解説:オールドレンズ保管時の設定について
いつも懇意にして頂いている方から、オールドレンズの保管時の設定はどのような状態が良いのかお問い合わせ頂きました。
皆様がこの方のようにオールドレンズの保管時の状態について関心を抱き、少しでもお手元の個体が長い期間に渡って良い状態を保ち、願わくば本来迎えるべきであろう寿命を全うして くれれば、これほど喜ばしい事はありません。
そこで今回は「解説:オールドレンズ保管時の設定について」と題して解説してみたいと思います。またこのような機会を与えて頂きましたお問い合わせ頂いた方に、この場を借りてお礼申し上げます。
ありがとう御座います!
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オールドレンズを保管する時、皆様はどのような事柄について注意を払っているでしょうか?
今まで当方が関わってきた数多くの方々からのご意見をもとに考えると、やはり一番多いのは「カビ防御策」なのですが、その次がありません(笑)
要は皆さん「光学系内のカビの発生」ばかり気になるワケですが、はたしてオールドレンズの寿命として考えると「光学系内のカビ防御策」だけ講じていれば良いのでしょうか。
今回お問い合わせ頂いた方は「さらにその先の一歩」に踏み込んでいらっしゃいます。
(素晴らしい!)
光学系内にカビが発生したら、それは確かに使うたびに気になるでしょうから「心の健康」上好ましくありません。ところがオールドレンズが「オールドレンズとして機能する為の要素」を考えると、決して光学系の状態だけではありません。
ピント合わせする事を考えればヘリコイド (オスメス) の状態も気になりますし、様々なボケ味で使いたいとすれば絞り羽根の開閉も問題になります。
つまりそもそも「写真を撮る為の道具」なので、その「撮影時の行動に則した動き」に適う 状態を維持していなければ「不満」に繋がりますね(笑)
今回この解説で使うオールドレンズとしてOLYMPUS製標準レンズ「OM-SYSTEM G.ZUIKO AUTO-S 50mm/f1.4 (OM)」を使います。
どこの光学メーカーの製品/オールドレンズでも良いワケですが、解説で重要となる要素について考えた時、最もOLYMPUS製オールドレンズが神経質なので解説にはちょうど良い話になります。
↑上の図は、前述OLYMPUS製標準レンズの「分解図」になります。手元にサービスマニュアルがドサッと冊子で何冊も所有していれば、どんなに今までに扱いが無い初めての モデルでも恐怖感を抱くことなく解体していく事ができますね(笑)
然し残念ながら当方にはこのようなサービスマニュアルの類が一冊もありませんし、まして ネット上で検索して必ずヒットするとも限りません (むしろヒットしない事のほうが多い)。
すると暗中模索で何も知らないままに「完全解体」に向かってバラしていく話になるのですが実はオールドレンズの「部位」として考えると、たいていの場合は共通の構造化と言っても 良いと思います。
↑上の図はその解説用に、前述の「分解図」から必要な部位だけをピックアップして、当方が合成した「部位の合成図」になります (従って正確ではありません)。
すると「マウント部」があって「基台」を経てヘリコイド (オスメス) に「距離環/絞り環」とそして最後は「レンズ銘板」があるワケです (もちろん光学系がセットされる)。
ここでこのモデルでは「ヘリコイド (オス側)」が「鏡筒」を兼ねているので、光学系前後群は鏡筒 (ヘリコイド:オス側) に組み込まれる事になりますね。
するとこの「部位図」で見れば一目瞭然ですが、光学系前後群はヘリコイド (オスメス) に塗布した「ヘリコイドグリースの真っ直中に居る」事になりますね(笑)
もちろん入射光を制御している「絞り羽根」の存在も忘れるワケにはいきませんが、絞り羽根は「絞りユニット」に組み込まれています。ところがその「絞りユニット」も光学系前後群の「間に挟まっている」のが普通一般的なオールドレンズの構造ですから、逆に言えば「光学系と絞りユニットはグリースに囲まれている」とも言い替えられます。
従って絞り羽根に油じみが生ずるのも至極納得できる話なのが理解できると思います (つまりヘリコイドグリースの揮発油成分から絞り羽根の油染みが起きている事が多い)。
ところがここで皆様が最も気にしてやまない「カビの発生」因果関係がまだ掴めていません。
どうして光学系内の光学硝子レンズにカビが繁殖するのでしょうか???
もっと言うなら、いったいカビは何を食べて菌糸を伸ばし繁殖しているのでしょうか。
「カビ菌」が繁殖する状況を考えた時、どう考えても「オールドレンズ内部にカビの食べ物が一つも無い」事にすぐ気が付くでしょう。現実的にはカビはオールドレンズ内部に入ってきた「水分/湿気」に含まれる「有機物質」を食べて繁殖しているワケですね。
すると皆さんは「カビ菌に触れなければ大丈夫」と考えて「防湿庫」或いは「除湿剤」などを駆使して「カビ防御策」を講じます。ところが残念ながらそれらのほぼ全てが意味を成していません(笑)
「カビの胞子」は目に見えないくらい微細なので、普段私達人間は空気中に無数に浮遊しているカビ菌を目にする事がありません。もっと踏み込んで考えるなら、オールドレンズの光学系が「密閉状態にある」と勝手に思い込んでいらっしゃる方が多いですが(笑)、実はほとんどのオールドレンズに於いて「光学系は密閉されていない」設計です。
もっと言うなら、今ドキのデジタルなレンズでさえ「防塵防滴」を謳っていても光学系の光学硝子が完全密閉されている事は非常に希です。
つまり「カビの胞子」は残念ながらオールドレンズ内部の光学系内には「完全自由に侵入できる状況」なのが現実です。その侵入する胞子の数を極端に減らす手段として「防湿庫/除湿剤」を駆使する事は一つの手法になりますが「決して防いでいるワケではない」事を理解するべきですね。
ではどうしてカビが繁殖できるのでしょうか?
答えは「経年の揮発油成分」です。ヘリコイドグリースなどから生じた経年の揮発油成分に「界面原理」が働いて光学系内に入ってきた「水分/湿気」が引き寄せられます (留められる)。すると同様に侵入していた「カビの胞子」が菌糸を伸ばし始めて「水分/湿気」に含まれる「有機物質」を糧として繁殖を始めます。
これが簡単に説明した場合の「光学硝子レンズにカビが発生する仕組み」です。
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ところが「経年の揮発油成分」の悪さは「カビの発生」だけに留まらず、何と金属材にまで悪影響を与え続けます。
前述のとおり「界面原理」が働き「水分/湿気」が留まるのだとすると、それによって金属材まで「酸化/腐食/錆び」が発生します。ヘリコイドのネジ山がサビ始めたり、絞り羽根の油染みによるサビや、或いはその他の部位にまで酸化/腐食/錆びはどんどん進行していきます。
よく皆様から指摘される話の中に「経年の揮発油成分は油分だからそれが原因でサビが発生しない」と仰いますが、確かにご指摘のとおり「油成分は金属材の酸化/腐食/錆びの直接的な原因にはなり得ない」ワケですが、ところが「界面原理」が働くと「水分/湿気」は引き寄せられ留まるので「結果として揮発油成分の周囲にサビが生ずる」と言う結末に至ります。
従ってオールドレンズをバラしていると、ヒタヒタと経年の揮発油成分が溜まっていた箇所の近くに赤サビが多く発生していたりする事があるのを、自ら解体して整備していらっしゃる方々はご存知のハズです(笑)
その「酸化/腐食/錆び」によりヘリコイド (オスメス) のトルク感が変質してしまったり、或いは「絞り羽根の開閉異常」にまで悪化していきますね。
↑上の写真は説明で使うOLYMPUS製標準レンズの鏡筒 (ヘリコイド:オス側) 内部を写した写真ですが、絞りユニットが組み込まれています。
するとこの制御パーツに附随して「スプリング (1本)/捻りバネ (2本)」の合計3本の「バネ材」が存在している事が分かります (グリーンの矢印)。
何を言いたいのか???
そうです、経年の揮発油成分のせいで酸化/腐食/錆びの進行は「これらバネ材」にまで及んでいく事になりますね。
これがそもそも根本的な「絞り羽根開閉異常」の主原因です。
上の写真では「スプリング」は1本だけですが「常時絞り羽根を開こうとするチカラ」を及ぼす為に設計時点で組み込まれています。一方「捻りバネ」は「常に絞り羽根を閉じるチカラ」を及ぼす目的がありますが、別の目的もあったりします。ここまで解説したこれら「バネ材」の使用目的 (役目) は、あくまでも今回解説で使っているOLYMPUS製標準レンズだけでの話であり、また別のモデルやオールドレンズになると異なる目的で使っていたりします。
通常一般的なオールドレンズでは「常に絞り羽根を開くチカラ/閉じるチカラ」の「相反する
2つのチカラバランス」の中で絞り羽根が正常に開閉する設計を採っています。
↑こちらはマウント部内部の写真ですが、やはり「スプリング (1本)/捻りバネ (1本)」の2本が組み込まれています。
この中で「捻りバネ」はプレビューボタンの復帰用として使われるので絞り羽根の開閉には 直接関わりません。ところが「スプリング」は絞り羽根の開閉に関わります。
従ってこれらスプリングや捻りバネの類が経年劣化進行に伴い弱ってしまったら「絞り羽根 開閉異常」に至るのが何となく分かりますね(笑)
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ここまでの解説で「カビ発生」のメカニズムや絞り羽根開閉に関わる「バネ材」についてみてきましたが、そのいずれに対しても悪影響を確実に及ぼすのが「経年の揮発油成分」である事も説明しました。
しかし根本的な部分でもう一つ理解が進みません。
どうして「スプリング/捻りバネ」の2種類を使う必要があるのでしょうか?
スプリングだけ、或いは捻りバネだけ使えば「開くチカラと閉じるチカラのバランス」を考えた時、都合が良さそうに思います(笑)
この理由が実は当方が毎回説明している「チカラの伝達経路」の相違なのです。オールドレンズ内部の構造は「如何に掛かったチカラを適切に伝達していくか」が重要な設計なので、その「チカラ伝達の種類」の相違に従い「スプリング/捻りバネ」が使い分けられているのです。
従って整備者は「スプリング/捻りバネ」のチカラバランスの相違を勘案しながら微調整を 進めていく必要があり、そこに「技術スキル」の高低の差がモロに現れます。
さて、いよいよ本題の解説ですが(笑)、オールドレンズを保管する時はどのような設定が最もベストなのか?
答えはこのオールドレンズが製産されていた当時の事に想いを馳せれば自ずと見えてきます。そうですねフィルムカメラ全盛時代だったワケですから、フィルムカメラに装着する事を大前提とした設計を採っていた事になります。
すると絞り羽根の開閉に関して言えば「開放測光でピント合わせする」のが最も扱い易い話ですから、撮影する前段階では「開放状態」なのが絞り羽根の状態で最も多い設定を「設計者が想定していた」事になりますね?
ここがポイントです・・。
設計者がどのような状況を想定していたのかを蔑ろにしたままでは、本来のその製品/オールドレンズの適切な設定状況は正しく見えてきません。
つまり「絞り羽根は開放状態」が想定範囲としては最も占有率が高い事になります。またマウント面から飛び出ている「絞り連動ピン」或いは解説の標準レンズで言えば「絞り連動レバー/アーム」の状態は「シャッターボタン押し込みで設定絞り値まで瞬時に動く」ハズですから、撮影する前段階の状態で最も多いのは「絞り羽根を閉じない状況」だと言えませんか?
従ってここまでの考察でオールドレンズを保管する際のベストな設定が見えてきました。
【オールドレンズ保管時の設定】
① 完全開放状態に絞り値をセット
② 絞り連動ピン/レバーは絞り羽根開放状態維持にセット
(A/Mスイッチ装備の場合自動(A)の設定)
如何でしょうか・・。
「スプリング/捻りバネ」とバネ材の種別が異なっていても、設計者は上記の状態を想定して設計しているので、そのチカラバランスの違いを考慮して適切なバネの種別で設計している ハズですね(笑)
「チカラの伝達経路」「バネ材の種類」そして「経年劣化の想定」との関わりで設計されて いるのがオールドレンズだと言えるのではないでしょうか。
なおマウント面から飛び出ている「絞り連動ピン/レバー」の操作は、実際にはマウント規格別に操作の意味が違うので、例えば「M42マウント」規格なら「絞り連動ピンを押し込まない状態」がベスト (開放状態) だと言う話になりますが、解説のOLYMPUS製なら「レバーを操作して開放状態維持」がベストと言えますね (そのつもりで幾つものバネ材を装備させている)。
単にオールドレンズを保管する話だとしても、このように内部の構造と共に、実は作られた 当時の使い方までちゃんと考えなければ「適切な保管方法」には至らないのではないかと当方は考えますね。
従って残念ながらマウントアダプタに装着したままの状態で保管するのは、オールドレンズに とっては「耐久試験実施中」みたいな酷な環境だと言えると思います (少なくとも設計者想定外のチカラが加わったままで保管している話と言える)(笑)
つまり「スプリング/捻りバネ」はどんどん弱っていく保管方法とも言えますね。