◎ CARL ZEISS (カールツァイス) Distagon 25mm/f2.8 HFT(M42)

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DT2528レンズ銘板

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今回の掲載はオーバーホール/修理ご依頼分のオールドレンズに関する、ご依頼者様へのご案内ですので、ヤフオク! に出品している商品ではありません。写真付の解説のほうが分かり易いこともありますが、今回に関しては当方での扱いが初めてのモデルでしたので、当方の記録としての意味合いもあり掲載しています (オーバーホール/修理の全工程の写真掲載/解説は有料です)。

1970年にRolleiから発売されたフィルムカメラ「SL35」用の交換レンズ群として用意された広角レンズで、1970年〜1991年まで生産されていたようです。モデルとしては少ない、珍しい「25mm」の焦点距離ですが、光学系は7群8枚のレトロフォーカス型になります。

今回の個体は旧西ドイツCarl Zeissから発売された「Distagon 25mm/f2.8 HFT」で、「Lens Made in West Germany」の刻印がされています。そもそも西ドイツ側のオールドレンズの知識があまり無いので、詳しくは分かりませんが、この「M42」のモデルの他に、Rolleiの「QBM (Quick Bayonet Mount)」のモデルもあったようです。またVoigtländerからは「Color-Skoparex」の名称でも発売されたようですが、詳しいことは分かりません。

今回オーバーホールのためにバラしたところ、内部の構造化はそれまでのCarl Zeiss製オールドレンズの構造化を踏襲しており、特に絞りユニットの「絞り羽根制御環」の「アーム」は「プレスして用意されただけ」と言う、とても貧弱で弱く薄い板状です。それ故に、Carl Zeissのオールドレンズで「絞り羽根が正しく動かない」と言う個体がオークションでも時々出回っていますが、単なる絞り羽根の油染みの「粘り」だけで、このアームが変形してしまっている個体が多いのが現実です。下手をすれば、プレスにより直角に曲がっている箇所が既に限界に達しており、補強しなければ絞り環を回しただけで「またすぐに変形してしまう」個体を過去に手掛けており、要注意の不具合になります (単純に絞り羽根の清掃だけでは改善できない)。

下の写真は全景パーツの写真の中から、問題の「絞り羽根制御環」を切り出して加工した写真です (加工が汚いですが)。

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今回の個体は、僅かに「絞り羽根の油染み」が生じていましたが (つまり絞り連動ピンの押し込みで絞り羽根の動きが緩慢な状態)、このアーム部分は正常な状態をキープしており、すんなりと整備作業が進みました。

DT2528仕様

 

DT2528レンズ銘板

今回オーバーホールのためにバラしたところ、光学系前群の第2群のコーティング層にビッシリとカビが生えていました・・。

DT2528(0221)11なかなかキモイ状態ですが・・コーティング層に侵入しているカビです。外周部から中心部に向かって徐々に侵攻していったのが分かる生え方です。当初、光学系内を順光目視しても気づかず (見えず)、さらにLED光照射でもこのカビは視認できていませんでした。上の写真は、ワザと光に反射させて撮影しています。ひと言で「カビ」と言っても、視認できるカビとそうではない場合とがありますね。

オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。

すべて解体したパーツの全景写真です。

DT2528(0221)12ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。

構成パーツの中で「駆動系」や「連動系」のパーツ、或いはそれらのパーツが直接接する部分は、すでに当方にて「磨き研磨」を施しています (上の写真の一部構成パーツが光り輝いているのは「磨き研磨」を施したからです)。「磨き研磨」を施すことにより必用無い「グリースの塗布」を排除でき、同時に将来的な揮発油分による各処への「油染み」を防ぐことにもなります。また各部の連係は最低限の負荷で確実に駆動させることが実現でき、今後も含めて経年使用に於ける「摩耗」の進行も抑制できますね・・。

DT2528(0221)13絞りユニットや光学系前後群を格納する鏡筒 (ヘリコイド:オス側) です。光学系が7群8枚のレトロフォーカス型ですが、それほど大玉ではないので鏡筒もコンパクトです。

DT2528(0221)146枚の絞り羽根を組み付けて絞りユニットを完成させました。

DT2528(0221)15この状態で鏡筒をひっくり返して撮影しています。このモデルでは、機構部として重要な部位がこの鏡筒の裏側に集中しています

問題の「アーム」は、ここでは鏡筒から飛び出ている「絞り羽根開閉アーム」です。絞り連動ピンや絞り環の設定絞り値との連係で、このアーム部分は頻繁に動かされます。

右横には「直進キー用ガイド (コの字型)」の溝も用意されており、ここが滑らかに直進キーと接していないと、距離環のトルク感が重くなってしまいます。

3つ目は、奥の「絞り羽根開閉幅制御環」です。絞り環を回すことで設定絞り値にセットした際に、絞り羽根の開いたり閉じたりの「具体的絞り羽根の角度」を決めている場所になります。

つまり、「距離環の回転」「絞り環の回転」「絞り連動ピンの押し下げ」と言う「3つの動き」との連係部分がすべてこの鏡筒の裏側に一極集中させた考え方で作られています。これは理に適っているように見えますが、実は一箇所に集中させてしまったことによって、非常に調整が難しくなっています。

何しろ、この鏡筒を内部に組み付ける際には、一度に「3箇所」との連係をさせないとイケマセン。さらにこの3箇所の調整は「互いに負荷を及ぼし合っている箇所」でもあります。1箇所を調整して変えることで、他の部分が影響してきます。

従って、理に適っているように見えて実はメンテナンス性が非常に悪い考え方で作られているのが、Carl Zeiss製オールドレンズです・・スマートな考え方ではありませんね。

DT2528(0221)16距離環やマウント部を組み付けるための基台です。写真ではボケてしまっていますが、Carl Zeiss製オールドレンズの「ヘリコイドのネジ山」は、とても細かくてネジ山数が多く、他社光学メーカーにはない特徴のひとつです。この「細かいネジ山」なのが、経年を経た現在になって様々なトラブルの要因になっています。何十年も使用されるコトを想定していなかったのではないでしょうか? それは次の写真の「ヘリコイド:メス側」でも判ります・・。

DT2528(0221)17当然ながら、同じように「細かいネジ山」のヘリコイド (オス側) なのですが、何と同じ「アルミ合金材削り出し」なのです。他社光学メーカーでは「真鍮製」を使っていることが多いですね・・材質を変えるコトでネジ山の噛み付を防いでいます。このヘリコイド (メス側) を格納するネジ部に関しては、Carl Zeiss製オールドレンズには残念ながらそのような対処が施されていません。

ヘリコイド (メス側) を無限遠位置のアタリを付けた場所までネジ込みます。最後までネジ込んでしまうと無限遠が出ません (合焦しません)。このモデルには「無限遠位置調整機能」が備わっているので、ここでは大凡のアタリで構いません。

DT2528(0221)18鏡筒 (ヘリコイド:オス側) を無限遠位置のアタリを付けた正しいポジションでネジ込みます。このモデルでは全部で13箇所のネジ込み位置があるので、ここをミスるとさすがに無限遠が出ない (合焦しない) ので要注意です。

DT2528(0221)19こちらの写真はマウント部 (ベース環) 内部の写真です。既に当方により「磨き研磨」が終わっている状態を撮影しています。また各連動系・連係系パーツも外しており、それらのパーツも当然ながら「磨き研磨」を念入りに行います。特にCarl Zeiss製オールドレンズの場合、前述の鏡筒の裏側に一極集中している問題がありますから、シッカリと事前の手入れを行い「平滑性」を確保しておかなければなりません。グリースを塗ったくってもどうにも改善できません (そのようなメンテナンスをされてしまった個体は多いですが)。

上の写真で絞り連動ピンの横には、連動パーツが入りますし、直進キーは前述の「ガイド (コの字型)」に填ります。そして、手前の「壁がない部分」には絞り環の連係アームが入り、絞り環を回す範囲の部分の「壁」が無いワケですね。

このように3方向から連係パーツが鏡筒に向かって用意されているのがCarl Zeiss製オールドレンズの内部構造です。もちろん絞り連動ピンの位置調整ができるように固定ネジにはマチ (僅かな隙間) が用意されていますし、直進キーの固定ネジも同じです。絞り環の連係アームも調整ができるようになっており、前部で3箇所の調整が絡み合っているワケですね・・とても厄介な構造です。

DT2528(0221)20写真では、アッと言う間に「絞り環」と前述の「マウント部 (ベース環)」を組み付けてしまっています(笑)

絞り環の操作はクリック感を伴う操作性ですから「鋼球ボール+マイクロ・スプリング」が存在します。しかし、その鋼球ボールはマウント部のベース環を組み付ける際にセットすることしかできないので、実際には鏡筒の「3箇所の噛み合わせ」と同時に「鋼球ボールのセット」まで同時に行わなければならず、さすがに順番に撮影している余裕などはありません(笑)

5本の「指」を上手く使って、瞬時にこれらの作業を行わないとスプリングに押されて「鋼球ボール」が飛び出してしまいます・・なかなか容易にはクリアできないステージです(笑) Carl Zeiss製オールドレンズのメンテナンスに於ける最大の難関は、この工程になりますね・・。

さらに問題なのは、この段階でしか「絞り羽根の開閉幅」を調整できないのが、やはりCarl Zeiss製オールドレンズの仕組みです。この後「マウント」をセットしますが、マウントをセットしてしまうと一切絞り羽根の開いたり閉じたりの開口部の大きさは調整ができません。他社光学メーカーでは、この点もよく考えられており、大抵は鏡筒の内部 (つまり前玉側から) 調整できるようになっており、メンテナンス性はいいです。

DT2528(0221)21絞り羽根の開閉幅の調整が終わり、マウントのプレートをセットしました。この後は距離環をセットして光学系前後群を組み付けるのですが、もう気持ちの上では無限遠位置確認も、その他の確認も一切したくはない状況です(笑) 何しろCarl Zeiss製オールドレンズは面倒くさいので、好きではありません・・(笑)

DT2528(0221)22距離環を仮止めして、光学系前後群を一旦仮でセットしてから無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅の確認をそれぞれ執り行い、調整が済んだら光学系をまた外して距離環を本締めして固定します。このモデルでは、光学系前群をセットしてしまうと距離環を固定できないのです。

DT2528(0221)23ちなみに、冒頭で「カビだらけ」だった光学系第2群は上の写真のようにキレイになりました(笑) キレイになったので、写真ではレンズの表面が分かりにくいですが、ちゃんとレンズを写しています。しかし、コーティング層に侵入していたカビですからカビ除去痕が残っていますので、光に反射させたりしてよ〜く観察すると「コーティングのムラ」のような模様が所々に見えます。カビの侵入箇所のコーティング層が既に剥がれているので「ムラのように見える」ワケです。

よくオークションでも「コーティングムラあり」などと言うコトバで記載されていますが、そもそも生産時にコーティング層の蒸着をする際に「ムラ」が生じているハズなどありませんね(笑) コーティング自体は本来は均一だったのですが、経年の劣化で浮き上がっていたり、今回のようなカビ除去痕だったり、そのような問題でコーティングが剥がれてしまい (消失してしまい) 「ムラのように見える」のが正しい理解になります。

従って、経年劣化でコーティング層が弱くなっていた場合には、清掃しただけで剥がれてしまい「ヘアラインキズ」或いは「引っ掻きキズ」のように「線状の痕」が残ってしまいます。これを指して「キズがある」と言ってくる人が希にいらっしゃいますが、レンズを清掃したらコーティング層が剥がれてしまい付いてしまったキズだと説明しても「元々無かったキズだ!」の一点張りでご納得頂けない方もいらっしゃいます。そのようにクレームされれば、当方は作業料を一切頂けませんから「タダ」になります・・その手もありますよ(笑)

当方には、光学系ガラスを研磨したり、コーティング層を再蒸着するような「設備」など個人ですから「ありません」ので、オーバーホールに出してレンズにキズが付いて返ってくるのは納得いかない・・と思われる方は、当方にはご依頼されないほうがいいと思います。

何度も言いますが、それら設備が整っている「プロのカメラ店様」や「修理専門会社様」にご依頼下さいませ。当方の技術スキルは本当に低いです・・。

なお、今回の個体に関しては、カビ除去痕が「コーティングのムラのように見える」レベルで残っているとは言っても、それは光学系第2群のお話ですから、写真には一切影響を与えません。ご安心下さいませ。

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ここからはオーバーホールが完了したオールドレンズの写真になります。

DT2528(0221)1あまり見聞きしないモデルですが、珍しいのでしょうか? 「Distagon 25mm/f2.8 HFT」ですが、レンズ銘板に「HFT」が刻印されているのはCarl Zeiss製のモデルとして考えると珍しいような気もするのですが・・どうなのでしょうか。知見がありません。

DT2528(0221)2こちらの個体も、光学系内部は非常に透明度が高い状態をキープしています。素晴らしいですね・・。

DT2528(0221)9光学系後群の内部には極微細な薄いヘアラインキズや極微細な点キズなどもありますが、すべて写真への影響を及ぼさないレベルです。せっかくなので、マウント面もピカピカに磨き上げています・・。

DT2528(0221)3当初動きが緩慢だった絞り羽根は、キレイになり確実に駆動しています。当初の確認では、開放時に絞り羽根がほんの僅かだけ顔を出していましたが (つまり前回のメンテナンス時で絞り羽根開閉幅の調整が合っていなかった)、今回適正値に戻してあります。

ここからは鏡胴の写真になります。どうしても「光りモノ」に弱いタチなので、距離環や絞り環のローレットにある「クロームメッキ仕上げの銀枠飾り環」も一生懸命磨いてしまいました・・(笑) とても美しく光り輝いています。

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DT2528(0221)7その他鏡胴も「磨き」を入れてあるので、シッカリした美しさになっています。

使用したヘリコイド・グリースは、基台側に「粘性:中程度」を使い、ヘリコイドオスメス側には距離環の駆動範囲が狭いことから「粘性:重め」を塗布しています (ピント合わせのし易さを優先した結果です)。滑らかなトルク感になり、トルクもほぼ均一に仕上がっています。

当初ガチャガチャしていた絞り環は、マウント部のベース環を固定の際に「黒色の飾り環」を固定していなかったからなので、今回はシッカリ固定しました。結果、絞り環のガタつきは完璧に解消されております。絞り環操作もとても軽いチカラで操作できるようになっていますが、既に内部の鋼球ボールが当たる箇所 (絞り値キーの穴) が経年で摩耗しており、少々クリック感は「軽め」の印象です。もちろん撮影時に支障を感じるお話ではありません。

総じてシッカリとした確実な動作が行えるように仕上がったと思います・・。

DT2528(0221)8デザイン的には、このSL用のモデルの意匠が好きなんです。やはり銀枠飾り環が高品位で美しいですね・・好きなモデルです。好きなのと整備をしたいのとは、同一にはなりませんが(笑)

DT2528(0221)10当レンズによる最短撮影距離25cm附近での開放実写です。少々色合いがコッテリ系なのでしょうか? コントラストも相応に高めのような気がします・・しかし、ピントの山は非常に掴み易いですし何しろカリカリです。素晴らしいオールドレンズですね。


滞りなくすべての調整が終わりオーバーホールが完了しました。今回のオーバーホールご依頼、誠にありがとう御座いました。