はKilfitt Münchenに変わります)。
光学系は典型的な3群3枚のトリプレット型ですがレンズ銘板にも「○○○」と刻印されているように厳密に色収差などを補正したアポクロマートレンズになります・・現在のデジタルな世界では色の三原色は「RGB (赤緑青)」であり、その組み合わせと輝度で総天然色を表示していますが、当時は「青赤黄」の三原色を採っていました (最近の液晶テレビでは赤緑青黄の4原色を採ってきています)。当然ながらアポクロマートレンズは非常に高価な製品だったようですが描写性能の高さが実写にも表れていますね。枚数は少ないですがFlickriverにてこのモデルの実写を検索してみましたが大変リアルで違和感を感じない描写性能です。
オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。すべて解体したパーツの全景写真です。
↑ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。おそらく、このモデルの解体写真などはネット上の何処を探しても見つからないと思いますがバラすには相当な観察力が必要になります。
今回のご依頼内容は同じモデルを2本用意して、構成パーツを交換するニコイチになりますが、予想に反して相当ハードな作業になってしまい丸2日間を要してしまいました。
- 筐体:C (筐体使用の個体:絞り環とプリセット絞り環が異常に硬い)
- 筐体:D (光学系を使用する個体:絞り環とプリセット絞り環の間に隙間有り)
・・全く同一のモデル2本が上記のように用意されており互いに光学系を入れ替えるような作業になります。
↑絞りユニットや光学系前後群を格納する鏡筒です。このモデルは鏡胴が「前部」と「後部」に二分割するのでヘリコイド (オスメス) は鏡胴「後部」のほうに配置されています。
↑16枚もある絞り羽根を組み付けて絞りユニットを完成させます。筐体のC・D共に絞りユニットの絞り羽根には油染みが生じており、且つ赤サビまで出ていましたのでキレイに清掃を施しサビ取りも行いました・・上の写真で絞り羽根が汚れているように写っていますがサビ部分が汚れのように見えてしまいます (汚れ自体はキレイになっています)。16枚もの絞り羽根を使っているので大変キレイな真円に近い「円形絞り」を実現しています。
絞りユニットを固定しているのはシンプルに「C型留め具」で押さえつけているだけなのですが、これが問題で「筐体:C」のほうでは鳴きが出てしまいました。当方による「磨き研磨」を一通り終わらせていたのですが、当初バラした直後には絞りユニット内にもグリースが塗られていたので鳴きが出ていなかったのかも知れません。仕方ないので「C型留め具」部分に極微量のグリースを塗布して鳴きを改善させました (筐体:Dには鳴きが発生していません)。
↑こちらの写真は「絞り環」になります。2本共に清掃時には刻印されている赤色の絞り値が、数字がそのままの状態で浮き上がり剥がれてしまいました・・つまり過去のメンテナンス時に2本共に着色されていたようです。従って、今回のオーバーホールでは当方による着色を2本共に実施しています (上の写真は着色後の状態を撮っています)。
↑まずは絞り環にプリセット絞り環を組み付けます。このモデルはプリセット絞り機構を装備しておりプリセット絞り値はクリック感を伴う操作性になっています。ところが「筐体:D」のほうのプリセット絞り環には隙間が空いており実装している鋼球ボールが丸見えになっています。本来は上の写真のように絞り環とプリセット絞り環が互いに近接している状態が正しい組付けになります。
実は、絞り環とプリセット絞り環との間に隙間が生じてしまうと鏡胴「前部」を鏡胴「後部」に組み付けた時に問題が出てきます。従って、仕方ないので筐体:Dのほうは空いている隙間を可能な限り解消させる処置を施しました・・具体的には、プリセット絞り環はネジ込まれる組み付けになるのですが、鋼球ボール1個分の処でネジ山が噛んでしまいます。従って、今回はムリなチカラ (強いチカラ) を架けて5mmずつネジ込んでいく作業を延々と執り行い何とか近接する場所までプリセット絞り環をネジ込みました。
結果、筐体:Dのプリセット絞り値設定操作はカチカチとクリック感を伴う操作性なのですが少々重めのシッカリした操作感になっています。逆に、筐体:Cのほうはスムーズなプリセット絞り値設定操作になっています。
↑プリセット絞り環用の制限環と言う、プリセット絞り環の駆動範囲を確定させている環を組み付けます。上の写真のように3つの環を使ったプリセット絞り機構を装備しているのが今回のモデルになるワケです。
↑この状態でひっくり返して撮影しました。黒色のメクラ蓋でプリセット絞り機構部が目隠しされています。
↑光学系後群 (と言ってもトリプレット型なので硝子レンズは1枚だけですが) を組み付けます。
↑再びひっくり返して今度は光学系前群 (第1群:前玉〜第2群) を組み付けます。これで鏡胴「前部」が完成したことになるので (実際は最後にラバー製ローレット/滑り止めを貼り付けます)、この後は鏡胴「後部」の組み立てに入ります。
↑こちらはマウント部 (Leica VISOFLEX M39のスクリューマウント) ですが指標値環を兼ねており内側にはヘリコイド (メス側) のネジ山が切られています。
↑ヘリコイド (オス側) を無限遠位置のアタリを付けた正しいポジションでネジ込んでから距離環をセットします。ここの工程はスミマセン・・企業秘密なので工程を飛ばして鏡胴「後部」が完成した状態で撮っています(笑)
この後は完成している鏡胴「前部」をネジ込んで無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅の確認をそれぞれ執り行えば完成です。
ここからはオーバーホールが完了したオールドレンズの写真になります。
↑結局、ご指示どおりの仕上がりにはしませんでした・・申し訳御座いません。いえ、一度はご指示どおりに仕上げたのですが、以下にご案内する問題から、どうしても納得がいかずに再び2本ともバラして一からやり直した次第です・・それで2日目の作業も必要になってしまいました。
オーバーホールが終わって問題だと考えたのは、距離環のトルクと絞り環の操作性との関係です。今回のオーバーホールで塗布したヘリコイド・グリースは黄褐色系グリースの「粘性:重め」を使いました。当方で用意しているグリースの粘性では、これ以上重くすることができませんし、このモデルはピントの山が掴みにくいので、これ以上重くしても却って使い辛くなると思います。
ところが距離環のトルク感に対して絞り環を回す際のトルクが2本で異なってしまったのです (以下、最初に仕上げた時の状態です)。
- 筐体:C
距離環を回すトルクよりも絞り環を回す際のトルクのほうが重くなっている。 - 筐体:D
絞り環のほうが距離環よりも軽いトルクで回ってくれる。
・・これはどんな問題が生じてくるかと言うと、距離環でピント合わせをした後に絞り環を回して絞り値を確定させるのに「筐体:C」は絞り環を回した途端に距離環が動いてしまいピントがズレてしまうのです。従って「筐体:C」のほうでは逆の操作でピント合わせをするしか手がありません・・具体的には絞り値を最初に決めてセットした状態でピント合わせを行う操作になります。なお、ご指示により光学系は丸ごと一式を「筐体:D」→「筐体:C」に移植しています。
結果、本来の趣旨とは全く逆の仕上がりになってしまい本来ベストな状態であるべき「筐体:C」の「操作性が悪い」ことになってしまったのです。一方残った個体であるハズの「筐体:D」のほうが「操作性から考えると使い易い」と言う結末です・・これではあべこべです。
実は、こんな結果になるとは予測していなかったので先に「筐体:D」を造り上げてしまった次第です。鏡胴「前部」をネジ込む際に固着剤を注入してネジ込んでしまいましたし、光学系前群は「●」マーカー位置がズレていたので、こちらも固着剤を入れてしまったワケです。
後の祭りで後悔しても始まりません・・仕方ないので溶剤を何度も何度も流し込んで再び固着剤を除去して解体した次第です。
再び完全解体までバラして再度オーバーホール (2本共に筐体外装の磨きいれ実施) を行い仕上げた状態が以下になります。
- 筐体:C
距離環と絞り環のトルク環は改善できず、光学系を丸ごと当初の状態 (クモリあり/フィルター枠変形) に戻しました。 - 筐体:D
操作性ではベストな状態なので光学系を当初の状態 (キレイなヤツ) に戻しました。
・・結果、筐体外装は2本共に綺麗な状態にしました。光学系がキレイでフィルター枠も変形しておらず、且つ操作性が良いのは「筐体:D」のほうになります。「筐体:C」がご指示に反して「残りモノ」になっています。従って、上の写真は「筐体:D」のほうの写真になっています。この件、ご指示どおりに仕上げていないので、もしもご納得頂けない場合は必要額を減額下さいませ。申し訳御座いません。減額のMAX額は「無償扱い」までとさせて頂きます。
↑光学系内の透明度が非常に高くLED光照射でもコーティング層の経年劣化に拠る極薄いクモリすら「皆無」です。もちろんフィルター枠は変形していないほうです。なお、もう一方「筐体:C」のフィルター枠は光学系前群を取り外せないので変形を修復しています (内外周に凹凸状態の複雑な変形なので真円状態までは回復できていません)。このフィルター枠の変形修復結果について、もしもご納得頂けないようでしたら減額対象として下さいませ。スミマセン。
↑光学系後群もカビ除去痕なども無く大変キレイな状態です。もう一方の「筐体:C」はクモリが酷い前玉とカビ除去痕が多い後玉になっています (つまり当初の状態です)。
↑16枚の絞り羽根は、2本共にサビ取りまで行いましたので確実に駆動しています。
ここからは鏡胴の写真になります。結局、2本共に当方による筐体外装の「磨きいれ」を実施することになったので、2本共大変キレイな状態に仕上がっています。
↑塗布したヘリコイド・グリースは前述のとおり「粘性:重め」の黄褐色系グリースを塗っていますが、操作性の関係から「筐体:C」のほうの距離環トルクを僅かにワザと重めに仕上げています (それでも絞り環を回すと距離環が動きます)。
またプリセット絞り環の操作性は逆に「筐体:C」のほうが軽い印象です (筐体:Dは少々重め) が、絞り環を回すトルクが重いので「筐体:D」と入れ替えができません・・入れ替えると2本共にベストではなくなってしまうため。上の写真は「筐体:D」のほうを撮っています。
↑完璧なオーバーホールが完了した「筐体:D」になります。唯一プリセット絞り環の操作が少々重め (シッカリした感じ) なのですが違和感までには至っていません。その代わり、ピント合わせは楽にできますし光学系も透明度が高く筐体外装もキレイにしました。「筐体:C」も見た感じでは全く同じ状態なので大変キレイです。
↑当レンズによる最短撮影距離1.5m附近での開放実写です。ピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に「球部分」にしかピントが合っていません (このミニカーはラジコンカーなのでヘッドライトが点灯します)。
↑絞り環を回して設定絞り値をF値「f5.6」にセットして撮影しています。
↑最小絞り値「f32」での撮影です。今回のオーバーホール/修理ご依頼、誠にありがとう御座いました。