東西ドイツ製オールドレンズ・・差別はやめて

最近、ヤフオク! でオールドレンズを出品している当方と同じ同業者「転売屋/転売ヤー」の出品ページを見ていて・・何だか悲しい気持ちになりました。いえ、オールドレンズを調達して転売している行為そのモノ「転売屋/転売ヤー」に心を痛めているワケではありません (それは当方も同じ穴の狢で同罪ですから)。

もちろん「転売行為」を貶しているワケでもありませんが、あまりにも商品説明が低俗な出品ページには、まさしく右から左へと単に売り捌いているだけの品格も何もない同業者だと、同じ穴蔵で生活している身として僅かながらも恥ずかしく思ったりもします・・。

悲しく感じたのは「共産圏で生産されたオールドレンズであることをご理解下さい」と言う言い回しです。ここで言うところの「共産圏」とは、大まかには旧東ドイツや旧ソ連 (ソビエト連邦) などを指す社会主義体制国家で生産されたオールドレンズのことを言うのでしょう。

例えば、東西ドイツ分断の時代 (1945年〜1990年)、旧東ドイツも旧西ドイツも、住んでいる人々は同じドイツ人であり、元は「ひとつのドイツ」ですから当のドイツ人にしてみれば分け隔てした考え方は薄かったと聞いています (当方の知人であるドイツ人家族から)。その意味では「東ドイツだから」と言う何か (それこそ) 差別的な感情は当時のドイツ人の人々には少なく、むしろ国家としての体制の相違から出てくる様々な問題点を基に「東ドイツだから」と言う表現になっていたお話らしいです。

さて、ではどうして「共産圏で生産された」ことが問題になるのでしょうか・・? その出品ページを読んでみると、どうも旧西ドイツ製オールドレンズと比較した場合に、ヘリコイドのネジ山の切削レベルや設計思想、或いは素材そのモノが粗悪品であるとまで言い切っていました。はたしてそうなのでしょうか???

当方は「転売屋/転売ヤー」ではありますが、一応オーバーホールを主体とした転売行為をヤフオク! で行っています。東西ドイツ製オールドレンズに限らずロシアンレンズもバラしてオーバーホールしていますし、端はフランス製もアメリカ製も日本製も関係なく興味を抱いたオールドレンズは分け隔てなくバラしてオーバーホールしています。すると、ある一つの事実が見えてきます・・それは、ヘリコイドのネジ山切削技術の問題ではなく材質の問題でもなく、すべては「設計思想」に一極集中する問題であると判ります (少なくとも当方はそのように結論しています)。

そして、その「設計思想」は開発/設計/生産している光学メーカーに於ける「時代と共に」変化していった「環境と利益との相関関係」に落ち着きます。ここで言うところの「環境」とは、その当時の時代背景や自社生産設備の規模、或いは市場の需要に振り回された経緯などが複雑に絡まっていたことが窺えます。当然ながら「共産圏」と言う以上、社会主義体制国家ですから「私企業」の概念は存在せず、すべての企業が国家に従属してはいましたが、結局のところ「利益」を追求していることには何ら変わりがありません。同様に民主主義国家たる西欧諸国の光学メーカーが産するオールドレンズも、同じであったと推察します。それら当時の光学メーカーは時代の流れと共に栄枯盛衰の憂き目に遭い歴史から消えていった光学メーカーも数知れません・・その中で、「設計思想」も時代と共に変化していき、拘りを捨てて大量生産化に舵取りを変えた光学メーカーもあれば、吸収され消滅していった会社も多かったことでしょう。

そのように考えると、あるひとつの光学メーカーのオールドレンズでも、モデルバリエーションに拠っては内部の構造化から生産技術 (前述で言うところのヘリコイドネジ山の切削レベル)、或いは素材の質自体も変化せざるを得なかったと考えられます。それは単にコスト削減のための「粗悪化」ではなく生産工程の簡略化/合理化、或いは人件費の削減による「利益の確保」の結果だったのかも知れません。

こうして捉えていくと、共産圏のオールドレンズが「粗悪品」であると受け取られるような言い回しは、あまりにも胆略的な表現であり違和感を感じずにはいられません。オーバーホールのために完全解体してバラしている当方から見れば、前述の「共産圏」に限らず西欧諸国の光学メーカー製オールドレンズでさえもネジ山の切削精度が低いレベルの製品もあれば素材の問題を含んだまま製品化されていたオールドレンズもあったりします。バラしてオーバーホールしたこともないクセに知ったような言い回しで表現するのはやめて頂きたい

ライカ製オールドレンズが素晴らしいのは、まずは何を置いても「光学設計の素晴らしさ」であり、それを裏打ちするために各部位の設計思想が伴っているからです。ライカ製オールドレンズだけが光学硝子レンズを固定する際に固定環との間に「紙環 (厚紙の環/リング/輪っか)」をワザワザ挟んで固定させています。紙環が経年の使用に於いてオールドレンズ内部の揮発した油成分を含んで留めおくために (つまり光学系内への揮発油成分や塵/埃/カビ菌の侵入を防ぐ) 目的で敢えて用意されているのです。それは取りも直さず「徹底的な拘り」「将来に渡る諸元値の維持」そして「機能美の追求」の成せる技ではないでしょうか。ところが、似たような設計思想でオールドレンズを世に送り出していた光学メーカーは世界中に存在していたワケで、決してライカ製オールドレンズだけが素材も厳選されていて、設計も考え尽くされ、生産技術に長けていたワケではありません。それはライカ製オールドレンズが非常に高額でありシッカリした利益を確保していたこと= (イコール) オールドレンズの世界において頂上に君臨した「ブランド力」を成し得ていたワケであり、一方で非常に近似した「設計思想」ながらも実現できうる範囲で「徹底的な拘り」と「将来的な諸元値維持」そして「機能美の追求」を採っていた光学メーカーもあり、逆に価格を低く抑えて市場占有率を狙った戦略を採っていたオールドレンズも数知れず存在しています。

つまりは、「設計思想」は裏を返せば「企業戦略」の現れでもあり決してライカ製オールドレンズだけの特権ではないのだと考えています。ましてや共産圏で生産されたオールドレンズだけが粗悪品などと受け取られるような差別的な (蔑視した) 表現も全く当てはまらないと当方は考えます。そのような言い回しは、詰まるところ、ヤフオク! 出品者の「逃げ口上」であり、クレームを排除したいが為に「共産圏のオールドレンズは粗悪」などと受け取られるような文章を平気で掲載しているワケです。海外オークションebayでも、出品者自身がドイツに在住しているにも拘わらず旧東ドイツ製オールドレンズを、そのように差別的な表現で出品していたりするのは、はたして周りのドイツ人にしてみれば、どのように感じられるのでしょうか? 住めば都と言いますが、滞在期間が長ければ長いほど住まう地域に感情移入するのは自然な成り行きと思います。少なくとも香港やロスに住んでいた経験がある当方としては、そのような表現を平気で掲載する気持ちにはなれません。例えて言うならば、日本でまだ沖縄が返還される前の時代だった頃に生産された製品が「当時の沖縄製だから粗悪品なんですョ」などと言われているのと同じではないでしょうか? それは・・差別 (蔑視) しているように感じられてなりません。そのことに対する現地の人々の気持ちを考えると、とても口には出せない表現ではないかと思います。考えすぎでしょうか・・?

「共産圏のオールドレンズ」と謳って、あたかも至極当たり前のような表現で出品ページに掲載するのは・・違和感の何物でもありませんね。そこにはオールドレンズに対する情熱も何も感じ得ず、誠に悲しい限りです。それが当方も含めた「転売屋/転売ヤー」たる所以なのでしょうか・・? 自問自答はまだまだ続きます。