◎ Canon (キャノン) FL 50mm/f1.4《前期型》(FD)
今回の掲載はオーバーホール/修理ご依頼分のオールドレンズ「Canon FL 50mm/f1.4」に関する、ご依頼者様へのご案内ですので、ヤフオク! に出品している商品ではありません。写真付の解説のほうが分かり易いこともありますが、今回に関しては当方での扱いが初めてのモデルでしたので、当方の記録としての意味合いもあり掲載しています (オーバーホール/修理の全工程の写真掲載/解説は有料です)。
今年からキャノンやニコンのオールドレンズも精力的に手掛けてみようと考え、さっそくオーバーホール/修理のご依頼を承りましたが、バラしてみたら「環 (輪っか)」の多いコト・・!(驚) これはロシアンレンズ以上かも知れません(笑) 面食らってしまい、少々後悔しながらの作業スタートでした。
当モデルは1965年に発売されましたが、モデル・バリエーションは全部で3つ存在します。
- 1965年発売:「前期型」
前玉側に「自動/手動スイッチ」、光学系5群6枚構成、コーティング「アンバー」 - 1966年発売:「中期型」(モデルI型)
マウント側に「自動/手動スイッチ」、光学系5群6枚構成、コーティング「アンバー」 - 1968年発売:「後期型」(モデルII型)
マウント側に「自動/手動スイッチ」、光学系6群7枚構成、コーティング「パープル」
今回オーバーホール/修理のご依頼を頂いたのは、この「前期型」にあたるようです。描写性としてはとてもマイルド感のある写りが楽しめ、ミノルタなどの「落ち着いた感じ」の定着感のある「マイルド感」と言うよりも、ハロの影響などもあるのか画全体として「ふんわり感」を感じるような印象を受けました。
オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。
すべて解体したパーツの全景写真です。
ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。撮影の小道具に使っている楢材のお盆に並べきらないほどの「環 (輪っか)」の集合体です(笑) これはさすがにロシアンレンズ以上かも知れません。しかも、構成パーツの中には英語の「C」の文字の形状に似た「ワッシャー型固定環」が複数使われていました。
せっかくなので2020年東京オリンピックに因んで「五輪」を作ってみました(笑)
絞りユニットや光学系前後群を格納する鏡筒です。このモデルではヘリコイド (オス側) は独立しており、別に存在しています。焦点距離50mm/f1.4ですが、それほど大玉の光学レンズではありません。しかし鏡筒は相応に大柄な造りをしています。
絞りユニット自体も独立しており、厚み僅か8mm程度の円形ユニットの中に8枚の絞り羽根が格納されています。同時に絞り羽根の開閉幅 (絞り羽根の開閉する角度) を制御する「絞り羽根開閉幅制御カム」と絞り羽根の開閉そのものを行う「絞り羽根開閉環」が組み付けられています。
さて、この鏡筒が大柄な理由なのですが、この鏡筒内には全部で「4階層」のパーツ群が組み付けられていきます。その階層の幅があるので、末広がり状に前玉方向に進むに従って外径自体が大きくなっています。上の写真ではまず最初の「絞りユニット」がセットされている「第1階層」になります。
絞り羽根の開閉の角度を制御する「絞り羽根開閉幅制御カム (写真右斜め上の三角形状)」にピタリと接する状態で「絞り羽根開閉幅制御環 (アームが飛び出ているシルバー色の金属製環)」を組み付けます。そしてその固定用にまずは「1本目のワッシャー環」が入りました。この部位が「第2階層」になります。
次に「自動/手動スイッチ」に連係するための「A/M切替環」がセットされ、この時に使用する固定ワッシャーが「2本目」になります。この部位は「第3階層」です。
ようやく絞り環と連係する「絞り環連係環」の部位になりました。やはり固定用ワッシャーを使い「3本目」になりますね。この部位は「第4階層」になります。
この状態で鏡筒をひっくり返しました。「4本目」のワッシャー (実際には途中で切れていない真鍮製のリング) で、無限遠位置の調整を行っている「スペーサー」のような役目の「無限遠位置調整シム」が光学系後群の格納筒の根元に入ります。
鏡筒を横方向から見てみると、段々畑のように少しずつ裾に向かって広がっているのがお分かり頂けるでしょうか? このような面倒なことをせずに、各階層のパーツをまとめてしまえば、もっと合理的且つコスト低減を狙えたと考えるのですが・・ロシアンレンズ並の人海戦術です(笑)
やっとのことで「絞り環」をセットできました。とても美しい「銀色梨地仕上げ」の絞り環です。既に当方にて外装面の「磨き研磨」を施してあるので、鮮やかな美しいシルバーが戻っています。
この絞り環の各絞り値の設定は「クリック感」を伴う操作性なので、そのクリック感を実現させる「溝」が刻まれた「絞り値キー」の役目の真鍮製環を組み付けます。この真鍮製環の位置決めをミスると、絞り環の数値とクリックが合致しなくなります。
さらにその上から「自動/手動スイッチ」の役目をする「A/M切替環」を被せて「5本目」の固定用ワッシャーで止めます。これで5本全てのワッシャーの位置が確定しました・・ガンバレニッポン!
このモデルでは鏡胴は「前部」と「後部」の2分割方式なので、これで鏡胴「前部」は完成です。
ここからは鏡胴の「後部」である距離環やマウント部の組み立てに移ります。まずは距離環やマウント部を組み付けるための基台です。
真鍮製のヘリコイド (メス側) をネジ込みます。実はこの時点では全く気がつかなかったのですが・・このモデルでは無限遠位置のアタリ付が他のオールドレンズとは全く異なる方式でした。この写真を撮った時点ではまだそれに気がついていないので、とても順調に進んでいる状態でした(笑)
距離環を仮止めします・・なのですが、この写真を撮るまでの間に数時間が過ぎてしまいました。距離環の無限遠位置「∞」刻印に対して、本来あるべき場所に「直進キー (距離環を回す「回転するチカラ」を鏡筒が前後動する「直進するチカラ」に変換する役目のパーツ)」がどうしても、何度ヘリコイド (オス側) のネジ込み位置を変えても合致しないのです。従って、距離環をセットすることができませんでした。
今までオーバーホールの整備をしてきて、こんなコトは初めてで(笑)・・3時間ほどヘリコイド (オスメス) の出し入れを繰り返してネジ込み位置を探そうと試みた後、悶々とした気持ちで「へ? 判らない・・何なのこれ?」でした(笑)
通常、今までのオールドレンズではヘリコイド (メス側) のネジ込み位置は関係なくて、何処までネジ込めば無限遠位置になるかの確認だけでした。ところが、このモデルにはヘリコイド (オス側) だけではなく「メス側」にもネジ込み位置が存在してました。
それをテキト〜にネジ込んでしまい無限遠位置のアタリ付をしようとしていたから、いつまで経っても無限遠位置が見つかりません。
1時間ほど考えた挙げ句にようやく気がつきました・・ヘリコイド (メス側) にもネジ込み位置がある??? 確かめてみたら、ネジ込み位置が数箇所ありました(笑) これでは無限遠位置「∞」刻印が正しい位置に来ないワケですよ・・何ともお恥ずかしい、と言うか自分ながらスキルの低さに呆れてしまった数時間でした。本当にまだまだ修行が足りていないどころか、観察力を養うという「学習」が全くできていません!(怒) ただただひたすらに「反省」のひと言です・・。
こちらの写真は、本当はもっと早い段階で撮影しています。組み立て手順を間違えてしまい、先にこの部位の組み立てをしてしまいました(笑) 最後にそれが判って再びバラしての再組み直しに陥っています・・恥ずかしい。マウント部の「絞り連動ピン」機構部ですね。
この絞り連動ピンの機構部には「鋼球ボール」が5個入っていました。他社光学メーカーでもこの当時ならば鋼球ボールは採用されていたのですが、このCanonのモデルには何と「ポリエステル製」と思しき細いパイプも5本使われていました。温度に反応してしまうこのような材質のパーツを鋼球ボールの間に入れるのは・・どうなのか (普通は金属製です)?!(笑)
このモデルには光学系後群 (つまり第4群〜第5群/後玉) の2枚の硝子レンズに「酸化トリウム」を含有させていました。既に経年劣化に拠り「黄変化」が進んでおり、黄褐色に色付いています。当時「酸化トリウム」を光学レンズの硝子材に含有させることで入射光の屈折率をギリギリまで制御して諸収差の改善を狙っていました。従って、この当時のモデルで「酸化トリウム」を含有している、俗に言う「アトムレンズ」のほうが、含有していない普通のモデルと比較して描写性能としては一段上の格付になります。
今ドキのデジカメ一眼ならば「AWB (オート・ホワイトバランス)」の設定で容易に正しい色補正が行われるので気にする必要が無いとの解説がネット上では多いですが、当方の考えでは発色性は改善されても「階調への影響」は改善できないと言う考えです。入射光の偏重は光学レンズを通過した時点では変わっていないため、そのまま階調表現に影響を来してしまうのではないでしょうか? 一番分かり易いのは「白黒写真」のモードで「黄変化」の改善前後の撮影をしてみるといいかも知れません。黄変化が進んだ個体での撮影のほうがコントラストが高めの写りになっているハズです。白黒写真愛好家ならば、むしろ喜ばしい事柄かも知れません・・。
上の写真 (2枚) では、1枚目が「黄変化改善前」の写真で、2枚目がUV光の照射処置を施した後の「改善後」の写真です。ほとんど無色に近い状態まで改善できていますが、写真2枚目 (改善後) の左側の硝子レンズ (貼り合わせレンズ) が少しまだ黄ばんでいるのは、経年に拠る表裏のコーティング劣化で生じた「黄変化」なので、これはUV光の照射をしても改善できません。この程度であれば階調表現には影響を来さないモノと推察します (コーティングの劣化に対してのUV光照射はほとんど改善が見込めません/当方で実験済です)。
ちなみに、この「酸化トリウム」含有による「放射線の被曝」を非常に気にしている方がいらっしゃいますが、このアトムレンズを肌身離さず1年間身につけているのならば、年間の自然被曝量「2.4mSV (ミリシーベルト/世界平均の自然被曝量)」を優に超越します (日本の自然被曝量の基準はもっと厳しく低いです)。しかし、仮に身体から30cm離した位置で1年間身に纏っていたとしたらせいぜい「0.5mSV」くらいの年間被曝量であり何ら害になりません。ましてや撮影時に使っているだけの話ならば、それが日々の仕事ではない限り被曝量として勘案する意味も無いと考えます。むしろ口から入ってくるモノの内部被曝のほうが気にするべき問題ではないでしょうか・・そもそもそのような危険性のあるモノを工業製品として生産したりする日本ではないと思いますが(笑) まぁ、確かに被曝量は少ないほうがいいとは思います。
ここからはオーバーホールが完了したオールドレンズの写真になります。
今回初めて扱ったCanon製のオールドレンズ「FL 50mm/f1.4《前期型》」です。おかげさまで修行が全くできていないことに気がつく良い機会となりました(笑)
こちらの個体も光学系内、特に貼り合わせレンズ部の透明度は非常に高くクリアです。経年のコーティング劣化がある程度進んではいるものの、LED光照射で視認できるレベルのクモリすらほぼ皆無に等しいとても良い状態をキープした個体です。良いオールドレンズを手に入れられましたね・・!
本来の今回のオーバーホール/修理ご依頼内容である「絞り羽根が開放のまま」と言うのは、実際には「油染みの固着化」が原因でした。しかし、経年に於いて長い期間、内部のスプリングが伸びきったままでしたので既に弱くなっていました。今回の整備で圧縮力を調整していますから、当分はこのままご使用頂いて何ら心配ございません。
自動/手動スイッチ (A/M切替スイッチ) や絞り環の操作でも、クリック感が小気味良くついつい回していじってみたくなります(笑)
ここからは鏡胴の写真です。経年の使用感がほとんど感じられないとてもキレイな状態を維持した個体ですが、当方にて完璧な清掃を施しましたので、ローレットのジャギー部分の経年の汚れや手垢など、すべて業務用中性洗剤でキレイに除去できています。安心して撮影をお楽しみ下さいませ。
今回の整備で使用したヘリコイド・グリースはご要望により「粘性:中程度」を塗布していますが、真鍮製ヘリコイドが介在しているので少々「重め」に感じられるかも知れません。しかしピント合わせ時にはとても軽いチカラで合焦させられますので (ピント合わせを意識しているチカラのいれ具合)、ご満足頂けるトルク感ではないかと思います。
当方は、個人的にシルバーなモノに反応してしまうカラスみたいなヤツなので、今回も美しい梨地仕上げの絞り環やマウント部をマジモードで清掃しています(笑) また鏡胴の黒色部分には「光沢仕上げ」が施されていたので、こちらも光りモノに弱い性格から、やはり磨き研磨を施してしまいました・・ピッカピカにしてあります。勝手にやっていることですので、作業料金には含まれていませんのでご安心下さいませ (おかげで昨夜の酒の肴になってくれました)。
個人的にふんわりした描写性が特に好きなワケではないのですが、このモデルの写りには何か魅力を感じ、気になるモデルだと思いました。最近ノスタルジックな描写性に強く反応する歳頃です・・。
自動/手動スイッチと絞り環の操作性は、いじっていて本当に楽しいです・・スコン、カチカチと大変小気味良く、こんな処でもギミック感を愉しめてしまいます。オールドレンズ・・いいですね!
このマウント部のマウント固定環 (?) がどうもキッチリ入らないようで (当初もガタつきが多いと思いましたが)、締め付けが時々引っ掛かります。その際は固定リングを強めに回して頂いて構いませんが、あまり頻繁に強く回すのも良くないかも知れません。内部の金属製パーツが既に変形しています・・。
当レンズによる最短撮影距離60cm附近での開放実写です・・この描写性、また他とは違う「マイルド感」がたまりませんね。
「酸化トリウム」云々はありますが、それはそれで描写性の諸元値改善のためにワザワザ含有させているのですから、この写りが単なる「オールドレンズだからね、レトロで甘い写りさ!」と評価を下してしまう前に、「個性」としての描写性なのが魅力なのではないか・・と再考するのもオールドレンズの良さ愉しさだと思います。是非とも末長くご愛用下さいませ。
今回のオーバーホール/修理ご依頼、誠にありがとう御座いました。