解体新書:Meyer-Optik Görlitz (マイヤーオプティック・ゲルリッツ) Primotar E 50mm/f3.5 silver(M42)写真

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『解体新書』はヤフオク! などで「オーバーホール済/整備済」などを謳って
出品しているオールドレンズをゲットし、当方で再び解体して内部の状況を
調査していく企画です。
(当方の技術スキル向上のために参考にさせて頂くことを目的としています)

今回扱うオールドレンズはオーバーホール/修理ご依頼分として承りましたが、ヤフオク! にて自称プロのフォトグラファーが整備済として出品していた個体になります。

このプロのフォトグラファーは現在もヤフオク! に整備済で出品しており、7〜8本、多い時は10本以上がコンスタントに毎週落札されていく非常に人気の高い出品者です。落札者の出品者に対する評価も非常に高く、高い信用/信頼を得ていることが分かります。
それは、プロのフォトグラファーであり写真のことを熟知していて、且つ完璧な整備まで施していると言う、まさに「鬼に金棒」的な存在なのでしょう。

一方、同じようにオーバーホール済でヤフオク! に出品しても、1月以上も落札されずひたすらに残り続けているのが当方の現実であり(笑)、如何に信用/信頼が低いのかをまさに物語っていると言わざるを得ません。プロのフォトグラファーが毎週数多く落札されていくのを横目に、その現実を真摯に受け止め、地道にコツコツと技術スキル向上に努めることでいつの日にか同じように高い信用/信頼を得て、皆様に喜ばれるよう頑張るしか当方には残されていません。

なお、別の方からお借りしたロシアンレンズの標準レンズである「HLIOS 44-2 58mm/f2 (M42)」も同じプロのフォトグラファーの整備による落札品ですが、ヘリコイドのトルクが「白色系グリース」の特徴なのかどうかを確認してほしいとのご要望でした。

距離環を回してみると、やはり「白色系グリース」独特な「擦れ感を伴うトルク感」なので間違いなく白色系グリースだと思いますし、塗布されているグリースも以下オーバーホール工程でご案内する種別と同一だと推測します。少なくとも当方が使っている黄褐色系グリースの「シットリした操作性」とは異なります (僅かなスリップ現象も出ている)。

プロのフォトグラファーが整備済でヤフオク! 出品しているこのモデルは、毎週飛ぶように落札されていくので、その描写性がSNSで人気を博している分、プロのフォトグラファーの出品個体も高い評価を得ているようですね。何を隠そう、当方も真似をして以前このモデルをオーバーホール済でヤフオク! に出品しましたが、価格を下げても全く人気が無く以降は取り扱いを諦めました(笑) それが当方がロシアンレンズをほとんど手掛けない理由です。

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Meyer-Optik Görlitz (マイヤーオプティック・ゲルリッツ) は、戦前の旧ドイツで1896年に創業した Hugo Meyer & Co., (フーゴ・マイヤー) が前身にあたる老舗の光学メーカーです。戦前は大判サイズの光学製品で、当時のCarl Zeiss Jenaに肩を並べるポジションまで登りつめますが、敗戦後に旧東ドイツに含まれ悲劇の運命を辿ることになります。

第二次世界大戦後にドイツは連合国によって東西に分断され、旧東ドイツは当時のソ連 (ソビエト連邦) によって占領統治されました。但し首都のベルリンが旧東ドイツ領内に含まれてしまう為に、そのベルリンさえも東西に分割統治されたので「ベルリンの壁」はベルリン内の旧西ドイツ側統治領域のみを囲うように敷設されていました (東西ドイツの国境やベルリン全域を覆っていた壁ではない)。

当時のソ連は共産主義体制国家だったので、占領統治した旧東ドイツも共産主義体制のもとソ連と共に5カ年計画に基づく産業工業の再建をスタートします。共産主義体制では「私企業」の概念が存在せず、全ての企業は国に従属した国家管理体制がソ連での基本でありで、ソ連では「国営企業」旧東ドイツでは「人民所有企業 (VEB)」と呼称されました。
ちなみにネット上でよく語られている「人民公社」は、同じ共産主義体制でも中国に当てはまる概念と呼称なので、当時の旧東ドイツの企業を指して「人民公社」と表現するのは、専門の先生方の解説書を読むと適切ではないと指摘しています (当時のソ連や旧東ドイツで公社と言う概念/呼称は一切存在していない:単なるコトバの表現の相違ではなく企業に対する概念/思想がそれぞれ異なるから混同してはいけない)。

敗戦時に生き残っていた主だった光学メーカーはCarl Zeiss Jenaも含め「光学精密機械VEB」に組織されましたが、運の悪いことにMeyer-Optik Görlitzだけが「軍用機械工業VEB」に編入されてしまいました。この時点で他社光学メーカーから遅れをとったワケですが、1948年に自社工場をCarl Zeiss Jenaに売却してしまうと言う最終手段で念願の「光学精密機械VEB」に編入を果たしています。

しかし自社工場をCarl Zeiss Jenaの管理下に置いてしまったことが後の命運を違える結果に繋がります。5カ年計画に基づき組織体系は幾度となく改編されますが、1960〜1965年の第4次5カ年計画でCarl Zeiss Jenaが「光学精密機械VEB」の筆頭格 (配下のVEBとりまとめ役) として産業工業管理体系図に初めて個別名称が登場します。つまり全ての光学メーカーがCarl Zeiss Jenaの配下に統合されたことを意味し、さらにCarl Zeiss Jenaの直下には「PENTACON」が名を連ねることになりました。その後の第6次5カ年計画ではコンビナート制が導入され1980年代に入るとCarl Zeiss Jenaは4万4千人もの従業員を従えた超巨大企業にまで肥大化していました。1989年の「ベルリンの壁崩壊事件」を契機に東西ドイツの分断は終焉を迎え1990年の東西ドイツ再統一に至ります。

この中で、Meyer-Optik Görlitzは工場の管理稼働によりPENTACONへのレンズ供給をCarl Zeiss Jenaから強いられますが、続く経営難を乗り切ることができずついに1968年にPENTACONに吸収合併し消滅します。

これら当時の時代背景を知ることで、Meyer-Optik Görlitz製オールドレンズがシルバー鏡胴からゼブラ柄へと変遷し、最後のゼブラ柄から黒色鏡胴へと移るタイミングでPENTACON銘をレンズ銘板に刻印してきた理由も納得できると思います。1950年代初頭から様々な光学メーカーが吸収合併をして消えていく中、Meyer-Optik Görlitzが最後まで抵抗を続けていたのも戦前にCarl Zeiss Jenaと肩を並べていた栄光を追い続けていたからなのかも知れませんね・・ロマンはとめどなく広がります。

ここでちょっとした当時のエピソードをご紹介します。1957年春にライプツィヒで開催された国際見本市で、今回オーバーホール/修理を承った『Primotar E 50mm/f3.5 V』が当時の業界で初めて「自動/手動切替スイッチ (A/Mスイッチ)」を装備してきたことが脚光を浴び、同格モデルとして「Tessar 50mm/f3.5 T」を展示していたCarl Zeiss Jenaが大騒ぎになったと言う話があります。何故なら、Tessarは相変わらず手動絞り (実絞り) 装備のままだったからであり価格面でも遙かに高い価格だったようですが、ここにMeyer-Optik Görlitzの先見性 (と意地) が垣間見えますね(笑)

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ネット上の解説を見ると、一部にMeyer-Optik Görlitz製オールドレンズに当初附随していたモノコーティングを示す「V」は、Carl Zeiss Jenaのモノコーティング「T」と同一 (Carl Zeiss JenaのTのMeyer-Optik Görlitz版) と案内されています。

しかしそれは正しくなく、あくまでもMeyer-Optik GörlitzがCarl Zeiss Jenaからコーティング層蒸着設備を購入し導入した (工場管理権限がCarl Zeiss Jenaにあるため導入せざるを得なかった) だけの話であり、コーティング層の成分/配合/蒸着膜の層などは全てMeyer-Optik Görlitzによる独自開発/設計です (Meyer-Optik Görlitzは設備導入時期にはまだ独立していたから)。

ちなみに「Primotar E 50mm/f3.5 V」の「V」はドイツ語「Vergütung (ファグートン)」の頭文字を採っており「モノコーティング」を意味します。また「E」はドイツ語「Einstell Blende (アインシュテル・ブレンデ)」の頭文字で「絞り設定 (機構)」を意味する表記です。
つまり自動絞り方式を指すコトバが「E」と言うことになりますね。

1956年に開発された『Primotar E 50mm/f3.5 V』はその後1962年まで製産が続き「Domiplan 50mm/f2.8 zebra」に継承されシルバー鏡胴のみで消滅していった標準レンズなので、モデルバリエーションはレンズ銘板の「V」刻印の有無しか違いがありません (後の製産品はV刻印を省いてきた)。

   
   

上の写真はFlickriverで、このモデルの特徴的な実写をピックアップしてみました。
(クリックすると撮影者投稿ページが別ページで表示されます)
※各写真の著作権/肖像権がそれぞれの投稿者に帰属しています。

一段目
左端から真円でキレイなシャボン玉ボケが破綻して円形ボケへと変わっていく様を集めてみました。

二段目
さらに収差の影響を大きく受け独特な滲み方をしていく背景ボケをピックアップしています。

光学系は3群4枚の典型的なテッサー型構成です。よくブログでシャボン玉ボケの代表格としてMeyer-Optik Görlitz製オールドレンズを解説する際、3群3枚トリプレット型構成の成せる技として紹介されることが多いですが、実は上のピックアップ写真の如く、今回の3群4枚テッサー型でもちゃんとキレイなシャボン玉ボケが表出します。

つまりMeyer-Optik Görlitz製オールドレンズの特徴のひとつたるシャボン玉ボケは、3群3枚トリプレット型光学系だけに限定した話ではなく「何か別の目的を狙って設計した結果の副産物」ではないかと当方は考えています。それは、今でこそシャボン玉ボケに人気が集中していますが、フィルムカメラ (でしかも白黒時代) の頃にはむしろ「収差」の範疇に捉えられており、注目も脚光も何も存在しなかったと考えられます。あくまでも近年になってカメラボディ側の発展と共にシャボン玉ボケに魅力を感じる人が増えてきただけの話ではないでしょぅか。その意味でシャボン玉ボケと光学系の設計だけを結びつけて捉えることには少々ムリがあると考えます。

↑上の写真 (2枚) は、まだバラす前に撮影した「絞り連動ピン」に関する問題点です。つまり冒頭でご案内したプロのフォトグラファーが整備したままの状態と言えます。

マウント面の「絞り連動ピン」を押し込む前が1枚目の写真で、2枚目は指で押し込んだ後の絞り連動ピンの「復帰状況」を撮っています。グリーンのラインで本来突出しているべきピンの長さを指し示していますが、3回のうち2回ほどの確率で絞り連動ピンが引っ掛かって途中で停止してしまいます (もちろんA/Mスイッチの設定はA/自動の時)。当然ながら「絞り連動ピン」を押し込んだ時はマウント面が平坦になる位置まで (最後まで) 押し込んでいます。

↑さらに上の写真はマウント面の「絞り連動ピン」が押し込まれない時、絞り羽根が完全開放しているべきなのに「一部が顔出し」している状況を撮っています。

このモデルはマウント面の「絞り連動ピン」が押し込まれると、絞り羽根が少し閉じて角張った位置まで閉じるのが正常な開放f値「f3.5」の状態です (左写真/絞り連動ピンが押し込まれなければ完全開放しているのが正常)。

ちなみに、絞り環の設定絞り値を「f3.5」にセットしていても絞り連動ピンが押し込まれると左写真のように絞り羽根が閉じるので、では絞り連動ピンが押し込まれる前の完全解放時の絞り値は幾つなのか?

・・と言う疑問が湧いてきます。簡易検査具で調べると「f3.0〜f3.1」くらいの絞り値になっていたので「f3.1」と捉えるのが良いかも知れません (f3.0は確実に越えていたから)。

↑こちらは実際にバラして始めている途中を撮影しました。マウント部を取り外したところで「直進キー」と言うパーツを指し示していますが、何と「スプリング」が欠品しています。

実はこの「直進キー」にはもう一つパーツが必ず必要で、左写真はそれを解説しています。この「直進キー」は両サイドに1箇所ずつ刺さるのですが、両方共「スプリング」が存在します (しかし今回の個体には両方共存在しない)。

たまたま今回の個体だけがプロのフォトグラファーが整備する以前に (つまり過去のメンテナンス時に) スプリングが既に欠品していたのかも知れませんが、そのまま組み上げています。

Meyer-Optik Görlitz製オールドレンズを数多くバラしていると、確かに過去メンテナンス時に故意に「直進キー」のスプリングを外して (欠品状態) 距離環を回す時のトルク調整をしている場合があります。しかしそれは「常套手段」であり、決してオリジナルの状態ではなく褒められる整備とは言い難い行為です。その理由は後ほど解説します。

↑さらに解体を進めているところを撮りました。ヘリコイド (オスメス) に塗布されていたヘリコイドグリースは、以前同じプロのフォトグラファーが整備したCarl Zeiss Jena製Flektogon 35mm/f2.8 zebra (M42)とロシアンレンズINDUSTAR-61 L/Z-MC 50mm/f2.8 (M42)の時と同じ種別/粘性のグリースが使われていました。

このグリースはおそらく何処のホームセンターでも売っている商品 (モデル型番まで把握済) で「白色系グリース」であり「乳白色」です (手前の綿棒を見ると分かる)。プロのフォトグラファーが整備してからちょうど1年近くが経ちますが、既に一部は「グレー状」に変質しており、ヘリコイドのネジ山のアルミ合金材が摩耗していることが分かります (赤色矢印)。

実際、今回の個体をバラす前にチェックしてみると、距離環を回した時点ですぐに「白色系グリース」のトルク感であることが (バラさずとも) 分かります (僅かに擦れた感触を伴うから)。またご依頼者様が指摘されるように距離環を回すと「スリップ現象」が発生しており、ピント合わせの際にククッと微動してしまい少々使い辛く感じます。

【当初バラす前のチェック内容】
 距離環を回した時「スリップ現象」が発生している。
絞り連動ピンを押さない時に完全開放しない (2枚絞り羽根が顔出し)。
 絞り羽根が開放から閉じていく際に開口部のカタチが僅かに歪。
ピント面の鋭さが足りない (僅かに甘い)。
絞り連動ピン押し込み後に正しく復帰しないことがある。

【バラした後に確認できた内容】
白色系グリース (乳白色) 塗布している。
直進キーのスプリング欠品 (2本)。
 絞りユニット/制御系が未解体で溶剤漬けしただけ。

なお、上記のみご依頼者様がプロのフォトグラファーから落札した時の出品ページに自ら「溶剤漬け」と記載していたとお聞きしていますが、実際に該当箇所をバラしてみれば、すぐに未解体なのは分かります。

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オーバーホールのため解体した後、組み立てていく工程写真を解説を交え掲載していきます。すべて解体したパーツの全景写真です。

↑ここからは解体したパーツを使って実際に組み立てていく工程に入ります。

プロのフォトグラファーはヤフオク! 出品ページで「レンズ本来の描写をある程度ストレスなく堪能できるよう必要と思われる範囲の分解・清掃、レンズ清掃、グリースの塗り直し、不具合があれば調整等を施工して、リペア料金で出品価格が上がり過ぎないよう全て分解・清掃とは考ない」と謳っています。

どうしても固着が酷くて外れずに一部解体になることもありますが、当方では可能な限り「常時完全解体」です。完全解体に拘る理由があります。経年でオールドレンズ内部に廻ってしまった「経年の揮発油成分」は「界面原理」によって必ず残留する箇所が発生します。溶剤漬けして見える部分だけが洗浄できたつもりになっていても、互いに接触して重なっている箇所には残留揮発油成分が残ります。するとそこに水分/湿気が吸い寄せられるので、将来的な酸化/腐食/錆び/カビの発生を促す結果に至ります。もちろん一部/全部の別なくバラした為に調整箇所の再調整が生じるので、完全解体しない限り全ての調整が適正な状態にセットできません。

従って、当方では解体できるなら「完全解体」になるワケで、必然的に全て調整するのが当たり前です (固着剤も全て除去してやり直します)。

↑絞りユニットや光学系前後群を格納する鏡筒です。上の写真は前玉側方向寄り撮影しています。

↑しかし、このモデルは後玉側方向に絞りユニットがセットされる変わった設計です (上の写真は後玉側方向からの撮影)。

↑こんな感じで6枚の絞り羽根が組み付けられます。

↑絞りユニットの固定は光学系後群側が締め付け環の役目を代役しているので、絞り羽根がバラけてしまうので先に光学系後群の格納筒をセットしてしまいます。

実は当初バラす際に、この後群側格納筒を回して外していくと途中でキーキー音が出てきて固着してしまいました (時計と反対方向に回すと外れる)。カニ目穴内部にイモネジ (ネジ頭が無くネジ部にいきなりマイナスの切り込みを入れたネジ種) がネジ込まれているのですが、それを外しても途中で固まってしまいます。

目一杯チカラを入れて回すのですがカニ目レンチが外れてご覧のようにキズを付けてしまいました (着色しています)。申し訳御座いません・・。

プロのフォトグラファーは、おそらく外せないので「溶剤漬け」にしたのではないかと考えます。「加熱処置」と注油で今回は解体できた次第です。

↑ひっくり返して前玉側方向から撮影しました。プロのフォトグラファーの整備では「溶剤漬け」で解体されていなかった制御系のパーツを、当方による「磨き研磨」後に組み付けた写真です。

絞りユニットの周りには「開閉アーム」と言う金属製突起棒が打ち込まれているアームがセットされています。この「開閉アーム」にチカラが及んで移動すると (ブルーの矢印①) その移動量に従い開閉キーが絞りユニット内部の「開閉環」を回します ()。すると絞り羽根が閉じていく仕組みです。

従って、当初完全開放せずに2枚の絞り羽根が顔出ししていた問題 (冒頭の) は、この「開閉アーム」部分の制御調整に問題があったと言えます。この部位を「溶剤漬け」してしまったので問題を改善できずにそのまま出品していたのでしょうが、問題が未解決である点を知らぬままご依頼者様は落札されていたと考えます。

↑さらに上の写真「操作キー」にも問題がありました。前述の「開閉アーム」をこの「操作キー」が動かすので絞り羽根が開閉する仕組みなのですが、ご覧のように「操作キー」の突出した長い棒部分が緩やかに弧を描いて僅かに変形しています (正しくは直線状)。

操作キー」はグリーンの矢印のように突出棒が「開閉アーム」に接触し動くことで (ブルーの矢印①)「開閉アーム」が移動します ()。ところが突出棒が曲がっているとなると、その分「開閉アームの移動量が減る」ので、その影響が冒頭問題点のとして絞り羽根の顔出し (2枚) に至っていました。

↑こちらは距離環やマウント部を組み付ける為の基台です。

↑距離環を無限遠位置のアタリを付けた場所までネジ込みます。最後までネジ込んでしまうと無限遠が出ません (合焦しません)。

↑ヘリコイド (オス側) を、やはり無限遠位置のアタリを付けた正しいポジションでネジ込みます。このモデルでは全部で5箇所のネジ込み位置があるので、さすがにここをミスると最後に無限遠が出ず (合焦せず) 再びバラしてここまで戻るハメに陥ります。

↑ヘリコイド (オス側) を隠すヘリコイド筒をセットします。

↑ベアリング+スプリングを組み込んでから絞り環を組み付けます。

↑基台の両サイドに空いている「直進キー用の穴」に直進キーをセットします (グリーンの矢印)。

↑この「直進キー」は穴に差し込んだ後「直進キーガイド」と言う「V字型溝」を行ったり来たりスライドしながら移動します。

直進キー
距離環を回す「回転するチカラ」を鏡筒が前後動する「直進するチカラ」に変換する役目

従って、本来左写真のようにスプリングが入ることで適切なチカラが及んで押し込みながら「V字型溝」を尖頭筒がスライドするのが設計上の正しい駆動方式です。

ところがプロのフォトグラファーによってスプリングを外されてしまったので、尖頭筒 (直進キー) はチカラが加わらずに内部でクルクルと回転しながらスライドしていたと想像できます (スプリングによる押し込むチカラがないので回ってしまう)。

すると「V字型溝」の縁部分が擦り減っていったと考えられるので、それが影響して距離環を回す時の「スリップ現象」に繋がったのではないかと推測しています。

何故なら、今回当方が用意したジャンク品のDomiplanからオリジナルのスプリング (2本) を転用しましたが、それをセットしても距離環を回す際のトルクムラが解消しない点と「スリップ現象」も僅かに残ったからです。

実際当初バラした際に距離環用ネジ山部分が特に「グレー色」にアルミ合金材が摩耗していたので、距離環を回す時のトルクムラが生じていたことは確実です (冒頭の写真赤色矢印で指し示した箇所)。

↑さらに「操作キー」の突出棒も変形したままなので、全ての問題を解消させることは難しいかも知れません。特にこの「操作キー」の突出棒を真っ直ぐに戻すことができないので (折れる懸念がある為)、そのまま使うしかありません。

↑こちらはマウント部内部の写真ですが、既に「絞り連動ピン機構部」を取り外して当方による「磨き研磨」を終わらせた状態で撮影しています。

↑当初バラす前のチェック時点で「絞り連動ピンの引っ掛かり」が発生していたので (問題点)、この機構部の「磨き研磨」が必須です。

↑こんな感じでマウント面の「絞り連動ピン」が押し込まれると (ブルーの矢印①) カムが突き上がるので ()「操作棒キー」が横方向に移動します ()。

つまり絞り連動ピンの「縦方向のチカラを横方向のチカラに変換」しているのがこの部位の役目と言えますから、当然ながら絞り羽根の開閉異常の一因になっているのは、この部位のチカラの伝達に問題があるからです (抵抗/負荷/摩擦によるチカラの損失)。

なお、当初「絞り連動ピン」押し込み後に戻る際引っ掛かっていた原因が、まさしくこの箇所の抵抗/負荷/摩擦だったので、今回のオーバーホールでは「磨き研磨」を施し改善しています (絞り連動ピンは一切引っ掛かりません)。

↑完成したマウント部を基台にセットします。この時に前述のスプリングを「直進キー (尖頭筒)」の中に入れて (両サイド)、且つ同時に絞り連動ピンからのチカラの伝達棒を、前述の「操作キー」に連結させて、ちゃんと絞り連動ピンのチカラが100%伝達されるようしながら、このマウント部をセットするので最低でも3箇所のハメ込み具合をチェックしながら作業を進めるポイントとなる工程です。

この工程がキッチリと調整済の上で完了しないと適切な各部の動作には仕上がりません。

↑各部位の調整が納得できる状態になったので、ようやくA/Mスイッチ環をセットできます。この後は光学系前後群を組み付けて無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅の確認 (解説:無限遠位置確認・光軸確認・絞り羽根開閉幅確認についてで解説しています) をそれぞれ執り行い、最後にフィルター枠とレンズ銘板をセットすれば完成です。

DOHヘッダー

ここからはオーバーホールが完了したオールドレンズの写真になります。

↑実は、当方はこのモデルの調整が厄介なことから敬遠していたりしますが、プロのフォトグラファーは好んで整備済で出品しているワケで、頭が下がります。確かに「溶剤漬け」や「スプリング欠品」など、故意に何かしている部分はありますが、そうは言っても高い信用/信頼があると誰も問題にしませんし (今回のご依頼者様はトルク感を問題に感じて依頼してきた)、ましてやプロともなればそれだけで充分なのでしょう。

プロに師事したことがない独学に頼ったスキルでしかない当方には到底敵わない相手です(笑)

↑マウント面の「絞り連動ピン」が押し込まれなければ、キッチリ完全開放するよう (それが正常なので) 調整しました。

光学系内の透明度が高い個体です。LED光照射でもコーティング層の経年劣化に伴う極薄いクモリすら皆無です。

↑光学系後群も大変キレイです。赤色矢印で指し示した箇所にイモネジ (3本) が均等配置されており、光学系後群 (つまり後玉) はイモネジによる締め付けだけで保持しています。

従って、ここの調整をミスると冒頭問題点の「ピント面の鋭さが足りない」と言う結末に至るので必ず調整と検査が必要です。キッチリ調整したので当初よりピント面の鋭さが改善されています。

↑絞り羽根が閉じていく際の開口部のカタチが僅かに歪だった問題点も改善しました。全ては絞りユニットや制御系を解体して再調整した結果です。

↑塗布したヘリコイドグリースは黄褐色系グリースの「粘性中程度軽め」を使い分けて塗りました。距離環を回すトルク感は当初のトルクムラよりは低減しましたが解消はしていませんし「スリップ現象」もその程度が低くなっただけで、やはり解消していません。距離環用のネジ山が摩耗してしまった部分が影響しているようなので改善できません。申し訳御座いません・・。

↑絞り環側にA/Mスイッチ環が配置されており「」にセットすると「自動絞り」で「●」が「手動絞り」です。絞り環操作はクリック感を伴うので小気味良く操作できます。

無限遠位置 (当初バラす前の位置に合致/僅かなオーバーインフ状態)、光軸 (偏心含む) 確認や絞り羽根の開閉幅 (開口部/入射光量) と絞り環絞り値との整合性を簡易検査具で確認済です。

↑当レンズによる最短撮影距離50cm付近での開放実写です。ピントはミニカーの手前側ヘッドライトの本当に「球部分」にしかピントが合っていません (このミニカーはラジコンカーなのでヘッドライトが点灯します)。カメラボディ側オート・ホワイト・バランス設定はOFFです。

なお、この実写はミニスタジオで撮影していますが上方と右側方向からライティングしています。その関係でフードを装着していない為に絞り値の設定によりハレ切りが不完全なまま撮影しています。一応手を翳していますがハレの影響から一部にコントラスト低下が出てしまうことがあります。しかし簡易検査具による光学系の検査を実施しており光軸確認はもちろん偏心まで含め適正/正常です。

↑絞り環を回して設定絞り値「f4」にセットして撮影しています。

↑さらに回してf値「f5.6」での撮影です。

↑設定絞り値はf値「f8」に変わっています。

↑f値「f11」になりました。

↑最小絞り値「f16」での撮影です。「回折現象」の影響でコントラストと解像度が僅かに低下しています。

回折現象
入射光は波動 (波長) なので光が直進する時に障害物 (ここでは絞り羽根) に遮られるとその背後に回り込む現象を指します。例えば、音が塀の向こう側に届くのも回折現象の影響です。
入射光が絞りユニットを通過する際、絞り羽根の背後 (裏面) に回り込んだ光が撮像素子まで届かなくなる為に解像力やコントラストの低下が発生し、ねむい画質に堕ちてしまいます。この現象は、絞りの径を小さくする(絞り値を大きくする)ほど顕著に表れる特性があります。

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大変長くて申し訳御座いませんが、ここからは同じタイミングで承ったMeyer-Optik Görlitz製標準レンズ『Trioplan 50mm/f29 V (altix)』のオーバーホール後の状態を掲載していきます。

↑こちらの写真だけが当初バラし始めた時の撮影です。ヘリコイド (オスメス) に過去メンテナンス時に塗られていたのは、やはり「白色系グリース」で僅かに「グレー状」に変質しているので、ヘリコイドネジ山であるアルミ合金材が摩耗しています (摩耗粉が混じるから当初白色だったのがグレー色に変色している)。

↑ここからはオーバーホール完了後の写真です。完璧な状態に仕上がりました。

↑光学系内の透明度が高い状態を維持しておりLED光照射でもコーティング層経年劣化に伴う極薄いクモリすら皆無です。但し前玉外周附近に汚れだと思っていたのが実はカビだったようで円形状のハガレが残っています (第2群外周にもカビ除去痕1点あり)。いずれも写真には一切影響しません。

↑光学系後群側が問題で、やはり第3群 (つまり後玉) をイモネジ3本で均等位置で締め付け固定しています。しかし使われているイモネジの種別が違うと思います。胡麻粒の1/3程度の非常に微細なイモネジなのですが、外してみると3本のうち2本が同じで1本違います。ネジ分の尖りが違っており、おそらく3本全てがオリジナルではないと考えます。

と言うのも、当初バラす前の実写チェックでピント面が甘すぎてカメラのピーキングに全く反応しませんでした。オーバーホール後は調整して僅かにピント面の鋭さが戻ったと思いますが、それでも甘い印象です。このモデルはもう少し明確なピント面を構成すると考えるのですが、どのように調整しても (2時間がかりでトライしましたが) これ以上改善できません。

後玉のイモネジが当たる位置とイモネジの尖りが一致していないように思うので、イモネジ3本全てがオリジナルではないと考えます。

以前、オーバーホール/修理で別のオールドレンズの絞り連動ピンのスプリングを紛失してしまい、ご依頼者様が用意された代用スプリングで組み立てを依頼して来た方が居ましたが、その代用スプリングで組み上げると絞り環が回らなくなってしまいました。原因はスプリングの反発力が強すぎたからなのですが、仕方なく当方で別の (強さの) スプリングを用意して組み上げました。

しかしご依頼者様は納得されずに減額されてしまいました。スプリングなら何でも同じだと考えてのことなのでしょうが (組み上げてみれば分かりますが)、反発力が僅かでも違うと各部位の動き方に影響が出てちゃんと駆動しません。

イモネジもネジ込めるなら同じだと考えてしまうのですが、実は「締め付け調整する必要があるからイモネジを使う」のであって、単に固定するだけならイモネジではなく普通のネジを設計段階で用意するハズです。つまりオリジナルとは異なるイモネジを使えば、自ずと調整には限界を来しますが、なかなかこの道理が皆さんにはご理解頂けず、下手すれば音信不通になってご請求額を一銭たりともお支払頂けない方が毎年数人いらっしゃいますから、まさしく如何に当方の技術スキルが低いのかを物語っていると思います

上の写真赤色矢印で指し示したように「マウントの爪の上」にリリースキー (金属製の突起棒) が用意されているのが「Altixマウント」であり、オークションでもよく「exaktaマウント」と表示されて出品されていることがあるので要注意です (exaktaマウントはリリースキーのネジが爪の上に位置しません)。

↑相応に赤サビが生じていましたが、絞り羽根もキレイになり絞り環共々確実に駆動しています。

↑塗布したヘリコイドグリースは黄褐色系グリースの「粘性中程度軽め」を使い分けて塗り「全域に渡り完璧に均一」なトルク感で仕上げています。もちろん皆様が喜ばれる「シットリした操作性」も実現済で、ピント合わせの際は極軽いチカラだけで微動でき楽です。

↑ピント面の鋭さがもう少しあれば満足だったのですが申し訳御座いません。取り敢えず、ピントの山が視認できる状態までは2時間で何とか調整ができました。

↑内部の挟まっている「シム環」と言うスペーサーのような役目のパーツを取り外して、当方にで代用シム環を用意しました (上の写真は外したオリジナルのシム環)。

↑その理由が上の写真で「Altix → SONY Eマウントアダプタ」なのですが、フランジバックがほんの僅かに超過しています。

◉ Altixマウントのフランジバック:42.5mm
◉ SONY Eマウントのフランジバック:18mm

従って引き算で・・、

「Altix:42.5mm」マイナス「SONY E:18mm」=製品高:24.5mm

・・のハズなのですがスピゴット環のマウント面から計測すると「24.8mm」と「0.3mm」超過しています (グリーンの矢印)。バラす前の実写チェックで無限遠が極僅かに甘い印象だったので調べてみました。その調整を「代用シム環」を用意することで執っています。もしも将来的にオリジナルの状態に戻す必要が生じた場合は、添付した純正の「シム環」と代用シム環を入れ替えるだけで純正状態に戻せます (オリジナルのシム環紛失にご注意下さい)。

大変長い期間に渡ってお待たせし続けてしまい大変申し訳御座いませんでした。今回のオーバーホール/修理ご依頼、誠にありがとう御座いました。