◎ Asahi Opt. Co., (旭光学工業) Auto – Takumar 35mm/f2.3(M42)

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今回の掲載はオーバーホール/修理ご依頼分に関する、ご依頼者様や一般の方々へのご案内ですのでヤフオク! に出品している商品ではありません。写真付の解説のほうが分かり易いこともありますが当方の記録データが無かったので (以前のHDクラッシュで消失) 無料で掲載しています (オーバーホール/修理の全行程の写真掲載/解説は有料です)。製造番号部分は画像編集ソフトで加工し消しています。


このモデルを扱ったのは2014年が最後なので、5年ぶりのオーバーホールです。旭光学工業製オールドレンズを決して敬遠しているワケではないのですが、残念ながら2014年にまとめて
TAKUMAR (タクマー) シリーズをオーバーホールしてヤフオク! 出品したところ、全く人気が無く最終的に大赤字 (作業分がタダ働き) で終わってしまい、それ以降スッカリ扱う気力が失せてしまいました (オーバーホール/修理のみ受け付けています)。

RICOHにしても、MINOLTAやKONICAなど、凡そ国内メーカー製オールドレンズをオーバーホール済でヤフオク! 出品しても、その作業対価分を回収できません。信用/信頼が無い当方がオーバーホールするから落札されないのかも知れませんが、それらを出品しても大抵の場合市場価格に近い価格まで値下げしないと落札されません (なので最近は扱いません)。

おそらくCanonやNikonなどを手掛ければ、また違う結果になるのかも知れませんが修理専門会社様がいらっしゃるので、敢えて当方がオーバーホールしてヤフオク! 出品する意味もまたありません。

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ネット上のサイトを調べると、今回のモデル『Auto-Takumar 35mm/f2.3 (M42)』は1958年に発売されたと何処でも案内しています。しかし、1958年に発売された当時のフィルムカメラ「Asahi PENTAX」や「Asahi PENTAX K」の取扱説明書を見ても、オプション交換レンズ群一覧にこのモデル (広角レンズ) が載っていません。

そこでそれ以降に発売されたフィルムカメラの取扱説明書を時系列で調べていくと、1959年発売のフィルムカメラ「Asahi PENTAX S2」の取扱説明書に、ようやくこのモデルが掲載されていました。

なにしろバカデカイ筐体サイズなので(笑)、1958年のレンズカタログを見ても写っていないので発売は少し遅れて1959年だったのかも知れません。

このモデルの光学系は5群6枚のレトロフォーカス型構成です。ネット上に案内されている光学系構成図と同じなのですが、実際に今回バラして第1群 (前玉) から細かく見ていくとビミョ〜にカタチが違うように感じて、清掃時にデジタルノギスで計測してほぼ正確にトレースしてみました (各硝子レンズのサイズ/厚み/凹凸/曲率/間隔など計測)。

すると下の右図ができあがったワケですが、カタログに載っていた構成図と各群の特徴が全く同じでした (メーカーカタログだから至極当たり前の話)。

このレトロフォーカス型光学構成を見ると、右図で 部分が基本成分になり3群4枚のテッサー型であることが分かります。また 部分は第1群 (前玉) でバックフォーカスを稼ぎ、第2群で収差とフレアの改善を狙っています。

ところが、一部ネット上の解説では3群4枚のテッサー型ではなく、4群5枚のエルノスター型を基本成分としていると案内しているサイトもあります。

右図は一般的な4群5枚エルノスター型光学構成を載せています。

すると、このモデルのレトロフォーカス型構成図のグリーン色で囲った部分を比べた時、第2群に当たる 部分の硝子レンズのカタチが異なります。両凸レンズに対してエルノスター型では凸メニスカスなのでパワー配分が違うように考えますが、当方は光学知識が疎いのでよく分かりません。

なお、当モデルのネット上に於ける光学系構成図では第2群の両凸レンズが表裏で同じ曲率になっていますが、現物を確認すると表裏で曲率が異なり、且つ第3群の裏面側も少々違っていました (ちゃんとメーカーカタログではそのようになっている)。

ちなみに、このモデルの光学系構成図を見た時、すぐにピ〜ンと来たのが右図です。当モデルの構成図とソックリなのですが、こちらはフランスのP.Angenieux Parisが1950年に世界で初めて発売した広角レンズ「RETROFOCUS TYPE R1 35mm/f2.5」の光学系構成図で、まさに元祖「レトロフォーカス型」ですね。

すると、P. ANGÈNIEUX PARIS社のレンズカタログ解説ではテッサー型成分を基本としていると書かれているのでエルノスター型ではないと考えます。逆に言えば、当モデルの光学系は、まさに元祖レトロフォーカス型をそのまま模倣しただけなのかも知れません。

この「RETROFOCUS (レトロフォーカス)」を考えた時、よくネット上の解説などで「復古調的な甘いピント面/ソフトフォーカスの代表格」のような案内がされていますが、それは「レトロ」と言うコトバから来る連想的なイメージに固まってしまった捉え方です。そもそも「retro (後退)」と「focus (焦点)」が合体した造語なので、焦点位置を後退させた (バックフォーカスを稼いでいる) 意味合いであり、決してクラシックレンズ的な写りだとかソフトな印象の画造りには至りませんし、実際前述のP. ANGÈNIEUX PARIS製広角レンズでもキッチリ鋭いピント面を構成します。

   
   

上の写真はFlickriverで、このモデルの特徴的な実写をピックアップしてみました。
(クリックすると撮影者投稿ページが別ページで表示されます)
※各写真の著作権/肖像権がそれぞれの投稿者に帰属しています。

一段目
左端のシャボン玉ボケから円形ボケへと変わっていく様を集めてみました。

二段目
さらに背景の円形ボケが溶けて収差の影響が出たボケ方になり、トロトロに滲んでいくのをピックアップしています (右端は被写界深度)。

 

オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。一部を解体したパーツの全景写真です。

↑ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。完全解体の為にバラそうとしたのですが、残念ながらヘリコイド (オス側) を締め付け固定している「締付環」が完全固着しており外れません。また、その他に基台やマウント部など全部で3箇所の部位で固着が酷くネジも回らず、仕方なく「加熱処置」を各部位3回ずつ試みました。結果、ヘリコイド (オス側) の「締付環」だけが外れませんでしたので、鏡筒も含め絞りユニットまでが解体できていません。

↑外せなかったヘリコイド (オス側) の「締付環」です。ヘリコイド (オス側) を外さないと光学系第2群も外れず、もちろん鏡筒までアクセスできていないので絞りユニットも解体できていません。申し訳御座いません・・。

↑外せなかったので、そのまま立てて撮影しています。ヘリコイド (オス側) が鏡筒にガッチリ締め付け固定されています (鏡筒はヘリコイドよりも細い部分)。鏡筒の周りには太目のスプリングがグルッと回っており「開閉アーム」を引き戻す仕組みになっています。

このモデルはM42マウントですが、マウント面にある「絞り連動ピン」は「半自動絞り方式」で機能する設計です。つまり絞り環を回すと絞り羽根がすぐにそのまま閉じていくので、マウント面直前に位置している「チャージレバー (ツマミ)」を都度操作して開放状態にセットしてピント合わせする使い方になります (自動絞り方式に比べていちいち開放にセットする手間が必ず入る)。

その「チャージレバー (ツマミ)」を操作した時に、上の写真鏡筒下部に配置されている「開閉アーム」が移動して絞り羽根が開放状態まで開く仕組みです。

↑ヘリコイド (オス側) にヘリコイド (メス側) を無限遠位置のアタリを付けた正しいポジションでネジ込みます。このモデルは全部で5箇所のネジ込み位置があるので、さすがにここをミスると最後に無限遠が出ず (合焦せず) 再びバラしてここまで戻るハメに陥ります。

特にこのモデル「Auto-Takumarシリーズ」には「無限遠位置調整機能」が装備されていないので、後から無限遠位置の微調整が一切できません。従って、このヘリコイド (オスメス) のネジ込みでキッチリ無限遠位置を適合させていないと、最後まで組み上げて無限遠位置をチェックした後、もしもズレていたらここまで再びバラしてネジ込み位置を変更しなければイケマセン。

↑ヘリコイド (メス側) をヘリコイドベース環に無限遠位置のアタリを付けた場所までネジ込みます。最後までネジ込んでしまうと無限遠が出ません (合焦しません)。上の写真をご覧頂くと「148」とマーキングが刻まれていますが、製造番号の下3桁ではありませんし、当方がマーキングしたワケでもありません。

このモデルは、一般的なオールドレンズとは異なり、距離環を回した時に距離環が繰り出されると鏡筒は最も収納された位置になり無限遠に到達します。逆に距離環を回して収納すると鏡筒が繰り出されて最短撮影距離位置に達します。つまり鏡筒の繰り出し/収納とヘリコイドの繰り出し/収納が正反対の動きになるよう距離環側のネジ山が切削されているので、技術スキルをある程度有する人にしか完璧に組み上げることができませんから少々難度は高めです。

↑距離環やマウント部を組み付ける為の基台です。

↑絞り環を回した時にカチカチとクリック感を伴っているのは、このモデルではベアリングではなく「シリンダー (円柱)」です。当初バラす前のチェック時点では、絞り環を回した時にガチガチした印象 (クリック感が硬い印象) だったので、多少軽いクリック感になるよう調整しています。

絞り環をセットしてから梨地シルバーな指標値環を組み込みます。

解体しようとして外れなかったのは、前述のヘリコイド (オス側) 締付環の他に、実はこの基台部分も締付ネジが完全固着しており外れませんでした。3回「加熱処置」を施してやっとバラせた次第です。

↑こちらはマウント部内部の写真ですが各構成パーツを全て取り外して、当方による「磨き研磨」を終わらせた状態で撮影しています。

当初バラす前のチェック時点では「チャージレバー (ツマミ)」を操作すると、ツマミが戻る時緩慢な動きで設定絞り値によっては途中で止まってしまいました (つまり完全開放にならない)。

マウント面の「絞り連動ピン」を強制的に押し込んでしまう「ピン押し底面タイプ」のマウントアダプタに装着して使うなら問題ありませんが、フィルムカメラで使おうとすると絞り羽根が開放にならないので使いにくくて仕方ありません。その原因は、このマウント部内部に過去メンテナンス時に塗られていた「白色系グリース」の経年劣化ですが、おそらく「潤滑油」も注入されており既に粘性を帯びていました (つまり過去メンテナンスは2回実施されている)。

白色系グリース」に「潤滑油」が注入されると、経年使用で化学反応からやがて粘性を帯びてきて、まるで糊が塗られているように重くなってしまい、最後は金属製パーツが内部で完全固着してしまいます

↑外していた各構成パーツも個別に「磨き研磨」を施し組み付けます。

チャージレバー (ツマミ)」が操作されると (引き回すと:ブルーの矢印①) マウント部内部の「チャージレバー環」が回って「ロック用カム」の爪がカチッと内側に飛び出ます ()。するとこの「」が前述の鏡筒にある「開閉アーム」に引っ掛かってガチッと保持するので、絞り羽根が開いて開放状態を維持します。

マウント面の「絞り連動ピン」が押し込まれると ()「ロック用カム」のロックが解除されて引っ込みます ()。すると保持していた「開閉アーム」が爪から離れるのでスプリングのチカラで勢いよく引き戻されて、瞬時に絞り羽根が設定絞り値 (絞り環でセットしている絞り値) まで閉じます。

これが「半自動絞り方式」の動き方であり仕組みですね。

なお、当初バラす前のチェック時点で「チャージレバー (ツマミ)」の戻りが緩慢で途中で停止してしまっていたのは、この「チャージレバー環」の内部に組み込まれているスプリングが経年劣化で弱ってしまったからです。

また同時にマウント面の「絞り連動ピン」を押し出すチカラを与えている銅板の「板バネ」も弱っており反発力を失っていました。もちろん過去メンテナンス時に塗られてしまった「白色系グリース潤滑油」のせいで粘性を帯びていたのが、それらチカラを弱めてしまった因果関係ですし、もっと言えば「チャージレバー環」の周囲にも経年の酸化/腐食/サビが発生していた為に、余計な抵抗/負荷/摩擦が増えてしまい、それらが全て関係し合って「チャージレバー (ツマミ)」を緩慢な動きにしていました。

すべて「磨き研磨」して平滑性を担保しスムーズに駆動するよう改善させましたので、このままフィルムカメラに装着しても問題無くご使用頂けます (つまり本来の正常に戻った)。

なお、上の写真で黄金色に輝いているパーツは「真鍮製」ですが、当初バラした時は既に経年で酸化/腐食/サビが生じている為に「焦茶色」です (一部に緑青も発生)。不必要な抵抗/負荷/摩擦が増大する原因になるので「磨き研磨」で平滑性を取り戻している次第です (逆に言うと当方ではグリース/潤滑油などを塗ったくらない/また錆びてくる原因になるから)。

このマウント部も当初外れず「加熱処置」を3回施して外れました。

↑完成したマウント部を基台にセットします。

↑距離環を本締めで固定します。前述のとおり、このモデルには「無限遠位置調整機能」が装備されていないので距離環の微調整もできません (またバラしてヘリコイドのネジ込み位置を変更するしかない)。

↑さらに光学系第1群 (前玉) 用の「延長筒」をセットして、この後は光学系前後群を組み付けて無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅の確認 (解説:無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅確認についてで解説しています) をそれぞれ執り行い、最後にフィルター枠とレンズ銘板をセットすれば完成です。

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ここからはオーバーホールが完了したオールドレンズの写真になります。

↑光学系の構成はフランスのP.Angenieux Paris製広角レンズと同じですが、筐体サイズはこちらのほうがバカデカくて、ちょっとした中望遠レンズ並みですね(笑) コーティング層はモノコーティングです。

↑光学系内の透明度が高い個体でLED光照射でもコーティング層の経年劣化に伴う極薄いクモリすら皆無です。光学系第3群に、この当時の国産オールドレンズとしては珍しいですが「微細な気泡」が相当数入っていました。パッと見で「/」に見えますが、清掃しても除去できない (そもそも硝子の内部にあるから) ので申し訳御座いません・・。

↑光学系は5群6枚のうち、この後群側 (第5群) 貼り合わせレンズ (2枚の光学硝子レンズを接着剤を使って貼り合わせてひとつにしたレンズ群) だけが、ご覧のように「ブルシアンブルー」のコーティング層蒸着で、その他は全てアンバーマゼンタのモノコーティングです。

↑絞りユニットが解体できませんでしたが、取り敢えず問題無く確実に駆動しています。

↑塗布したヘリコイドグリースは黄褐色系グリースの「粘性軽め」を塗りました。当初バラす前の時点で、ご依頼内容でもあった「非常に重いトルク」は大幅に軽いトルク感に改善できています。但し、内部の「直進キー」と言うパーツが経年で擦れ減っている為に僅かなトルクムラだけは改善できません。それでも距離環を回すトルクが軽く調整で来た分、ムラの感触も気にならないレベルまで低減できているので、違和感なくピント合わせできると思います。

直進キー
距離環を回す「回転するチカラ」を鏡筒が前後動する「直進するチカラ」に変換する役目

↑同じ5群6枚のレトロフォーカス型光学系だとしても、フランスのP.Angenieux Paris製広角レンズの最短撮影距離は80cmですから、このモデルの45cmは1959年時点として考えればよく頑張ったと考えられますね。さすがに過渡期の機構である「半自動絞り方式」はフィルムカメラでは使いにくいだけしかありませんが、今ドキのデジカメ一眼/ミラーレス一眼にマウントアダプタ経由装着するなら手動絞り (実絞り) の使い方なので何ら問題になりませんし、むしろ「そのギミック感」は愉しめるのではないでしょうか (ちゃんとツマミがスパッと戻るようにもしてあります)(笑)

無限遠位置 (当初バラす前の位置に合致/僅かなオーバーインフ状態)、光軸 (偏心含む) 確認や絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) と絞り環絞り値との整合性を簡易検査具で確認済です。

↑当レンズによる最短撮影距離45cm付近での開放実写です。ピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に「球部分」にしかピントが合っていません (このミニカーはラジコンカーなのでヘッドライトが点灯します)。カメラボディ側オート・ホワイト・バランス設定はOFFです。

なお、この実写はミニスタジオで撮影していますが上方と右側方向からライティングしています。その関係でフードを装着していない為に絞り値の設定によりハレ切りが不完全なまま撮影しています。一応手を翳していますがハレの影響から一部にコントラスト低下が出てしまうことがあります。しかし簡易検査具による光学系の検査を実施しており光軸確認はもちろん偏心まで含め適正/正常です。

↑絞り環を回して設定絞り値「f2.8」で撮影しています。

↑さらに回してf値「f4」で撮っています。

↑f値は「f5.6」に変わっています。

↑f値「f8」になりました。

↑f値「f11」ですが、そろそろ「回折現象」の影響が出始めているでしょうか。そもそもフードを装着していないのでコントラストが低下した写真なっています。

回折現象
入射光は波動 (波長) なので光が直進する時に障害物 (ここでは絞り羽根) に遮られるとその背後に回り込む現象を指します。例えば、音が塀の向こう側に届くのも回折現象の影響です。
入射光が絞りユニットを通過する際、絞り羽根の背後 (裏面) に回り込んだ光が撮像素子まで届かなくなる為に解像力やコントラストの低下が発生し、ねむい画質に堕ちてしまいます。この現象は、絞りの径を小さくする(絞り値を大きくする)ほど顕著に表れる特性があります。

↑f値「f16」です。

↑最小絞り値「f22」での撮影です。大変長い期間に渡りお待たせし続けてしまい申し訳御座いませんでした。今回のオーバーホール/修理ご依頼、誠にありがとう御座いました。