◎ Kern-Paillard Switzerland (ケルン・パイラード・スイス) C SWITAR 25mm/f1.4 AR(C)

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今回の掲載はオーバーホール/修理ご依頼分に関するご依頼者様や一般の方々へのご案内ですのでヤフオク! に出品している商品ではありません。
写真付解説のほうが分かり易いこともありますが今回は当方での扱いが初めてのモデルだったので記録の意味合いもあり無料で掲載しています。
(オーバーホール/修理の全行程の写真掲載/解説は有料です)
オールドレンズの製造番号部分は画像編集ソフトで加工し消しています。


当方は専ら技術スキルの問題から単焦点レンズのオールドレンズしかオーバーホールできませんし、さらにその中でもシネレンズは大の苦手です(笑) 理由は一般的な単焦点オールドレンズには共通項としての「原理原則」がありますがシネレンズとなると内部構造は千差万別で通用しないからです。従ってオーバーホール/修理を承った時はバラすのが相当怖い (しかも人様の所有物ですし) ワケで、組み立ても単に逆の順序で組み戻せば良いことにはなりません。

オーバーホール/修理ご依頼が来ても辞退すれば良いものを受けてしまうから戦々恐々な想いで臨むワケです(笑) 今回のモデルも初めての扱いでしたが相当ハードなオーバーホールになってしまいました (こんなにとんでもない構造だとは想像できなかった/小っちゃいからとバカにしていた)。反省しきりです・・(笑)

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Paillard-Bolexは1930年にスイスで創業したシネムービーカメラの会社で1935年には有名な16mmフィルムカメラ「Bolex H-16」を発売します。

交換レンズ群として主に当時のHugo MeyerやCarl Zeiss、或いはSOM BerthiotやKernなどからシネレンズが供給されました。

今回扱うモデルはKern-AarauとPaillard-Bolexの協業によりKern-Aarauが供給していたシネレンズ『C SWITAR 25mm/f1.4 AR (C)』です。

 

モデルバリエーションが幾つもあり全て掴み切れていませんが被写界深度インジケーター部分の相違が外見上は最も分かり易いようです。上記のタイプは後の1966年に登場した「Bolex RXシリーズ」用の交換レンズで入射光の30%をフィルムカメラ側ファインダー用に使うよう設計されたモデル「SWITAR 25mm/f1.4 H16 RX (C)」です。この2つのタイプ「ARRX」では描写傾向が異なりピント面が鋭いのはARながらも周辺域の収差が少ないのはRXだったりするようです。マイクロフォーサーズのカメラボディで使うならば四隅のケラレ (周辺減光) がほぼ避けられるのでARのほうが適しているでしょうか。

   
   

上の写真はFlickriverで、このモデルの実写を検索した中から特徴的なものをピックアップしてみました。
上段左端から「円形ボケ①・円形ボケ②・背景ボケ①・背景ボケ②」で、下段左端に移って「ソフトフォーカス・グルグルボケ・ピント面・逆光」です。
(クリックすると撮影者投稿ページが別ページで表示されます)

光学系は典型的な4群6枚のダブルガウス型構成ですが、一般的な単焦点のオールドレンズと大きく異なるのは絞りユニットの配置を第3群の直下にセットしている点です (通常は第2群と第3群の間に配置)。必然的に第4群 (後玉) の外径サイズがさらに小さくなっているワケですが、この点が当初オーバーホール/修理ご依頼を承った際に当方には一切分からなかった要素でした。

つまり今回のモデルは距離環を回した時に駆動しているのは最後の第4群 (後玉) だけ (右図部分) であり第1群 (前玉)〜第3群 (部分) までは一切位置が変化せず「固定配置」だったのです (グリーンの矢印)。だから第4群 (後玉) の外径サイズを第3群よりさらに小径に設計してきたワケです。

結果、光学系の駆動域を見るとこのモデルはインナーフォーカスタイプになり筐体全高が距離環を回しても一切変化しません。となると内部構造が相当厄介だと推測できたのですが、如何せん事前に知ることには至りませんでした(笑)

なお、光学系をバラしたところネット上には一切記載されていませんでしたが第2群と第3群の光学硝子材にランタン材が含有されているようで僅かに褐色化しています。これは酸化トリウムを含有したいわゆる「放射能レンズ (アトムレンズ)」ではないので「ブラウニング現象」とは違い褐色化していません (光学硝子材にランタン材を含有させたのか酸化トリウム含有なのかで黄変化の色合いが異なることを当方は把握しています)。屈折率は酸化トリウム含有の場合には20%代まで向上できますがブラウニング現象と放射線の半減期の問題から屈折率10%代まで高められるランタン材の含有に1970年代後半辺りには世界中の光学メーカーが変更してきています (ランタン材はUV光照射でも無色化に改善できません)。

↑上の写真は当初バラした時に取り外した「空転ヘリコイド」なのですが経年劣化で酸化が進み一部にはサビ (緑青) も生じていました。今回の個体は過去メンテナンスが一度もされなかったように見えますが、残念ながら「潤滑油」を注入されてしまったが為にこのような状況に陥りました。特に真鍮製のモデルに対して「潤滑油」を注入するのは厳禁ですが結構多く処置されていることが多いのが現実です(笑)

【当初バラす前のチェック内容】
 距離環を回すと少々重めのトルク感。
無限遠位置「∞」で無限遠合焦していない。
 最小絞り値「f22」の時絞り羽根が閉じすぎている。
光学系内に極薄いクモリがあり実写チェックでコントラスト低下を確認。
附属のマウントアダプタにネジ込むと指標値位置が90度ズレてしまう。

【バラした後に確認できた内容】
過去メンテナンスがされておらず製産時の黄褐色系グリースのみ塗布されている。
その後分解せずに「潤滑油」を注入している (潤滑油の臭いが強い)。

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オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。すべて解体したパーツの全景写真です。

↑ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。内部構造は一見するとシンプルに見えますが、そもそもバラす方法がなかなか分からず普段の3倍の時間を掛けてバラしていった次第です。

パッと見で筐体外装にネジ込まれているイモネジ (ネジ頭が無くネジ部にいきなりマイナスの切り込みを入れたネジ種) は絞り環と距離環にしか存在しませんが、距離環側はすぼまっているのでイモネジを外しても外せません。また後玉周囲に環 (リング/輪っか) があり固定用イモネジが1本あるように見えたので、鏡胴が「前部後部」の二分割方式だと勝手に思い込んだのがそもそも間違いでした(笑)

つまり当初ご依頼時にネット上の写真を見て絞り環側から外して鏡胴を「前後」で二分割すればOKと予測したのですが、実際は全く違っていました。

↑絞りユニットや光学系前後群を格納する鏡筒です。このモデルはヘリコイド (オス側) が独立しており別に存在します。

↑いい調子になってバラしましたが、9枚の絞り羽根を組み付ける工程でハマりました(笑)

絞り羽根には「キー」と言う金属製突起棒が表裏に1本ずつ打ち込まれているのですが、その「キー」が薄いので (高さが無いので) 6枚の絞り羽根を組み付けたところで7枚目〜9枚目までを入れようとすると既にセットした絞り羽根が浮き上がって全て外れてしまい何度やっても組み上げられません。
実はシネレンズの場合に結構多い絞り羽根の設計だったりするので、仕方なくいつもとは違う方法で絞り羽根を組み付けました (さすがに1時間絞り羽根と戯れたら飽きた)。

当初のチェック時に確認した最小絞り値「f22」で絞り羽根が閉じすぎていた (冒頭の) 原因はまだこの時点では掴み切れていません。

↑完成した鏡筒を立てて撮影しました。意外と薄めの鏡筒ですが絞りユニットがまだ固定されておらず光学系前群をセットすることで代用させている設計です。

↑光学系前群を組み付けて絞りユニットが外れないようにしました。ご覧のとおり光学系前群の第1群 (前玉)〜第3群までは積み上げ式 (ネジ込み式) で組み上がる設計のため、各群のネジ込み具合が適正ではないと光路長が変化し鋭いピント面に至りませんから厄介な設計です。

実際、最後まで組み上げてからの実写チェックでピント面が甘くなってしまい8回もバラしてここまで戻り各群のネジ込み具合を調整した次第です (もうイヤ!)。

↑絞り環を組み付けます。このモデルは外見上は絞り環が前玉側にあるように見えるのですが実際はご覧のとおり長い (深い) 筒状の絞り環なので、絞り環を回すと丸ごと回っていることになります。既に光学系 (鏡筒) が絞り環内部に入っているのですがまだセットされていません。

↑光学系 (鏡筒) を正しくセットすると上の写真のようになります。鏡筒が絞り環 (筒) の後から飛び出てくる設計です。絞り環の筒には「絞り値キー」と言う「」が刻まれておりここに棒バネがカチカチとハマることでクリック感を実現しています。

この工程で問題だったのは「固定用下穴」です・・。

↑この光学系 (鏡筒) に用意されている「固定用下穴」が何処に入るのかを解説したのが上の写真です (オドロキの設計です)。

光学系前後群 (鏡筒) がごっそり丸ごと絞り環には一切固定されていないのです。鏡筒はブルーの矢印のように「空転ヘリコイド」の中にストンと入り、最後にある「固定用ネジ穴」でようやく固定されるワケです (グリーンの矢印)。つまり光学系は絞り環 (筒) の内側に「浮いている状態」なのです(驚)

↑さらに「意味不明」だったのが上の写真「空転ヘリコイド」内側に用意されている「ネジ山 (赤色矢印)」です。絞り環 (筒) の該当箇所にはネジ山が切られていません (グリーンの矢印)。この「ネジ山」が全く使われていないワケで「???」です。

そこで思い出しました。このモデルに「後玉の突出量が多いタイプがある」のです (左写真)。

つまり光学系前後群 (鏡筒) をさらに突き出させる目的でもう一つヘリコイドを空転ヘリコイドの内側にセットできるよう既に設計されているのが判明しました。今回の個体は後玉が突出していないタイプなので内側にヘリコイドが存在しないワケです。

↑ヘリコイド側のパーツはこのような感じで組み上げます。「空転ヘリコイド」に対してヘリコイド (オスメス) がマウント部に入ります。

↑後から組み込みできないので「空転ヘリコイド」に距離環をセットします。

↑「Ι」マーカーが刻印されている指標値環を組み込みます。

↑完成している絞り環 (鏡筒含む) を組み付けて絞り環を回してみるとご覧のように「被写界深度インジケーター」がそれに連動して露出します。

つまり一般的に「Ι」マーカーが刻印されている指標値環は距離環や絞り環を含めた全ての基準なのですから「固定」なのがオールドレンズの常識なのですが、このモデルは指標値環が「昇降式」の設計を採っていることになります。もちろん昇降したとしても「Ι」マーカーの位置は変化しませんから昇降式にした理由はあくまでも「被写界深度インジケーター」の装備と言うことになりますね。

設定絞り値の被写界深度がちゃんと掲示されているのはフィルムカメラの時代には非常に有難いことでしたが、今となっては単なる「ギミック感」だけのアクセントのように見えてしまいます。しかしイザッ作業する立場からするとそうは言っても実際の被写界深度がインジケーターと一致していなければテキト〜整備に堕ちてしまいます(笑) つまり被写界深度インジケーターを装備したモデルをオーバーホールすると言うことは、イコール被写界深度のチェックが必須になるワケでその分面倒くさいと言えます(笑)

例えば旧西ドイツのENNA WERKやSchneider-Kreuznachなどのオールドレンズの中にゼブラ柄モデルで被写界深度インジケーターを装備しているモデルがありますが、設定絞り値と距離環の距離指標値の関係で「Ι」マーカーに対して被写界深度インジケーター (赤ライン) が左右に増減して伸びたり縮んだりする表示方式のモデルがあったりします。まさにギミック感いっぱいなワケですが(笑)、それを整備する側からすると「左右均等に広がらなかったらどうするのョ」と面倒くさいワケですし、実際に個体別に左右に展開してくれない場合も多いのでちゃんと整備したのか否かがそんなところで問われてしまいます (だからチョ〜面倒くさい!)(笑)

↑ご覧のように光学系前後群 (鏡筒) を空転ヘリコイドに固定してあります。この後は完成したマウント部を組み付けて無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅の確認 (解説:無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅確認についてで解説しています) をそれぞれ執り行えば完成です。

DOHヘッダー

ここからはオーバーホールが完了したオールドレンズの写真になります。

↑予想に反して相当ハードなオーバーホールになってしまいました。ガタイで判断するとダメですね(笑)

冒頭問題点の極薄いクモリが除去できたので光学系内の透明度がアップしましたが、残念ながら第3群側のコーティング層経年劣化が僅かに進行しており非常に薄いクモリが残っています。硝子研磨しない限り改善できませんが当方ではできませんし、研磨したら今度はコーティング層蒸着も必要になります (共に当方には設備が無い)。

↑光学系第4群 (後玉) もキレイになり透明度がアップしています。前後玉共に経年のカビ除去痕が複数箇所残っていますが写真には一切影響しないレベルです。

↑当初閉じすぎていた絞り羽根の開閉も適正に調整が完了しました (冒頭問題点の)。絞り環の操作性は当初バラす前の時点では少々硬めのクリック感でしたので僅かに軽い操作性に調整済です。

↑塗布したヘリコイドグリースは黄褐色系グリースの「粘性軽め中程度」を使い分けて塗りました。当初重めの印象だった距離環のトルク感は、このモデルのピントの山が掴みにくいのを考慮して「普通」人によって「軽め」程度まで調整しています (冒頭問題点の)。距離環を回すトルクは「全域に渡り完璧に均一」です。

なお、筐体外装の刻印指標値のほとんどが洗浄時に褪色してしまったので当方で着色しています (レンズ銘板含む)。

↑上の写真 (2枚) は、絞り環が「開放」と「最小絞り値」で距離環距離指標値に対して被写界深度インジケーターが変化していくのを撮っています。
距離環に刻印されている距離指標値の「∞」辺りが二重線 (縦線) になっているのは「∞」を刻印するスペースが縦線の下に用意できないからです。また「∞」一つ手前が「200ft」なので、メートル換算「60m」ですから小さいクセにいっちょ前な光学設計なのが分かります (プロ用シネレンズですから当たり前なのですが)。

結局このモデルは以下の点を調整する必要があり大変な作業になるので今後の扱いをどうするか悩んでしまいます。

(1) 絞り環と被写界深度インジケーターが適正に連動する調整が大変な構造
(2) 絞り羽根の組み付けに特殊な方法が必要
(3) 空転ヘリコイドのトルク調整が非常に神経質 (つまり距離環のトルク調整が大変)
(4) 後玉のみが駆動する為ピント面の調整に何度も組み直す必要がある

・・これらの事から、やはりKern製SWITARシリーズはマウント種別に関係なく「非常に難度が高いオールドレンズ」であることを思い知りました(笑) 自らの技術スキルが如何に低いのか猛省した次第です (ガタイの大きさで判断していたのがそもそも未熟な証拠)。
いつになったら皆様に認められる技術スキルまで到達できるのか? いえ、学生の頃からマラソンは大の苦手だったのでゴールまで完走できない予感もチラホラ (情けない)(笑)

冒頭問題点の、附属マウントアダプタにネジ込んだ際に指標値が真上に来ない問題もピタリと真上に来るよう調整しました (赤色矢印)。

無限遠位置 (当初バラす前の位置から調整済/僅かなオーバーインフ状態)、光軸 (偏心含む) 確認や絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) と絞り環絞り値との整合性を簡易検査具で確認済です (冒頭問題点の)。

附属のマウントアダプタは無限遠位置の改善としてCマウントアダプタにアルミ箔を接着したようですが、そもそもフランジバックが超過していたので逆です。厚みを増やすのではなく減らす (つまり削る) 必要があったのです。取り敢えずヘリコイド側で調整したのでそのまま附属のマウントアダプタでご使用頂けます (アルミ箔を剥がす必要はありません)。

↑当レンズによる最短撮影距離50cm付近での開放実写です。ピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に「球部分」にしかピントが合っていません (このミニカーはラジコンカーなのでヘッドライトが点灯します)。カメラボディ側オート・ホワイト・バランス設定はOFFです。

↑絞り環を回して設定絞り値「f2」で撮影しています。

↑さらに回してf値「f2.8」で撮っています。

↑f値は「f4」に変わりました。

↑f値「f5.6」になっています。

↑f値「f8」になりました。

↑f値「f11」です。

↑f値「f16」での撮影です。

↑最小絞り値「f22」での撮影です。長きに渡りお待たせしてしまい本当に申し訳御座いませんでした。今回のオーバーホール/修理ご依頼、誠にありがとう御座いました。